第1章 闇
【ダメだダメだ、道すら見えない。全然前に進めない。】
腕を上げても、指さえ見えない。
【小僧の目を頼りにするしかないか。】
「前は見えるか?」
「見えないよ。主人も真っ暗?」
「お前は狼じゃないのか? 夜目が利かないのか?」
「狼って何だ? それに、どんな能力なんだ?」
【小僧の見た目は確かに狼に似てるけど、本物の狼じゃない。現実の基準で考えても仕方ない。】
【……いったん戻って、朔に相談しようか?】
考えていると、久しぶりの光が前方に灯った。
【赤い蛍? 久しぶりだな。青い蛍に取って代わられたと思ってたけど、まだいたのか。】
光が現れてから、ようやく前方の道の輪郭が見えるようになった。でも照らせるのは周りのほんのわずかな範囲だけだ。
【なぜこんなに光が弱いんだ……この世界のせいか、それとも蛍自体が弱まってるのか?】
小僧に乗る。
「あいつについて行くんだ。でも食べるんじゃないぞ。わかったな?」
「わかったわかった。」
小僧が赤い蛍を追いかけて走り出した。速すぎもせず遅すぎもせず、常に数歩の距離を保っている。
その脚は囚人の爪から変わったものだ。これだけ走れれば十分だ。急かしたりはしない。
「ゆっくりでいいぞ。」 首をポンポンと叩く。
小僧がスピードを落とした。
それからおかしいことに気づいた——
【なぜかHPがどんどん減ってる!】
「小僧、急いでついて行け! HPが減ってる!」
「どうしたどうした? わかったわかった!」
小僧がまた加速して追いかけた。
【参ったな。走ってるだけでこんなにHPが減るなんて……このマップにもマップダメージがあるのか。】
急いで愈伤棉を食べてHPを戻す。
「帰れ……帰れ……彼女はお前には会わない……」
前方から老いた声が聞こえてきた。
赤い蛍が速度を落とし、声の主を照らし出した。
人間の頭だ。焦げた黒い杭の先に刺さっている。まばらな髪と髭が顔の大半を覆い、眼窩の場所はぽっかりと空いている。
「それはどういう意味だ?」
「帰れ……帰れ……彼女はお前には会わない……」
【俺の言葉が聞こえてないのか? それとも無視してるのか?】
「なぜ! そう言うんだ!」
わざとゆっくり話し、声を大きくした。
「闇は恐怖を生む。執着は石に卵をぶつけるようなものだ。そのわずかな温もりを携えて立ち去れ。」
【温もり……蛍の光で俺の存在に気づいたのか。耳も聞こえないし目も見えない。確かにこれだけが頼りだな。】
「恐怖なんてとっくに見慣れた。でもお前がそう言うなら、ニクスがどこにいるか知ってるんだろ?」
「彼女の名を口にするな……」
言い終わらないうちに、杭の根元から黒い影が這い上がり、頭をあっという間に絡め取った。
影は蛍の光を無視する。光の輪に触れた部分は消えていくのに、それでも頭を引きずっていく。
影がすぐにこちらにも広がり始め、光の輪の中へ少しずつ染み込んでくる。
【こいつらは蛍も捕まえようとしてるのか? それは困る。なくなったら道すら見えなくなる。】
飛び上がって反手双刃を振る——空振りした。
【武器は効かない……魔法を試してみるか。】
「スーパー無敵二連打!」
青い拳が飛んでいき、影を少し退かせた。しかしさらに多くの影が押し寄せてくる。
小僧も黙ってはいなかった。頭を下げて噛みつき、届く範囲の影を次々と引き裂いて飲み込んでいく。
確かに食べられる。前に囚人を食べた時と同じように、吸収している。気づくと、小僧の四肢が黒くなり、半透明になっている。跳ぶときにとくに目立つ。
【また進化してる……でも遅すぎる。影は食べきれない。】
ここに留まってはいられない。赤い蛍を動かさなければ。
杭の根元を見る——何かがぶら下がっている。
見覚えのある形だ。
杭を切り落とし、小僧にそれをくわえさせる。
近づいて見ると——虫の形をした装飾品だった。
あの女がくれたものとまったく同じだ。ただ色がもっと濃くて、煙で燻されたように見える。
【また彼女のものか……でもなぜこんな場所に? 彼女はどこにいる? それにこの色合い、もう使われた後みたいだ。】
赤い蛍がようやく動き始めた。飛ぶと、影の侵入速度が遅くなった。
ほっとして、ついていく。
遠くに炎の光が見える。
篝火だ——ちゃんとした、使える篝火だ。
炎の中に人影がある。
朔だ。いつもより輪郭が薄く、何かに押しつぶされているように見える。
「リリィ。」
彼女が呼んだ。いつもより早口だ。
「手短に言うわ。この世界は暗すぎて、私の火は長くは持たない。この篝火はあなたのためのものだけど、すぐに消える。ここでは篝火での移動はできないの。」
【……転送ができない?】
朔の体がもう半透明になり始めている。
「それから、もし何か手に入れたら、ちゃんと保管しておいて。」
炎が急に暗くなり、彼女の姿がほとんど消えかけた。
「私がいない間は……赤い蛍について行って。それが唯一消えない光だから。」
言い終わると、朔が消えた。
篝火はまだ燃えている。しかし炎は低くなり、さっきより暗くなっている。
【彼女の言う通りだ。この火は長くは持たない。】
【でも彼女は転送ができないって言ってたな……この世界は本当に特別なんだ。朔の火さえも前みたいに固定できないのか?】
手の中の虫の形をした装飾品を見下ろす。
【あの女はどれだけ多くの場所にこんなものを置いているんだ? いったい何のために?】
遠くで、赤い蛍が闇の中で静かに光っている。まるで待っているかのように。
立ち上がる。
「行くぞ。朔がいないなら、俺たちだけでやるしかない。」
「行く行く!」
小僧が尻尾を振った。
赤い蛍が少し先へ飛び、止まって待っている。
【朔の篝火さえも保てない場所だ……何も起こらないでほしい。】
深呼吸して、ついていった。




