42 本にする基準
「で、お話は?」
貴族のマナーについて説いていると、ウォード男爵令息は恥ずかしそうにうつむいていたけれど、貴方が始めた物語なのだから話してもらわないと困る。
アポなしで上位貴族に突撃したのだから、上位貴族の時間を使わせているという自覚をもって、それ相応の話をしてもらわないとね。
「あ……その……俺の原稿の話だ」
「原稿?」
「そうだ! グラース公爵家へと渾身の原稿を送ったのに、不許可として返送されてきた!」
あらあら、ウォード男爵令息も本の原稿を送ってきた1人だったのね。
「ペンネームは?」
「……は?」
「私が精査した中にはウォード男爵令息の名前はなかったわ。何かしらのペンネームで送ってきたのでしょう?」
「…………エルリックだ」
ああ、あの第一王子に似たペンネームってウォード男爵令息だったのね。てっきり、第一王子が身分を隠して原稿を送りつけてきたのかと思ったわ。
「なるほど、そのペンネームなら覚えがあります。確かに私が却下した原稿ですね」
「なぜだっ!? 自分でいうのもなんだが、俺の書いた物語は完成度が高かったはずだ!」
「本当に自分でいうことではないですが、確かに文章の完成度は高かったですし、表現方法としても斬新でした」
「ならば、なぜっ!? グラース公爵家が売り出している本もいくつか読んだが、俺の原稿の方がはるかに優れていたはずだっ!」
下位貴族であるウォード男爵令息だけれど、勢いがついてきたのか上位貴族である私に対してかなり強い態度になってきた。
これだけでも、公爵令嬢である私は何かしらのペナルティを与えることができるのだけど、まあ止めておきましょう。
ウォード男爵令息は私と同じ12歳だし、子供のやることに腹を立てていたらキリがないわ。
「貴方の原稿は完成度が高く、売り出せば一定の売上が見込めたでしょう」
「だったら!」
「だからこそ、本にすることは見送りました。……なぜか、教えましょうか? 貴方の原稿は登場人物にモデルがいることがハッキリとわかったからです」
「……」
「貴方が原稿の中で悪役にしたのは、男爵家のとある令嬢。名前は変えてありましたが、領地の特産品や気候、地名などからすぐに判別できました」
「……別にモデルがいてもいいだろ」
「よくありませんわ。……もちろん、本人だとわからないようにモデルにするなら問題はありませんが、貴女の原稿では少し調べただけで本人が特定できてしまった」
「うっ!」
「しかも貴方は原稿の中で、その悪役を貶めていた。実際にあった事件を大げさに表現し、読んだ人にはまるでモデルとなった人が、そういったヒドイ行いをしていたかのように」
「そ、それは」
「私は貴方の原稿に対して、そういった表現をしないようにと、手紙を別添えしました。そういった表現がなければ本にすることも可能だから、修正して送りなおすようにと」
「…………」
「それに対して、貴方は修正しないままの原稿を再度送り付け、不許可として送り返すと、似たような原稿……特定の誰かを貶めるような内容の原稿を送り付けてきましたね」
原稿を送ってきてくれた人には、本にする・しないに関わらず、私やお父様から手紙を送ることにしている。
本にする場合には校正をこちらで行う旨と、原稿料や売上に対する取り分がどのくらいになるのかの相談。
本にしない場合には、何が悪くて本にできないのか、多少の手直しで済む場合には修正依頼などを送っている。
「お、俺にはあの表現でしか文章は作れない」
「でしたら、グラース公爵家が貴方の原稿を本にすることはないでしょう。私は……グラース公爵家は誰かを楽しませるために本を作っているのであって、誰かを不幸にする原稿は本にはできません」
「……だが! 俺の原稿はほかの本より優れているはずだ! 本にさえすれば皆に読まれるはずなんだ!」
ふう、話が通じないわね。原稿の完成度ではなく、グラース公爵家が本にする価値がないという話なのだけれど。
いくら売れると確信できる内容であったとしても、誰かを傷つける……誰かから訴えられる内容の本はグラース公爵家からは売り出せない。
本の作成事業が私の興味本位だけならともかく、グラース公爵家の事業となっている以上、家の評判を下げる本を売り出せるはずがないでしょう。
「そうお思いなら、ご自分で本にすればよろしいのでは? グラース公爵家が禁止しているのは、紙の本はグラース公爵家からしか売り出さないこと、グラース公爵家から売り出した本は写本ができないこと、それだけですから。自分で本にして売り出せば良いのでは?」
最初は物語形式の本はグラース公爵家、ひいては羊皮紙ではない紙で作ること、としていたけれど、他家の作成物に手を出すことはできないので、羊皮紙で物語の本を作ることは止められない。
内容がグラース公爵家で作成している本と同じなら写本をしたことにペナルティを与えるけれど、オリジナルの内容ならグラース公爵家が口を出すことはない。
「それは……」
「まあ、そうなった場合、グラース公爵家は関与しませんので、貴方が貶めた人から訴えられようと弁護することはありませんけどね。ご自分の責任で本にしてください」
「くそっ!」
あらあら、あの様子ではグラース公爵家の後ろ盾がなければ、本にすることができないとわかっていたのでしょうね。
彼が原稿の中で貶めていたのは伯爵令嬢。ウォード男爵家としては名誉棄損として訴えられたら、本の販売禁止どころか、賠償金を払う羽目になるからね。




