72 本の製作現場に関して
「どうだった? 公爵領は」
「意外と農地が少ないんだと感じました!」
元気に答えるのはマリア。ちなみに、今は昼食ということでベンチに座りながら串肉を食べているところよ。
私はこうして市井に下りて遊ぶことが多いから慣れているけれど、他の4人は串から直接食べるということは初めてとのことで体験してもらっている形だ。
「そうね。農地はもっと外側の区画にあるから、流石に見に行っていたらそれだけで1日が終わってしまうわ」
まあ、遠いというのもあるけれど、農地の近くには商店がないから、こうしてお昼を用意するのが大変だということもある。
便利な魔導具が色々とある世界なので、お弁当を持っていくということもできるけれど、他に見るものがないところなので私にとっては街遊びというよりも視察になってしまう。
「ローズマリー嬢、本を製作している場所は見学できないのでしょうか?」
私がマリアと話していると、ケリー様が話しかけてきた。
「ケリー様。本の製作はグラース公爵家の最大の機密です。例え友人でも他領の者、他国の者に開示はできません」
グラース公爵家で製作されている本は、他の本とは違って印刷で大量生産されている。
それはグラース公爵家、そしてスペンサー子爵家だけの秘密となっていて、寄子でも本の製作方法を知らないという家は多い。
もちろん、秘密を調べようとしている家は多いのだけれど、未だに印刷した本を作り出したという話は聞かない。
直轄領、それにスペンサー子爵領をはじめとした印刷を依頼している領の管理がしっかりしていることもそうだけれど、おそらくは印刷機を複製することに成功していないのだろう。
印刷機自体が複雑だということもあるけれど、この世界では剣や鎧を作るのに魔導具を利用しているので、鍛冶師の腕がそこまで高くない。
印刷機に利用している文字ハンコは魔導具では作れないとスペンサー子爵が言っていたので、他の領では文字ハンコを量産することが難しいのだろう。
「……グラース公爵家に就職すれば見せていただけるのですか?」
「ふふ。色々と制限はありますが、グラース公爵家の関係者で特殊な契約を結んだ者は本の製作に関われるとだけ申しておきますわ」
試作を読むだけなら屋敷勤めで希望を出せば可能だけれど、本の製作現場を見学するためには公爵家に長く使えている使用人でも契約書が必須だ。
もちろんスペンサー子爵や他の印刷機を設置している領主側でも同じで、印刷に関わっている人員には秘密保持の契約を結ばせている。
契約をしただけで人の口に戸を立てられるとは思わないけれど、少なくとも責任の所在やペナルティの執行に疑問の余地がなくなるからね。
「はいはいはい! 私は王立学園を卒業したらグラース公爵家に就職希望です!」
「私もローズマリー様のお傍にいたいですわ」
マリアとグレイスが我先にと宣言してくれる。
「あらあら、じゃあマリアとグレイスは王立学園を卒業しても一緒に居られるのね。二人とも侍女として迎えて、原稿や絵を作ってもらいましょうか」
今でも侍女やメイド、それに男性の使用人の中でも原稿を書いている人はいて、原稿を書く仕事と屋敷での仕事を両立してもらっている。
誰しもが継続的に原稿を作成できるわけではないし、そもそも不安定な収入に不安になる人もいるから、その救済策ね。
屋敷での仕事しかしてない使用人に比べて薄給ではあるものの、部屋と食事は公爵家で用意されるので原稿を書けなくなっても生きていけないということはない。
「……ん? 侍女として雇うのに原稿や絵を作ってもらうのか?」
「はい、デビット様。グラース公爵家では事業の一環なので、本に関する作業は仕事とみなしています。事前に相談してもらえれば使用人としての作業時間を減らしますし、自室にこもって作業をしていても文句は言いません」
「……ほう。寛容だな」
「もちろん、その時間はお給料は出ませんし、原稿が採用されなければ他の人よりも収入は少なくなります。逆に使用人として働かなければならない時間もあるので、原稿だけに向き合っている作家よりも作業時間は少なくなります」
安定を取るか、それとも博打に打って出るか、といった感じね。ま、作家でも自分を削って原稿に打ち込む方が捗る人と、趣味程度で書いているときの方が捗る人がいるからね。
自分を追い込む人は公爵家が放っておいても自分を追い込むからいいけれど、作家として活動しながら安定した生活を営むのは難しい。
だからこそ、救済策として公爵家の屋敷、あるいは公爵家が行っている事業で積極的に雇っているというわけよ。
ま、それでも知識や技術、あるいはそれらを習得する努力は必要だから、誰でも雇えるというわけではないけどね。




