76 恋愛対象
「そういえば、そろそろ夏季休暇も終了ですわね」
「「ああ~」」
私の言葉にグレイスとデビット様の両方からため息ともとれる声が漏れる。
正確にはまだ終了ではないけれど、王都に帰る時間などを考えると、そろそろ戻らないといけなくなっている。
思い返してみれば本を読んでばかりだったけれど、グレイスの意外な特技もわかったし有意義な休みだったわね。
「今読んでいる本は……」
「屋敷から持ち出すのは禁止ですわよ」
デビット様が懇願するように見つめてくるけれど、私はそれを一蹴する。ふふ、少しかわいいわね。
屋敷に常備している本は保存や使用人への貸出用なので、王都に持っていくわけにはいかないわよ。
「くっ! 読み切るしかないか」
「気になるのなら、ご購入いただいてもよろしいのですわよ?」
「……いや、私は気に入っているが、これは皇国では人気は出ないだろう」
「デビット第四皇子殿下。我が国に婿入りすれば、どの本も読み放題ですわよ」
「なっ!?」
グレイスの言葉に動揺するデビット様。
「あら、そのようなご予定が?」
「ないないない!」
「ローズマリー様はデビット第四皇子殿下がブラウン皇国からテイラー王国へ婿入りしてくださったら嬉しいですか?」
「そうねぇ。嬉しさ半分、悲しさ半分かしら?」
「半々……ですか?」
「本が好きな人が増えるのはうれしいわ。でも、デビット様がテイラー王国へとやってきてしまったら、ブラウン皇国で本を広める人が減ってしまうのも少しね」
この世界では本というのは流行りだしたばかりの新商品なので、広めようとする人がいないとあっという間に廃れてしまう。
テイラー王国では私を含めて事業を展開しているグラース公爵家が広めているからいいのだけれど、他の国では広めてくれる人がいるかいないかが重要なのよね。
しかも、それが皇子という権力を持っている人ならなおさら。
「いや、本に関しては兄上たちも気に入っているし、国内でもファンになっている貴族はいるから、筋道を立てれば私がいなくても問題ないだろう」
「ふふ。でしたら、デビット様にはテイラー王国に来ていただきたいですわね」
本の販売に問題がないのなら、本好きな友達には傍にいてほしい。
特に今は女性の読者ばかりが増えていて、男性の読者が少ないから、そういった意味でもデビット様は貴重な存在よ。
私とお母様が本が好きだからお父様も読んでくれているけれど、デビット様みたいに積極的に本を読んで感想を言ってくれたりはしないのよね。
「ほ、本当か!?」
「ふふ。こうして一緒に本の感想を話せるのは貴重な機会ですからね。……ああでも、デビット様が他の家に婿に入られたら、こうしてお話しすることも少なくなってしまうでしょうね」
グラース公爵家はテイラー王国の中でも上位の家だけれど、それでも他家に婿入りした男性と一緒に話していたとなると問題になるわ。
「あ、ああ。……いや、それなら問題はないはずだ」
「そうですか?」
まあ、デビット様が婿入りする家にもよるか。グラース公爵家の寄子の家だったり、それこそグレイスやマリアと結婚するとなったら、普通に会えるわけだしね。
「ローズマリー様。多分、勘違いしていると思いますから言いますけれど、私とデビット第四皇子殿下の間には何もありませんからね」
「そうなの?」
「はい。私は筋肉質な方が好みなので、デビット第四皇子殿下やケリー侯爵令息様は守備範囲外です」
「ふふ。初めて聞いたわ」
「侯爵家にいる時は気分転換に騎士の演習場に見学に行ったりもするのですわ」
なるほど。グレイスはマッチョな男性が好みなのね。マリアの方は……ケリー様と仲良くお話ししているから、聞くまでもないわね。
「ちなみにローズマリー様は……貴族らしい男性が好みでしたっけ?」
「そうね。外見は清潔感があれば細身でも筋肉質でも気にしないわ。内面は領民のことや家族のことを第一に考えている誠実な人がいいわね」
この国の王子たちの求婚を回避したことから、私はイケメンが嫌いだと思われているようだけれど、イケメンは普通に好きだ。外見以上に内面を重視しているだけ。
どんなに外見が好みでも、貴族としての義務を果たさない男性は対象外だし、自分勝手な思い込みで領民や家族に危険を及ぼすような人は無理なのよね。
「なるほど。ローズマリー嬢は、そういう男性が好みなのか」
「ふふ。まあ、私も恋をしたら変わるかもしれませんけどね。恋物語でもそうでしょう?」
この世界でもそうだけれど、恋は落ちるもの。というのがある。
自分自身がこういう人が好きだと強固に思い込んでいても、何かのきっかけによって全然タイプじゃない人を好きになるというのもよくある話だ。




