73 公爵領の農作物
「本に関する場所が見られないのは残念ですが、公爵家の食べ物はおいしいですね」
「本当ですか?」
「はい。お屋敷でいただいたものもそうですが、この串焼きも好みに合います。タレがいいのかな?」
ケリー様はそう言って串焼きを一口食べる。お客様ということで屋敷で提供しているのは、貴族向けの高級品だが、串焼きは領民が作ったものなので公爵領で作られたものが原料だ。
「そうですよね? デビット様」
「ああ。流石に故郷並みとはいえないが、これなら毎日食べても飽きないだろうな」
「ふふ。デビット様の故郷と同じだったら逆に驚いてしまいますわ」
デビット様の故郷といえば、ブラウン皇国の皇宮になる。そこと比較されて同じだと言われてしまったら、お世辞にしか聞こえないだろう。
「いや、しかし普通においしいぞ。なんだろう……肉も柔らかいし、野菜も甘い」
「ふふ。王都でも公爵家でも貴族向けの農作物は他領からの輸入ですからね。鮮度は落ちてしまいます。しかし、街で販売されている商品は直轄領で作った農作物ばかりなので、その違いかもしれませんね」
この世界では魔導具によって前世ほどではないにしろ、鮮度を保って輸送することができている。
それでも多少は鮮度が落ちてしまうので、野菜は特に地の物の方がおいしいということがあるのよね。
ま、スペンサー子爵の先祖が品種改良を頑張ってくれたので、グラース公爵領の野菜は鮮度が落ちてもおいしいという評判だけれど。
「鮮度……考えたことがなかったな」
「そもそも、デビット様はこちらにいらっしゃるまで故郷を出られたことがないので当然かと」
「む。それではジョンは知っているとでも言いたいのか?」
「私は自領でも色々と食べていましたので。……ちなみに、グラース公爵家が特殊なのであって、普通は地の物でも貴族向けに作られた農作物よりもおいしくないです」
「ふふ。確かにグラース公爵家は特殊かもしれませんね」
「そうですそうです! 私の家でも領地の農作物を食べますけど、こんなにおいしくありません!」
「そうですわね。オルセン侯爵家では貴族向けの農作物しか出ませんけれど、使用人たちは領地の食べ物はあまり食べたくないと言っていますわね」
「領地によっていろいろよね。……ああ、もしも本当にグラース公爵家で働くことになったら、貴族向けの農作物じゃなくて、グラース公爵領で作られた農作物になるから、そこは注意してね」
今はお客様ということで公爵家の人間や使用人たちが食べているものとは違って、貴族向けの高級作物を使った料理を出している。
けれど、公爵家で働くことが決まったら他の使用人たちと同じように領地で採れた作物を使用した料理が出てくる。
他の貴族出身の使用人も同じ待遇だから、マリアとグレイスだけ変えるというわけにはいかないのよね。
「そうなんですか? でも、この串焼きもおいしいですし、問題ありません!」
「……そうですね。滞在中にローズマリー様がいつも食べているという食事も食べてみたいですわね」
こちらを完全に信用しきっているマリア、慎重に言葉を選んでいるグレイス。両者の違いが出ていて面白いわね。
「ふふ。料理長に相談しておくわね」
「そういうことなら、私もローズマリー嬢がいつも食べているという食事に興味があるな」
「デビット様?」
「そうですね。オルセン侯爵令嬢やウェザリー伯爵令嬢だけが体験できるのは良くありませんね。デビット様と私もグラース公爵家の客という立場は同じなので、お二人が食べるというのなら私たちも食べさせていただけませんか?」
「ケリー様?」
あらあら。マリアとグレイスに触発されたのか、デビット様とケリー様まで同意してしまったわ。……まあ、公爵家の料理長は優秀だから大丈夫かしらね?
「そこまでおいしいものでもありませんよ?」
「いやいや、串焼きは肉も野菜もおいしかったぞ」
「そうですか? まあ、あまり期待しないでください」
うーん。4人に料理を出す前に、料理長と何を出すか相談したほうがいいかな?
マリアとグレイスなら将来グラース公爵家で働いてくれるかもしれないってことと、爵位が下だから何とでもなるけど、流石に他国のお客様であるデビット様とケリー様はそうはいかない。
向こうが求めたものだとしても、それなりのクオリティのものに仕上げないとグラース公爵家の評判にも関わるだろう。
「うむ。楽しみにしているぞ」
「はい。屋敷に帰ったらお父様や料理長と相談して、お出しする日やメニューを決めますね」
本を読ませるだけの簡単な帰省だと思っていたけれど、意外と面倒なことになったかしら?




