64 グレイスのコンプレックス
「で、マリア。気持ちは固まった?」
デビット様とケリー様を加えた5人でのお茶会の翌日、私の部屋にグレイスとマリアを招いて女子だけのお茶会を開いている。
ここなら、デビット様とケリー様がやってくることはないし、マリアの本についての詳しい話ができるからね。
「はい! 昨日の時点で固まっていましたけど、ローズマリー様に販売してほしいです!」
「販売するとなったら、私は国内の貴族だけじゃなくて、国外にも輸出するつもりだけど大丈夫?」
「はい! デビット第四皇子殿下やケリー侯爵令息様みたいな本好きの人に読んでもらいたいです!」
ふふ。元気いっぱいに返事してくれたわね。どうやら、意志は固まっているみたい。
「じゃあ、販売に向けて準備を進めるわね」
「はい!」
「……そういえば、デビット様とケリー様にはマリアのことはどうする? 2人も新作の本を読みたがっていたけど」
「あー……」
「作者名はマリアの名前になっていないから、隠そうと思えば隠せるけれど、2人や私やグレイスがマリアの本の感想を言い合っていても普通にしていられる?」
別にデビット様とケリー様にマリアのことを隠すのは難しいことではないのだけれど、私たちは読んだ本に対して感想を頻繁に言い合っている。
あれが面白かった、ここの部分が好き、あるいはここはこうして欲しかった、この展開になったらもっと面白くなるのに……などなど。
何の関係もない本なら面白がれるけれど、流石に自分が書いた本に対してそんな風に感想を言い合っていれば、マリアが挙動不審になるであろうことは容易に想像がつく。
「…………デビット第四皇子殿下とケリー侯爵令息様にもお話してください」
「いいの?」
「……いやですけど、隠し通せる気がしないので」
「ふふ、わかったわ。じゃあ、明日も5人でお茶会をしましょう」
これまでの印象で、デビット様もケリー様も心優しい方だとはわかっているから、きちんと話せばマリアに対してひどいことは言わないでしょう。
「…………」
「グレイス、どうしたの? 今日は暗いわね?」
マリアとばかり話してしまったけれど、グレイスの様子が変だ。いつもなら、マリアをやんわりとたしなめることが多いのだけど、今日は無口だ。
「いえ、マリアがうらやましいと思いまして。マリアとは違って、私はローズマリー様のお役に立てていませんもの」
「お役に……? こうして一緒に本を読んでお話してくれるだけでも、十分に役に立っているわよ」
前世のわたしならともかく、本が一般的ではないこの世界で、本の感想を言い合える友達というのは重要だ。
特にグレイスは侯爵令嬢で、私とも爵位が近いから深いところまで言い合えるのよね。
「そう言っていただけるのはうれしいのですけど……私も文章が書ければよかったのですが」
「ふふ。気にすることないわよ。私も最初のころは文章を書いていたけれど、今は読む方が面白くておろそかだし」
文章を書くこと自体は誰にでもできること……でも、多くの人を魅了するような文章は誰にでも書けるものじゃない。
物語の本が一般的ではなかった普及当初ならともかく、グラース公爵家にたくさんの原稿が送られてくる現在では私の原稿なんて見向きもされない。
「あのですね、ローズマリー様! グレイスは絵を描くのが上手なんですよ!」
落ち込んだグレイスの気を紛らわせるためなのか、いつも以上に元気にマリアがそう話し出す。
「絵?」
「そうなんです! 王立学園に通う前はよく描いてくれた絵を見せてくれていたんですよ!」
「マリア!」
グレイスが遮るように大きな声を出す……これは、何かあるわね。
「そうなの……私も見てみたいわ、グレイスの絵。何を隠そう、私は文章以上に絵の才能がなくてね。いろんな人の絵を見るのが好きなの」
これは本当。前世から絵を描けないオタクだったから、どんな絵でも見るのが好きなのよね。
「……ローズマリー様にお見せするほどの物ではありません」
「そういえば、オルセン侯爵家は芸術家を輩出することで有名な家よね? その縁でグレイスも絵を描いていたのかしら?」
「……私は落ちこぼれですから」
「そんなことない! 私はグレイスの絵が好きだよ! オルセン家の人が……グレイス自身が否定しても、私の気持ちは変わらない!」
「……ねえ、グレイス。確かにこの国では良い絵と悪い絵が存在するわ。言い換えれば、評価されやすい絵とされにくい絵」
「……はい」
「でもね、そんなものは個人の好みの前には無価値なのよ。例えば、私の作った物語の本。最初は事業とするのは無理だと思われていたわ。だって、本といえば神話や職業本だけだったもの」
「「……」」
「でもね、実際に作ってみたら欲しいという人がたくさんいたわ。マリアの物語もそうよね。本人は他の本と違うからダメだと思い込んでいたけれど、私もグラース公爵家も欲しがった……だから、グレイスの絵も価値があるのかもしれないわよ?」




