80 デビット様の宣言
「とりあえず、デビット様があの女性と顔を合わせることがなくて何よりですわね」
教師は私たちに騒ぎを起こした女性が向かう辺境の名前を告げた後、教室から出ていった。
女性が送られるのはグラース公爵家はもとより、ブラウン皇国からも遠い場所にあるので、意識的にそこに行こうと思わなければ訪れることはないだろう。
「確かに、気を付けていれば一生顔を合わせることはないだろうな……しかし、私も婚約者を決めるべきか」
「あら? ブラウン皇国には婚約者はいらっしゃらないのですか?」
これは意外。私は興味ないけれど、皇子ともなれば引く手あまたというか、ご令嬢が放っておかないイメージだけれど。
特にデビット様は第四皇子で皇帝になる可能性は低く、面倒な皇子妃教育を受けずに皇族の血を取り入れるチャンスだし。
「婚約者になりたいという令嬢は多かったが、現実を見ていなさ過ぎたので全員却下したんだ」
「現実?」
「ああ。どうも、私と結婚すれば皇子妃……果ては皇妃になれると思っている令嬢ばかりでね」
「あらあら。第一皇子や第二皇子がご健勝で、すでに結婚もしているのにですか?」
そう。デビット様の兄であり、次期皇帝となる第一皇子は婚約者どころか既婚者。皇帝を支える第二皇子も結婚は秒読みで、どちらにも子供が生まれればデビット様の皇位継承権ははく奪される。
もちろん、そのすべてが亡くなれば皇帝になれる可能性はなくはないけれど、普通に謀反を疑われるだろうし、そんな簡単なことではないわよね。
「現実が見えていないんだ。果てには兄上たちに飲ませろと毒薬を渡してくる始末」
「それは……」
皇子への暗殺未遂、あるいは暗殺教唆……下手をすれば、一族全員が処刑されてもおかしくない罪よ。
自分の欲求のために、そんなことを計画するとは、確かに現実が見えていないのね。
「そんなわけで、もともと興味があったグラース公爵家の本の視察を兼ねてテイラー王国に逃げてきたわけさ。幼少期から一緒にいて、私を裏切ることのないジョンだけを連れてね」
それは確かに疑問だった。いくら第四皇子とはいえ、臣籍降下後は公爵になるであろう人物が、お付き1人だけを伴って他国に来るなんて。
普通だったら護衛騎士をダース単位で連れてきたり、従者兼護衛を連れたりするはずだもの。
「では、テイラー王国で婚約者を探すのですか?」
ブラウン皇国では現実を見られない人ばかり……だとしたら、他国で婚約者を探すというのは、おかしな話ではないだろう。
「そうだね……第一候補はキミかな、ローズマリー嬢」
「……あら。ご冗談ですか?」
「いやいや、本気だよ。ローズマリー嬢の傍にいるのは心地いいからね。グラース公爵領も素晴らしかったし、国から離れるのなら、ああいう場所に永住したいものだ」
「あらあら、ふふ。たくさん褒めてくださるのね」
目の前にいるのに悪いことは言えないだろうし、リップサービスも含まれているのだろうけれど、ここまで褒められると自然と顔が熱くなってくる。
私の功績だけでも、権力だけでもなく、傍にいるのが心地いいと言ってくれる人は今までにいなかったし。
なにより、私が大好きな公爵領を褒めてくれたのが、すごく嬉しい。
「まあ、婚約というのは相手あってのものだからね。ローズマリー嬢の気持ちが優先だ」
「あら、お優しい」
「もちろんさ。自分が気持ちをぶつけられ続けたのだから、それを他の人に行おうとは思わんよ」
まあ、それはそうか。……というか、相手の気持ちを考えずに強硬に権力を行使して婚約を通す人なら、私は絶対に婚約を受け入れはしなかったわね。
いくらデビット様でも、そんなことをすれば、私を苦しめたエリック第一王子やロバート第二王子と一緒だからね。
「とはいえ、何もせずに思いが届くとは思わないから、これからは色々とアプローチさせてもらうつもりさ」
「……アプローチですか?」
「うむ。まずは、そうだなぁ。今度の週末に一緒に出かけないか?」
「お出かけですか?」
「ああ。デートというやつだな」
「ふふ。嬉しい申し出ですね」
「もちろん、年末に開催されるダンスパーティーではパートナーになってほしい」
「ふふ、そちらは年末までのデートのエスコート具合で決めましょうか」
「おっ。ということは、それまでに何度かデートしてくれるということか」
「ふふ、そういうことになりますね」
夏季休暇の終了直後に騒動が起こってしまったけれど、デビット様との仲を深めるきっかけになったのなら、それは良かったのかな?




