16 大人同士の話し合い(ジェイソン視点)
「妙なことで呼び出して悪かったな」
「いえいえ、流石はグラース公爵家の跡取り娘と思いましたよ。少ない情報から正確に物事を読み取っています」
私の名前はジェイソン・グラース。グラース公爵として執務に励んでいるが、じつは爵位を継いだのはつい最近だ。
この国の高位貴族は嫡子が3歳になると親から爵位を譲り受ける傾向にあるのだが、私も例に漏れず一人娘のローズマリーが3歳になった2年前に爵位を継いだばかりというわけだ。
その一人娘であるローズマリーが話があるということで、今日は寄子の一人であるスペンサー子爵を呼び出したわけだが、まさか本を作りたいと言い出すとはな。
「で、本を作るのは大丈夫そうなのかい? 私も監督するつもりではあるけれど、娘だけでなく侍女や妻も乗り気なんだ」
「お気遣いありがとうございます。じつは紙の方は大量生産を始めていて、もう少ししたら手紙用やメモ用に作ったものを献上しようとしていたのです」
「ふむ。印刷……だったかな? 本を大量に作る手段の方は?」
「そちらは整備にいささか時間がかかるでしょう。ローズマリー嬢の指摘されていた文字の欠けも確認しなくてはなりませんし。……ですが、整備が終われば問題はありません」
ふむ、ローズマリーの思惑通りに本は作れそうだ……しかし。
「ローズマリー嬢のことが気になりますか?」
「ああ、我が娘ながら少々頭が切れすぎるというか、とても5歳児には思えなくてね」
「おそらくローズマリー嬢は記憶持ち……前世の記憶があるのでしょう」
記憶持ち……想像はしていたけれど、曾祖父母が記憶持ちだったスペンサー子爵が言うなら、そうなのだろう。
この国では前世の記憶がある記憶持ちと呼ばれる存在が、たびたび生まれ、その知識によって様々なことを改革していったという過去がある。
それゆえに記憶持ちは厚遇されるのだが、中には問題行動を起こす記憶持ちもいて、扱いには注意が必要なのだ。
「記憶持ち……確かに、そう考えればローズマリーの行動も納得だな。……しかし、そうなると陛下に報告をせねばならんか」
記憶持ちの待遇については発見した貴族に一任されているが、高位貴族……それも過去に王族が降嫁して公爵となったグラース公爵家の跡取りが記憶持ちとなれば陛下に報告しないわけにはいかないだろう。
「陛下に……公爵閣下、ローズマリー嬢は王族に嫁がせるつもりですか?」
「いや、その予定はない。ローズマリーは一人娘で公爵家を継いでもらわないと困るし、そもそもローズマリーも王族と婚約することには反対だそうだ」
ローズマリーが王族との婚約を否定したことと記憶持ちなことは関係ないだろうが、安易に王族との婚約話を進めなくてよかった。
王族との婚約が成された後にローズマリーの才能が発覚したり、記憶持ちであることが判明したら手放してはもらえないだろうからな。
ローズマリーの婚約者には本人の希望通り、それなりに優秀だが野心のない高位貴族を探すこととしよう。
「それならば良かった。今回の面会でローズマリー嬢が公爵家を継いだのなら、安泰だと確信が持てました」
それは確かに私もそう思う。記憶持ちだということを差し引いても、大人と対等に話す姿は将来の公爵として十分なものだったし、だからといって居丈高に命令するのではなく、きちんと相手の事情も考慮に入れていた。
しかも、ローズマリーがこれから作ろうとしている本は、侍女や妻から聞いた話だけでも貴族女性に受けそうときたもんだ。
「まあ、安泰かどうかはスペンサー子爵の功績次第というところもあるぞ。ローズマリーが本を作るためにはスペンサー子爵が作り出した紙が必要ということだからな」
「ええ、それはわかっています。私どもが作り出した紙、そして印刷機にいち早く注目頂いたことに最大の感謝を」
「……それにしても、この物語を本にして売れるものなのかな?」
「それは作ってみないと何とも……。私としては興味深く感じますが、下位貴族や平民が手に取れる値段にはなりそうにもありませんし」
スペンサー子爵に話を聞くと、確かに子爵領で作り始めた紙は羊皮紙に比べてコストが下がっているが、それでも本になるほどの枚数を使えば値段は上がる。
さらに印刷という手法も写本に比べれば安価で済むが、インク代などは変わらずかかるので、貴族の中でもそれなりに収入がないと購入するのは難しい。
グラース公爵家のように財力があれば作ることは可能だが、それでどうやって収益を上げるつもりか、ローズマリーときちんと話し合わなければならないな。




