38 乗り込んできた少女
「どうして、彼を解放してあげないんですかっ!?」
授業が終わってエイミーを待っていると、いきなりAクラスの扉を開いた少女がそう宣言した。
クラスの中には人が残っていて、みんな一様に不思議そうな目で少女を見つめている……そりゃそうだ、彼女は自分の名前を名乗っていないのだから。
着けているタイの色から同じ1年生だということはわかるけれど、誰も彼女に話しかけないということはBクラスの中でも男爵家や子爵家などの他家との交流が薄い家の子なのだろう。
「お嬢さん、どちらかと勘違いしていませんか? こちらはAクラスですよ?」
お、勇者がいた。誰も彼もが沈黙を貫いている中、1人の少年が彼女に話しかけた……それにしても、同い年だろう少女に対してお嬢さんってのはどうなの? 家の教育方針かな?
彼は確か伯爵令息……今クラス内に残っている人たちの中では身分が下の方だから、損だとわかっていて引き受けてくれたのでしょうね。
「このクラスの中に私の恋人を誘惑している人がいるんですっ! 彼は子供のころに決めた婚約なんて嫌だって言っているのに分かれてくれないって!」
おお、異世界恋愛ものにありがちな設定だなぁ。なんて、私は思うけれど、この言い分はこの世界ではもちろん通じない。
クラスに残っている人たちは幼いながらも、こいつ何言ってるんだ? という目で少女を見つめている。
貴族ならば親が決めた婚約は絶対だし、相手に何らかの瑕疵がない限りは愛情をはぐくむように努力するのが当たり前だからだ。
「それはそれは……大変ですね。ところで、お嬢さん。お名前は?」
「あっ! ごめんなさい、名乗りもせずに。私、メアリーって言います。メアリー・ブラウン」
「ブラウン嬢ですね」
「メアリーって呼んでください」
わぁ、厚かましい女。交流を深めてお互いに仲良くなったと感じた後ならともかく、初対面で爵位が上の人間に対して呼び捨てにして、なんて普通の神経じゃ言えないわよ。
しかも目をウルウルさせちゃって。貴女、恋人の婚約者を糾弾しに来たんじゃなかったの?
「いいえ、初対面の女性を名前で呼ぶことはできません。ブラウン嬢、貴女の恋人のお名前は?」
「……私が良いって言ってるのに。……ロバート様です」
むくれながら小声で文句を言っているけれど、クラス中に聞こえてるわよ……って、ロバート? まさかだけれど、第二王子じゃないわよね?
「……ロバート様。……家名は?」
「ふふ、テイラーです」
第二王子だーー!! この国では王子と同じ名前を付けることに問題はないけれど、国名と同じテイラーを名乗れるのは王族だけ。
残っていたクラスメイトは無関心から、積極的に関わらないにシフトしたようで、話している2人の方を見ようともしなくなったわ。
だけれど、損な役を買って出てしまった伯爵令息はそうもいかないから、額に脂汗をにじませながら必死に受け答えしている。
「ええと、まさかとは思いますが、ブラウン嬢の恋人というのは、第二王子殿下のことでしょうか?」
「ええ、そうです!」
そうです! じゃないでしょ! この国では多重婚も浮気も認められていないんだから、王子が浮気していると公言するなんて正気じゃないわよ!
「ブラウン嬢、何か勘違いしているようですが、それは第二王子殿下ではありませんよ」
「私が嘘を言ってるって言いたいのっ?!」
「そうではなく……ブラウン嬢の恋人は婚約者がいるのでしょう?」
「ええ、そうよ。子供のころに決められた婚約者のわがままに辟易しているんですって。でも、婚約者は公爵令嬢で身分が高いから文句が言えないって……」
いや、おかしいでしょ! 相手が公爵令嬢だとしても王子の方が身分が上なんだから、わがままだと言い切れるのなら文句の1つや2つは言えるわよ!
「そうなのですね。しかし、第二王子殿下には婚約者はいらっしゃいませんので、ブラウン嬢の勘違い。あるいは、その恋人が王子の名を騙っているのでしょう」
そう、入学式の時にも騒ぎになったけれど、王子2人は幼少期のお茶会の影響で、未だに婚約者どころか婚約者候補の選定すら終わってないのよ。
なのに、婚約者のわがままに辟易している? バカなことを言い出すわね、この女は。
……というか、この女。異世界転生者じゃない? 物語の設定そのままにしゃべって、現実と齟齬が出てることに気づいてないって感じがひしひしと伝わってくるわ。
「そんなことありません! 彼は王子様で、将来は私と一緒に国を背負うんですっ!」
あーあ、クラスの中の人も精神がおかしくなっていると思って、まともに目も合わそうとしないわ。
下位貴族にはどう伝わっているのかわからないけれど、Aクラスに所属している上位貴族には王子の素行は伝わっているのよね。




