85 ガスリー子爵(リサ編)
「なんてことをしてくれたんだっ!!!」
実家に戻って、生活も落ち着いてきたころ、ズタボロの服を着た中年男性が家の扉を乱暴に開けて怒鳴り込んできた。
「……まさか、ガスリー子爵?」
一緒にいた母さんが、恐る恐るといった様子で問いかける。
「他の誰に見えるというんだっ!! ……いや、こんな格好ではわからんのも無理はないか」
中年男性……ガスリー子爵は自重するようにつぶやく。ガスリー子爵は、あたしが物語の舞台ではタラけるように口利きしてくれた遠縁の貴族で、もともとは豪奢な服を着るおしゃれさんだった。
それが平民ですら着ないようなボロの服を着て、以前よりもやつれた風貌で来たのだから、わからないのも無理はないでしょう?
「こんなになっちまって。一体どうしたんだい?」
「一体どうした……だって! ふざけるなっ! 貴様の娘のせいだろうがっ!」
「ヒートアップしてるところ悪いのですが、貴方は黙っていてください」
ガスリー子爵が怒鳴ったと思ったら、扉から違うおじさんが入ってきてガスリー子爵の方をつかんで止めた。
正直助かったわね。中年男性の怒鳴り声なんて聞き苦しいだけだもの。
「私は金貸しなんだがね。こちらのガスリー子爵……おっと、すでに爵位ははく奪されているから子爵ではなかったね。こちらの男性の借金を肩代わりしている」
「借金?」
「ええ。グラース公爵家からの慰謝料と賠償金を支払えなかったので、肩代わりしているんだ」
「慰謝料と賠償金……」
「ああ、心当たりがあるでしょう? そうですよ。そちらのお嬢さんがグラース公爵家で起こした問題の責任です。ま、本来なら元子爵が責任者として推薦しているのだから、元子爵からだけ取り立てるのですがね。……全然足りないのですよ」
「……は? え?」
「当たり前でしょう? 相手は王国でもトップクラスの権力者ですよ。たかが子爵家の首を挿げ替える程度で済むはずがないでしょう? 足りない分は騒動を起こした人に返してもらおうと思いましてね」
金貸しと名乗ったおじさんが、嫌な目であたしを睨んでくる……え? あたし?
「ああ、事ここに至ってもわからないのですね。貴女のことですよ、貴女の。というわけで、奥さん。お嬢さんは、こちらで引き取らせていただきますよ。ああ、心配しないで頂きたい。苦役には違いありませんが、違法なものではありません」
「ちょ……ちょっと待っておくれよ! そんな簡単に子供を渡せるわけないだろう!?」
「別にこちらは構いませんよ。そうなれば、他のお子さんや奥さんに来ていただくだけですから。」
「うちには、この子以外の子供なんて……」
「家を出たお子さんが3人いるでしょう? こちらとしてはどちらでも良いですよ。公爵家からは、お嬢さん1人なら苦役に、家族が代わりを務めるならそれなりの環境で長年と指定されていますから」
あたしには確かに兄さんと姉さんがいるけれど、全員が成人済みで家から出て独立している。
え? この人は何を話しているの?
「……」
「選べないという顔ですね。ま、選ばなくてもいいですよ。私の邪魔をしなければ。……おい、お前ら。そこのお嬢さんだ。連れていけ!」
「ちょ、ちょっと何よ! 勝手に触らないでっ! ……ねえ、母さん! 助けてよ!」
いきなり家の中に入ってきた屈強な男たちによって、あたしは連れ去られそうになる。
とっさに母さんに助けを求めたけれど、母さんは体ごと顔をそむけたまま、あたしを助けてくれることはなかった。
「はっ! ざまあみろだっ!」
「元子爵。貴方も責任から逃れたわけではありませんよ。お嬢さんとは別だが、労働所へと運ばせてもらいます。お嬢さんのように暴れなければ、乱暴なことはしませんが、どうしますか?」
「……くそっ! 親戚とはいえ、お前らみたいな平民と関わらなければよかった! ……暴れはせんよ」
「ああ、助かりますよ」
ガスリー子爵と金貸しと名乗った男が後ろで話しているけれど、あたしはそれどころじゃない。
あたしのことをつかんでいる男たちが、縄を持ってきて、あたしのことを縛り始めたのだ。
「ちょっと! 何をするのよ! あたしはこの世界の主人公なのよっ! あんたたちなんか、あたしが公爵夫人になったら死刑にしてやるんだからっ!」
「はっはっは、聞いていた通り、訳も分からない妄想に取りつかれているようだな。……おい、うるさいから布でも嚙ませておけ!」
その言葉がきっかけだったのか、縄で縛られた挙句、あたしは猿ぐつわまでされてしまう。
そのまま転がされるように馬車の中に放り込まれた……いったいどうなってしまうの?




