06 自称主人公の登場
「ちょっと、あんた! あんたがジェイソン様を誘惑しているのね!」
翌日も書斎にて本を読んでいると、エイミーがお茶を取りに行っている隙に入ってきたのだろう、見知らぬ誰かから急に怒鳴られた。
驚いて顔を上げると、そこには10代半ばくらいのピンク髪の少女がいた。……うーん、どこかで見た顔だな。
「どちら様でしょうか?」
「はあっ!? あたしのことを知らないわけっ!?」
「ええ。申し訳ありませんが、お名前を名乗っていただけるでしょうか?」
「あたしはリサよ。リサ・トランメル。この世界の主人公よ」
……えーと、なんだって? 名前……は良いとして、主人公? こんな頭の悪そうな人が?
「おっしゃっている意味が分かりませんわね」
「……なんだ、転生者じゃないんだ。……じゃあ、教えてあげる。この世界はリサとジェイソン様が幸せに暮らす世界なの。あんたには理解できないだろうけど、『初夢』って作品でね、すごい尊いんだから!」
初夢……ジェイソンとリサ、それに目の前のピンク髪の少女を見て思い出した。前世で読んだことのある『初めての恋は夢のような君と』というライトノベルのことだ。
単巻小説でありながらも、味のあるラブコメと湿度の高い溺愛で話題になって、ボイスドラマにもなった作品だ。
確かに主人公は目の前の少女のようなピンク髪だったけど……勘違いしているな。
「そうなのですね。よくわかりませんけれど、それは素晴らしいですわね」
この手の人間には下手に反論せず、適当に聞き流すに限る。どうせ、他人の意見になんて耳を貸さないし、私の貴重な読書時間を割くほどの価値はない。
ちなみに、少女はこの世界が初夢の世界だと勘違いしているが、この世界……というよりも、公爵家が初夢の舞台でないことはわかる。
初夢は公爵であるジェイソンと、男爵令嬢であるリサの身分差恋物語なので、一見すると目の前の少女とお父様に合致するように思える。
だけれど、初夢のジェイソンは女嫌いの独身者で、お父様は愛妻家で妻と子供がいるし、初夢のジェイソンは銀髪、お父様は金髪と見た目からしても、全く異なっている。
主人公にしても見た目は合致しているけれど、初夢のリサは男爵令嬢、目の前の少女はエイミーが昨日言っていたのが間違っていなければ平民のはずだ。
同じ時期に出た公爵との身分差恋物語では、妻子を捨てた公爵と平民の少女の話もあったから、そっちと混同しているんだろうなぁ。
「ちょっと! 聞いているのっ!? 本なんか読んでいないで、とっとと屋敷から出ていきなさいよっ!」
「何をしているのですかっ!」
目の前の少女を無視して読書を続ける私にしびれを切らしたのか、少女が怒鳴った直後、エイミーの厳しい声が聞こえた。
「だ、誰よ! あんたは!」
「あなたは新入りのメイドですね。こちらに入室する権限は与えていないはずですが、誰の了承を得て入室したのですか?」
「はあっ!? あたしがどこにいようが勝手でしょっ!?」
いやいやいや、ここはあなたの家ではなく公爵家なのだから、メイドがフラフラと勝手にどこにでも入っていいわけないでしょ。
「……お嬢様。お嬢様が入室の許可を?」
「いいえ。私が本を読んでエイミーを待っていたら、勝手に入って怒鳴ってきたのよ」
「では、不法入室ですね」
私にだけ確認を取ってピンク髪の少女を断罪したエイミーが懐から鈴を取り出して、それを鳴らし始める。
「何かございましたか?」
鳴らし始めてから1分も経たずに、扉を開けて入室してきたのは帯剣した騎士と侍従。
「不法入室者です。そこの少女をメイド頭のところへ連れて行ってください。許可も得ずに書斎に入室していたので、厳しく叱責するように」
「はっ!」
「わかりました。メイド頭にはこちらで説明しておきますので、エイミーはお嬢様の傍に居てください」
短く答えたのは騎士、エイミーに説明をしたのは侍従。ピンク髪の少女は騎士に腕を掴まれて引きずられていったけれど、部屋から出る瞬間まで騒いでいた。
「お嬢様、大丈夫でしたか?」
「ええ、急に知らない人が入ってきて驚いたけれど、大きな声で騒いだ以外には問題はなかったわ」
叩かれたり掴まれたりしていたら問題になっただろうけど、こちらとしては頭のおかしな人が大声で騒いでいたという印象しかない。
「それなら良かったのですが……お茶を淹れるためとはいえ、離れるべきではなかったですね」
「そんなことはないわよ。お茶は私が頼んだのだもの。それに公爵家の屋敷で、あんな風に騒ぐ人間がいるなんて予測不可能よ」
エイミーは私に対して頭を下げてくるけど、国の中でも最上位に属する貴族である公爵家の屋敷で無遠慮に騒ぎ立てる人間が出てくるなんて予測できるわけがない。
しかも、外からやってきたわけでもなく、寄子の紹介を受けたメイドだっていうのだから、なおさらだ。




