10 侍従とメイドを説得
「今の話をですか? 本にするのは構いませんが、誰も欲しがりませんよ」
「わたしも同感です。男爵領なら誰でも知っているようなお話ですし」
侍従もメイドもそう答えるけれど、私はそうは思わない。
今は学術的に意義のあるものしか本になっていないけれど、物語を求められたときに各地の伝承や寝物語は重要よ。
「男爵領なら誰でも知っているかもしれないけれど、公爵領で知っている人は少ないでしょう? それに本の作り方を工夫すれば欲しがる人だっているわよ」
「そうですか?」
「ええ、例えばそうね。二人は寝かしつけられている時、同じ話ばかりで飽きたという経験はない?」
「……確か、母に文句を言った記憶がありますね」
「わたしも、お母様に違う話が聞きたいとねだった記憶があります」
「でしょう? でも急に違う話と言われても困るし、即興で物語を作るのも難しいでしょう?」
「それはそうですね」
「そういう時に色んな寝物語が一冊にまとまっている本があれば便利じゃない?」
私は自慢げに二人に語る。前世では子供だけでも読めるように大判サイズで丈夫な本に物語が書かれていたけれど、この世界では本は貴重なので一冊にまとまって親が読めるほうが便利だろう。
「しかし、こんな大きな本を持ちながら子供の寝かしつけなんてできませんよ?」
侍従の突っ込みに同意するのか、メイドもこくこくと首を縦に振っている。
「そうね、確かに流通している本の大きさでは読み聞かせも大変よね。……でも、このサイズなら?」
そう言って、私は二人に紙でできている辞書を見せる。
「こちらは?」
「公爵家の寄子が作った本だそうよ。従来の羊皮紙で作った本よりも薄いし、軽いのが特徴ね」
「……ふむ、これは」
「えっ!? ……軽いですね」
二人は初めて見る紙の本に興味津々みたいだけど、確かに羊皮紙の本しか知らないと驚くわよね。
これなら片手で本を持ちながら読み聞かせをして、もう片方の手で子供に触れたりもできるから寝かしつけには最適でしょう。
「これまでの本は丈夫で長持ちだから学術的な本に使って、こちらの新しい本には手軽に読める物語が合うと思うのよ」
「ふむ……しかし、お嬢様。本というのは高級です。薄くて軽いということは、ページ数も増えますし、値段が高くなるのでは?」
「そうです。筆記師に写本してもらうのも、文字数が増えると大金になりますよ?」
「その点も考えてあるわ。紙の値段は作っている貴族と相談しなければならないけれど、この本には筆記師による写本は必要ないの」
「写本が必要ない?」
「ええ、この辞書の文字をよく見て。この文字、一部が欠けているのがわかるでしょう?」
「……確かに」
「でも、お嬢様。普通に書いていたら、こんなところで文字が欠けないのでは?」
「普通に書いていたら、そうね。羽ペンでも万年筆でも、こんな文字の途中で欠けることはないわね。おそらく、この本は印章のようなものを使って複写されているのよ」
「印章……ですか?」
「ええ。貴族が封書などで使う、あの印章よ」
「一字一字、印章を使ってるんですか? 手間が増えているような……」
「一字一字ならね。例えば同じ大きさの四角い印章を複数用意して、一行の文章を作ったら?」
「……それは」
「そして、もしも一ページ分の文字をすべて用意して、一ページずつ複写していったら?」
「「…………」」
私の言葉に二人は絶句してしまっている。おそらくは想像しているのだろう。大量の本が印章によって複写されていく姿を。
「で、ですが、筆記師から文句が…………出ませんね」
「ええ。エイミーに聞いたけれど、筆記師にとって写本というのは儲からない仕事で、できたら避けたいのでしょう?」
「……はい。議事録の作成の方が儲かりますし、重要度が高いので、写本は後回しにされがちです」
メイドは黙っているけれど、この手の情報には疎いのだろう。その代わり、侍従の方は筆記師の情報にさといのか、よく話してくれる。
「ま、この辺も実際に作っている貴族に聞かないと詳細はわからないけれどね。でも、詳細を聞くにも、何か話のタネがないと難しいでしょう?」
「それは……お嬢様は幼いですから、普通なら貴族が話を聞くことはないでしょう」
「そうよね。だから、向こうに提案するのよ。寝物語や伝承をまとめた本を作らせてくれない? って。そうすれば、商談になるでしょう?」
「それで、私たちの話を本をにしていいか、ということにつながるのですね?」
「そうよ。こんな話が集まっているけれど、本にしてくださらない? って言うのと現物がなくて本を作ってほしいというのでは説得力が違うでしょう?」




