21 恋愛物語の完成と釘差し
「できたっ!」
あれからスペンサー子爵に大量の紙を送ってもらい、エイミーに渡すための物語を書いていた。
といっても、次期公爵としての勉強もしなければならないから、合間を見てだけどね。
単行本一冊になるかならないかというくらいのページ数だけれど、それでも三か月近くかかってしまった。
「お嬢様、できたのですか?」
「ええ、完成したわ。まずはエイミーに読んでもらって、問題なさそうだったらスペンサー子爵に送って希望する人数分の本を作ってもらいましょう」
「一度、手元から離れるのですね?」
「こればかりはね。でも、本の形にしてもらったほうが読みやすいし、もしも汚した場合の予備も直ぐに作ってもらえるようになるわ」
私が書いた原稿は片面にのみ文章が書かれていて、裏側は白紙。印刷機で刷る際にこの形でないと不便だからということで、スペンサー子爵から指示さた通りね。
でも、本で読むのに慣れている私にとっては読みづらいし、クリップのようなもので留めているだけだから下手に扱うとバラバラになってしまう。
「仕方……ありませんね」
「まあ、今月中は寝物語の製作で手いっぱいとの話だったから、ゆっくり確認してね」
「はい、楽しみの読ませていただきます……しかし、奥様にはお見せしなくてよいのですか?」
「お母様? お母様には本を購入してもらうことになっているから、まずはエイミーが優先よ。……それに、これはれっきとした仕事なの」
「仕事……ですか?」
「ええ、原稿は完成したけれど、正しく書けているからのチェックはまだなの。もちろん気を付けて書いていたけれど、私も人間だからスペルミスや誤字があると思うのよ」
ちなみにこの世界の文字は前世で見たどれとも違っている。似ているのは英語だけれど、アルファベットと違って31もの文字数があり、それを組み合わせて単語を作る。
似たような形の文字もあるし、1つの文字を書き間違えただけでまったく意味の違う単語になってしまうこともある。
「なるほど」
「こういうのはね。自分で読み直しても間違いに気づきにくいものなの。だから、初めて読むエイミーが間違っているところはないのか、もっといい表現がないのかをチェックして」
「私にできるでしょうか?」
「できるか、ではなく、やるのよ。エイミーがチェックした文章で本になるのだから責任重大よ。それこそ、お母様や他の人に見せる余裕なんてないわ」
人の良いエイミーのことだから、お母様や他の使用人たちに読ませてほしいと言われれば断りづらいだろうけど、こう言っておけば断る口実になるだろう。
「はい」
「私からもお母様には話しを通しておくわ。もちろん、お母様から侍女長やメイド長に伝えるようにもね」
公爵家ではお父様やお母様に逆らえるような使用人はいないから、2人から使用人に通達してもらえれば問題は起きないだろう。
ちなみに、寝物語の原稿のチェックはお父様とお母様にお願いしたから、2人はスペンサー子爵に渡す前に原稿をチェックする事の重大さを知っている。
「さて、来月には寝物語がスペンサー子爵から届くから、それと入れ替わりでエイミー用に作った物語を本にしてもらわないとね」
本来なら次の原稿に取り掛かるべきなんだろうけど、エイミーにプレゼントするために物語を書いて分かった。
私はこの世界の単語を知らなさすぎる。今回も辞書を片手に書いていたし、まずは物語を書く上で使うような単語を覚えていかないといけない。
――――――
「というわけで、エイミーが持っている原稿に関しては誰も触れないようにしてください」
夕食が終わった時に、私はそうお父様とお母様に宣言した。
「というわけ、というのがわからないけれど私はもとより興味はないよ」
「ええっ!? 私も読みたいのだけれど……」
興味がないと言ったのはお父様、読みたいと言ったのはお母様。ま、予想通りね。
「お母様、これはもともとエイミーへの贈り物として書いた物語です。みなさまが読みたいというから本にするのですよ?」
「そ、それはわかっているわ」
「それに、お母様も本にする前の原稿のチェックの大事さはわかっていますよね? お母様がわがままを言ったせいで誤字やスペルミスがあった場合には、スペンサー子爵にもご迷惑をかけるのですよ?」
「うっ!」
「スペンサー子爵領から公爵家までは早馬で往復1日。ミスがない、あるいは少なければ遅れは最小限ですが、お母様が見たがったせいでミスが多かったとなれば本になるのは何日遅れるでしょう?」
本を作成する前にスペンサー子爵がミスに気づけば良いけれど、刷っている最中にミスに気付いた場合には印刷機を止めて、こちらに伺いを立てることになるだろう。
そうなれば、遅れは1日や2日では済まない。本の完成は数週間から数か月は遅れることになることは容易に想像がつく。




