68 紙芝居
「しかし、この絵は……なんというか現実味がなさすぎないか?」
紙芝居に使われている絵のサンプルを見ながら、デビット様が問いかけてくる。
確かに、絵に描かれている森は木がグネグネと曲がり、おどろおどろしい靄のようなものが描かれている。
普通に考えれば、どんなに危険な森でも、こんな光景にはならない。
「そうですね。しかし、物語の舞台になった森は本当に普通の森なのです。物語を教えてくれた人は、なぜそこが立ち入り禁止になっているのか子供のころはわからなかったとか」
「ふむ」
「そんなものを、ありのまま描いても説得力がありません」
「しかし、ならばなぜ禁忌なのだ? 本当に化け物や魔女が出るのか?」
「その森には食用と見分けのつかない毒キノコや毒のある果実が無数にあり、幻覚作用を持つそうです。しかも、森の中央には致死性の毒ガスが湧き出しているとか」
見た目は普通の森。そして、食用になるであろうキノコや果実が豊富な……そんな、まさに楽園のような森。
しかし、キノコや果実を口にすれば、たちまち幻覚を見ることとなり、目の前の木は不気味な老人に、葉の揺れる音は化け物の唸り声に聞こえるらしい。
それにおびえて逃げまどえば、知らず知らずのうちに森の中心へと進んでしまい、最後は致死性の毒ガスにやられてしまう……そんな恐ろしい森。
「……それで禁忌か」
「はい。村人以外の旅人が森に入ってしまうと、死体すら見つからないこともあるとか……そんな恐ろしさを伝えるためには、普通の森の絵ではダメなんですよ」
「ふむ」
「物語の舞台は実在しますが、あくまでも物語は作りものですからね。伝承話に登場する人物も、実際には存在しませんし」
この話では兄妹が森の中に入っていくが、実際に森に入っていった人たちで無事に戻ってきた子供はいないと聞いている。
そのまま帰ってこなかった、で伝承話としてしまうと無駄に恐怖心をあおってしまうので、村で信仰されている守り神の信仰を促す形でハッピーエンドにしたそうよ。
「他にも絵があるのか」
「はい、こちらは魔女に誘われる兄妹、こちらは化け物に追われる兄妹、こちらは村人たちが祈る姿ですね」
「どれもこれも、私が初めて見る技術の絵だ」
「はい。グレイスは、こういった絵が得意なのです。テイラー王国でもそうですが、ブラウン皇国でも絵とは、自分の目で見たものをそのまま映すものとなっています」
「ああ」
「しかし、それでは架空の物語が舞台となっているグラース公爵家の本の絵としては完璧ではありません。現実には存在しない場面でも描けなければ、本に合わないのです」
恋愛物語が主流ではあるものの、登場人物がライバルを切り捨てる場面や、馬車に轢かれる場面なんてものもある。
そういったものを自分で見たことないから描けない、なんて言われてしまえば事業として成立しない。
「モチーフもそうだが、線が太いように感じる」
「はい、そちらもグラース公爵家の本に必要なことです。私たちの本は作成する段階で、細い線が潰れてしまうという特徴があるのです。しかし、流行りの絵は線が細いものばかり」
「……細い線が潰れる」
「まだ試してはいませんが、グレイスの絵ならば線が潰れないだろうと、担当者にも確認を取っています」
「なら、本にすればよかったのでは?」
「デビット様が驚いたように、グレイスの絵が受け入れられるかが未知数だったので、今回は領民の反応を見るのが目的です……しかし、反応は良好なようですね」
領民たちは物語に引き込まれたのか、いつもよりも読み聞かせに対する熱量が高いように感じる。
そして、それを見つめるグレイスも、私とデビット様の会話が聞こえないかのように集中して見入っている。
「あれも本のように販売するのだろうか?」
「紙芝居ですか? うーん。読み聞かせの方法も教えないといけないので、あれはグラース公爵家の中だけで完結させようと思います」
紙芝居自体は需要があるだろうけど、読み聞かせのやり方や読み方を教えなければ魅力は伝わらないだろう。
それよりも、絵を主体とした子供向けの大型絵本を作った方が売り上げは高そうだ。
紙芝居はグラース公爵家だけにして、領民や屋敷へとやってきたお客様向けのイベントとするのが良いだろう。




