49 本の価格
「写本……」
「ええ、グラース公爵家が販売している本は少々珍しい手順で作成されているので、写本を作られてしまうと困るのです」
そもそもがスペンサー子爵領の紙と印刷技術を発展させるための本だったけれど、現在ではグラース公爵家から販売されている本は膨大な数となっている。
そのすべてに対して写本の許可を出す作業など担えないし、もしも写本を許可したら国内の羊皮紙が市場から消え去るだろう。
ま、そもそも羊皮紙やインク代、写本の許可料を考えたら、グラース公爵家から販売されている本を買った方が安上がりだから、普通の人は写本を頼もうとは思わないだろう。
「ふむ……ブラウン皇国が写本を作らないと契約した場合は値が下がるのか?」
「下がりはしますが、テイラー王国で流通している値段にはなりません。運搬にかかる費用、輸出入にかかる税金、それらを考えればテイラー王国の数倍の値段になるでしょう」
本というのは輸送に気を使う商品だ。水に濡れれば商品としての価値はなくなるし、食べ物などの強い匂いをつけるわけにもいかない。
だから、輸出する際には専用の梱包と木箱を用意して、さらに防水シートで包む……あるいは、本専用の輸送馬車を用意する。
となると、値段が上がるのは必然で、そこに関税が入ればテイラー王国で販売している値段で、というわけにはどうしてもいかない。
「ううむ」
「そもそも、販売時に国内での写本は許可していますよ? 写本によって利益を上げれば、そう高いものでもないと思いますが」
写本の許可料も値段に入っているということは、国内なら写本によって利益を上げることを許可するということでもある。
国内の貴族に写本を許可していけば、テイラー王国で流通している値段とはいかないまでも、いずれは購入価格の半分以上は賄えるはずだ。
「……ブラウン皇国では皇族が貴族に金銭の支払いを求めることはタブーなのだ。持てる者は施しを、というのが国是だからな」
「ふむ……皇族が貴族に対して商売するのは無理ですか」
正確には写本は商売ではなく製作者の権利なのだが、対象となる本がグラース公爵家が販売したものとなると、商売に見えるのだろうなぁ。
自分の知識や技術ではなく、お金で買ったものを広めるためにお金を徴収する、という構図に見えるものね。
「というわけで、値下げを」
「無理です」
いくら皇子殿下といえど、言われるがままに値段を下げるなんてことはできない。
そもそも、グラース公爵家で販売されている本はグラース公爵家だけではなく、紙の作成や印刷をしているスペンサー子爵家、それに原稿を託してくれた作家にも販売益が配られる。
それを他国の皇子とはいえ、購入者の言いなりに値を下げてしまえば、事業として立ちいかなくなってしまう。
「どうしても無理か?」
「無理ですね。グラース公爵家の利益だけなら下げることも可能ですが、本の作成にかかわる家、それに原本を持ち込んだ者の利益を下げるわけにはいきませんもの」
正直な話でいえば、国を支える公爵家として隣国との関係を保つためにも利益を捨てるというのはあり得ないことではない。
ただし、下位貴族であるスペンサー子爵家、それに平民や下位貴族など出自を問わずに集めている作家たちの利益を捨てることはできない。
そんなことをしたら、グラース公爵家の信用度はガタ落ちだし、隣国との交易のために民草を捨てたとなれば王家の威信にも関わる。
「本の作成や原本はグラース公爵家が担当しているのではないのか?」
「グラース公爵家は対外的な交渉、本を作成する際のスケジュール管理を行っているだけで、全ての本をグラース公爵家が用意しているわけではありません」
正確にはスペンサー子爵家はグラース公爵家の寄子だから、対外的には本の作成もグラース公爵家が担っているように見えるけれど、本当にスペンサー子爵家にお任せ状態なのよね。
ま、印刷機に関する情報や技術はスペンサー子爵家に伝わっているものだし、グラース公爵家が吸い上げようとしても上手くいかないのは目に見えているしね。
「む。私はてっきりグラース公爵令嬢に訴えれば全て済むと思っていた」
「残念ですが、本に関してはグラース公爵家だけの問題ではないのです。価格交渉は不可能ですし、これはテイラー王国の王家に訴えても無理です」
そもそも国内の価格設定、国外に輸出するときの価格設定には、陛下も関わっている。
グラース公爵家としても国内や国外に混乱をまき散らすのは本意ではないし、グラース公爵家側の事情によって写本禁止の法律まで用意してもらったのだから、王家側の合意も得ないと販売はできない。
特に国外への輸出には外交も含まれるから、余計にね。




