44 マリアの原稿
「マリア、素晴らしかったわ!」
マリアから原稿を受け取って、早1ヶ月。ようやくマリアに感想を言えたわ。
「本当ですか!? 渡してから時間が経っていたので、何か問題があったのかと……」
「ふふ、ごめんなさいね。私だけだったら数日で感想を言えたのだけれど、本の作成事業はグラース公爵家の事業だから、ほかの人の感想も必要だったのよ」
「そうなのですね」
私自身はすぐに中身を読めたけれど、ちょうど王都に来ていたお父様に原稿を託して、公爵家にいる人に読んでもらい、感想とともに原稿を配達してもらうので時間がかかったのよね。
「私の専属侍女であるエイミーはハッピーエンドが好きだから好みじゃなかったそうだけど、公爵家では7割が面白いと感じ、そのうち3割が同じような傾向の物語を読みたいと言っているわ」
「……3割、ですか」
「ええ。少ないと感じるかもしれないけれど、10人の読者のうち3人がファンになってくれるのなら、本にする価値はあるわ」
そう言いつつ、マリアに返却された原稿と、お母様たちから受け取った感想を渡す。
本にするにせよ、しないにせよ、原稿はマリアから借りているものだから、一度返却する必要があるのよね。
「…………私の原稿にこんなに感想が」
「こちらは、誤字や脱字、表現がおかしいところをまとめたものね。本にする場合には修正することになるから、目を通しておいてちょうだい」
表現方法を大幅に変えるような修正はしないけれど、それでも間違いは訂正しておかなければ本として販売することはできない。
もちろん、本にしなくても作家ならば自分の作品の間違いは知りたいところでしょうし、修正点をまとめた紙も渡す。
「……こんなに間違えていたんですね」
「自分で書いているときは気づきにくいから仕方がないわ。私も原稿を書くたびに、いろいろな人に指摘されるわ。書き終わったときに間違いがないか見直すのに、不思議なものよね」
「……ローズマリー様も?」
「ふふ、マリアったら。私だって人間ですもの。間違えることくらいあるわ」
この世界では上位貴族は絶対視されていて、ミスなどしないように思われているけれど、私だって人間なのだからミスくらいするわ。
それに、そもそも国のトップである王族……王子2人に王妃がミスをし続けているのだから、公爵令嬢がミスをしても問題ないでしょう?
「ああ。ちなみに、こちらが本にする際の条件やマリアが受け取る金額ね。お父様から預かっているわ」
そちらの紙には本にした際の原稿代、本を1冊作るごとにマリアが受け取るマージン、あとは外国に本を売った際の取り決めなどが決められている。
国内ではグラース公爵家で作った本は写本禁止というのが通達されているけど、外国には通じない理屈だから、写本をする権利と一緒に高額で販売することになっているのよね。
普通の本に比べても高額だから販売実績は少ないけれど、隣国を含めていくつかの国からは販売要請を受けていて、実際に取引があるわ。
「本当に私の原稿が本になるのですか?」
「ええ。こちらの指摘した点を修正できれば、数か月以内に本にするわ」
今はほかの原稿を本にする作業が入っているけれど、マリアが書いた原稿はこれまでとは系統が違う物語なので、早めに本にして販売しておきたい。
これが本として販売されれば、これまでとは違った内容の原稿を書こうと思う人が出てくるだろうし、そうなれば本が増えて私としてもハッピーだ。
「……私の書いた原稿が本に」
「ただし、マリアにはデメリットもあるわ」
「えっ!?」
「マリアの書いた原稿は、これまでの本とは系統が全く違う。……だから、良い・悪いの区別なく、様々な批評が届くと思うわ。もちろん、あまりにもヒドイものはグラース公爵家で止めるけれど、マリアが書いた本人だと分かれば、直接非難しに来る人もいるかもしれない」
これは、この世界に限ったことではないが、自分の趣味や考えに合わないからといって、他者を否定して自分の思い通りにしようとする人が一定数いる。
私のように権力のある人間なら、「じゃあ、自分で書けば?」って言えるけれど、マリアは伯爵令嬢だし、直接的に反論するのは難しいだろう。……特に、伯爵家よりも上位の存在にはね。
「……批評」
私の話を聞いたマリアが、体をこわばらせる。
「心配しないでちょうだい。作家を守るのは本を作成している公爵家の義務よ。もちろん、マリアのことも全力で守るわ」
「ローズマリー様!」
「でもね、マリア自身の不注意で誰かにバレてしまった場合には守り切れない。だから、本にするのなら原稿は家族であっても見せないというほどの注意が必要なのよ」
この世界にはインターネットがないから情報の拡散速度は遅いけれど、それでも人の口に戸は立てられない。
家族にだけ、親友にだけ、友達にだけ、と秘密を教えていれば、それだけバレる可能性は上がる。
だからこそ、自分の身は自分で守ってくれないと、いくら公爵家でも守り切ることはできないのよね。




