65 グレイスの絵の価値
絵や本に限った話ではないけれど、価値がないと思われているものでも特定の人には価値があるということは往々にしてある。
例えば海辺の町では海産物はそこら辺にあるもので価値はないけれど、海が遠い王都では海産物といえば高級食材だ。
「…………わかりました。私は……オルセン侯爵家は価値がないと思っていますが、ローズマリー様にとっては私の絵も価値があるかもしれない、そういうことですよね?」
「ええ。実際に見てみなければ判断はつかないけれど、逆にいえば見るまではグレイスの絵の価値は無限大よ。……それに、少なくともマリアにとってはグレイスの絵は価値があるみたいよ」
「少し、お待ちになってください。こちらにもいくつか絵を持ってきていますので」
そう言って、グレイスは私の部屋から退出していった。
「ねえ、マリア? グレイスの絵はどんな感じなの?」
「すごく可愛いのです! ウェザリー伯爵家にも絵は飾ってあって、それは風景を切り取ったようで美しんですけど、グレイスの絵はそうではなくて、グレイスの目にはこう見えているんだっ! っていうのが伝わってくるんです!」
確かに、この世界では写実的というか、とにかく綺麗な絵が評価されている。
どれだけ現実に近づけるかというのが評価の基準となっているので、線の細かさだったり、現実的な表現が、良い絵のポイントと言われているのよ。
前世の記憶がある私にとっては、それは非常に不自由で、もっといろんな表現の絵を見たいのだけれど……。
「お待たせしました。……こちらです」
この世界ではスペンサー子爵が紙を開発するまでは羊皮紙がメインだったので、グレイスが持ってきたのも羊皮紙や綿でできたキャンバスだ。
「……これは!」
そこに描かれていたのは、まさに私が求めていたもの。この世界ではお目にかかることもできないと思っていた、イラストのような絵だった。
グレイスは風景よりも動物の方が好きなのか、羊皮紙にはペンで描かれた犬や猫が並んでいた。
キャンバスの方は油絵だから風景画だけれど、そちらも現実ではありえないような表現……曲がっているかのような木や、うねるような雲が描かれている。
「ローズマリー様……どうですか?」
「素晴らしいわっ! グレイス! これこそ私の求めていたものよっ!」
「……えっ!?」
驚いたようなグレイスの顔が見えるけれど、そんなの私には関係ないわ。
「かわいいですよね! ローズマリー様!」
「ええ、ええ。マリアの言うとおりだわ」
「慰めは……」
「慰めるために言っているんじゃないの。……ねえ、グレイス。いろんな人に読まれているグラース公爵家の本だけれど、足りないものがあると思わない?」
「足りないもの……ですか?」
「ええ、ハッキリ言うと、今の本には絵が足りないのよ。神話だと有名な神様には挿絵がついているでしょう?」
「……はい。確かに神話には絵がついていますけど」
「神話は写本だから、欲しがった人がお抱えの絵師に1枚1枚描かせているけれど、グラース公爵家の本は写本が禁止だから絵を追加しようと思えば別で描かせるしかない。……でもね、本当は本を作るときに絵も入れておきたいの」
「……わかります」
「グラース公爵家でも色々と試してみたの。でもね、私たちの本の作り方だと、テイラー王国で流行っている絵を本に差し込むのは難しかった」
スペンサー子爵の努力のおかげで木版画だけでなく、銅版画も開発されているけれど、まだまだ精度が甘くて線の細かい絵を複写しようと思うと上手くいかない。
前世では銅版画で精緻な絵が刷られていたから、いずれは出来るようになるだろうけれど、それでも時間がかかるのは仕方のないことだろう。
「私の絵がローズマリー様のお役に立つ……そういうことですか?」
「ええ、そうよ! グレイスの絵は細かい線がなくて、流行の絵とは程遠いけれど、だからこそ私の本に挿し込むのにちょうどいいのよ」
「……しかし、ローズマリー様の本に私の絵が入っていたら、読んでいる人はびっくりすると思います」
「ふふ、そうね。グレイスが昨日読んでいた本や、マリアが作った本にグレイスの絵が入っていたら驚くでしょうね。でも、伝承話だったら? 例えば、この危険な森に入ってしまった子供たちが犬に導かれて村に帰ってくる話とか」
「ああっ! その話ならこの絵にピッタリですねっ!」
グレイスが見せてくれた森の絵は、おどろおどろしい雰囲気が危険な森にピッタリだし、犬の絵に子供たちが描かれていれば完璧だ。
「ねえ、グレイス。私は貴女の絵が好きよ。是非とも力を貸してちょうだい」
「……はい……はいっ!」
感極まったかのようにグレイスは泣き出してしまったけれど、これで絵師が確保できた。私の理想とする本に、また一歩近づいたわね。




