02 朝食と婚約者
「お呼びになりましたか、お嬢様?」
お嬢様……だって! 前世だったらメイドカフェくらいでしか聞けない敬称よ!
「……お嬢様?」
「ごめんなさい、少しぼうっとしていたわ。おはよう、エイミー」
目の前にいるのは私の記憶が確かなら、私の専属侍女であるエイミー。公爵家には仕える侍女やメイドがたくさんいるけれど、明確に私の専属と言えるのはエイミーだけ。
「おはようございます。……お嬢様は私を呼ぶ前に起きて何やらやっていたようですけれど」
バレてる! まあ、鐘の音が扉の前に控える人に聞こえるんだから、部屋の中でごそごそやってたらバレるわよね。
「少し早く目が覚めたから、髪が乱れてないか気になったのよ」
「いつも言っていますが、公爵令嬢であるお嬢様は使用人に身を任せてください」
叱られるか心配されるかと思っていたけど、よくよく思い出してみたら私は今までも目が覚めたらベッドから抜け出して、遊んでいたことがあるから小言だけで済んだわ。
エイミーは私を椅子に座らせると手早く着替えをさせ、髪を結い始める。異世界転生もののラノベとかだと、お世話されるのを恥ずかしがるというのがよくあるけれど、わたしは恥ずかしくない。
前世では人の髪をいじるのが好きな友達もいたし、和服など着るのが難しい服は誰かに手伝ってもらうのが当然だったので、人に手伝ってもらうのを恥ずかしいとは思わないのよね。
「さ、綺麗になりましたよ」
「ありがとう、エイミー」
「お父上とお母上がお待ちです。淑女らしく参りましょう」
エイミーに先導されて食堂へと向かう。異世界転生ものだと、食事は部屋で別々なんてこともあるけれど、この世界……というか、グラース公爵家では食事は家族で一緒にとるもの。
もちろん使用人とは別々だけれど、それでも家族と一緒に食事がとれるのはありがたいわね。
「おはよう、ローズマリー。今日はお寝坊さんだったのかな?」
「おはよう、ローズマリー。今日もかわいい髪形にしてもらっているわね」
「おはようございます。お父様、お母様」
食堂に入るとお父様とお母様が挨拶をしてくれる。貴族では序列が大事で、その日に初めて会った場合は序列の高い人から挨拶、その後で低い人が挨拶をするという習慣がある。
家族間でそんな面倒なことを言い出すことはないけれど、私がマナーを勉強中ということで、家長であるお父様、その次にお母様、そして私の順番で挨拶をしている。
食事の内容はバターロールにオムレツ、それにサラダね。異世界転生ものだと和食が食べられないことに不満たらたらの主人公もいるけれど、そもそも前世でも朝食はパン派だった私には無縁ね。
バターロールはバターたっぷりで、焼きたてだからか前世よりも味が良く、オムレツもいい感じの半熟。サラダも鮮度がいいのか、パリッとしている。
小説なんかだと毒見で冷えた食事が運ばれてくるなんてこともあるけれど、この世界では毒見は外で食事をするときにするもので、信頼できる家人しかいない自宅ではしないものらしい。
「お父様、聞きたいことがあります」
「どうした、ローズマリー?」
ようやく食事が終わったところで……私の一口が小さいので、お父様は既に食後のコーヒーをたしなんでいるけど……話を切り出した。
「お勉強をさせていただいているうちに、私の婚約者について気になりましたの。お父様の中で婚約者、あるいは婚約者候補は決まっていますの?」
「こ……婚約者!?」
聞きたかったのはコレよ。もしも、この世界が物語の中で、私が悪役令嬢だったりしたら、子供のころから王子なりと婚約しているはずだもの。
「あらあら、ローズマリーもそういうのが気になる年になったのね」
「バ、バカな! 早すぎるぞ!」
あらあら、と答えたのはお母様、焦っているのはお父様だけど、この調子なら婚約者はいないのかな?
「早すぎる……ですか? 私が習った限りでは高位貴族なら、この年でも婚約者がいてもおかしくないと……そうよね、エイミー?」
「はい、お嬢様。公爵家の令嬢ともなれば、お嬢様くらいのお年でも婚約者がいるのは珍しくないかと」
私の侍女として教育の場にも控えているから、食後の紅茶をサーブしてくれていたエイミーに聞いてみる。
「それはそうだが……」
「ですが、お父様の反応から、そういったお話はないと分かりました」
「ローズマリーは婚約者が欲しいの? やっぱり王子様とか?」
お父様が口ごもっているから助け船のつもりで話しを打ち切ったら、今度はお母様が乗ってきた。
「逆です。もしも王子殿下との縁組を考えているのなら、先にお断りしようと思っていました」
私が言い切ると、お母様だけでなく背後のエイミーやお父様まで驚いている……え? なんで?
「ローズマリー、王子様と結婚するのは嫌?」
「ん? 私は公爵家の跡取りですよね? お父様とお母様が私の弟を作るつもりがあるのなら別ですが、跡取りが王子と結婚するのは無理かと」
私の記憶では家庭教師の先生は、この国の王子は2人しかいないと言っていた。1人は当然、後の国王になるとして、もう1人だってもしもを考えたら外に出すわけにはいかないだろう。
となれば、王子と結婚するのは家を継がない高位の令嬢であって、私みたいに自分の家を継がなければならない令嬢には無理だ。




