第14章 腐の息吹
教会の外で、浮遊体は待っていなかった。
【……やっぱり乗り物じゃなかったか。】
仕方なく、コロティアを探すのまた自分の足で行くしかない。
赤い蛍の方へ向かおうとしたら、バッグの蹄鉄がちょっと動いた。また一匹の護馬甲を呼び出した——今度はおとなしく俺の前に立ち、首を低くした。
【この蹄鉄……いったい誰がくれた半分代行ツールなんだ?】
乗る。護馬甲はすぐに赤い蛍の指す方向へ走り出した。
またあの堡塁の前に来た。橋は無傷だった。護馬甲は止まらず、そのまま突っ切った。
橋を渡るときに下の錆水を見下ろして、ふと守橋将軍の言葉を思い出した。
「背後には万の灯火」……
【まさかこの馬が非戦場の場所に連れて行こうとしてるのか?】
でもここは錆骸丘だ。そんな場所があるわけない。
道の先は崖だった。護馬甲が止まる。
対岸に、かすかに万の灯火が見える。錆の匂いもなく、曇りもない。
【……渡れない。ただ見てるだけか。】
ぼんやりしていると、何かが崖の底からゆっくりと浮かび上がってきた——
「お? 浮遊体? こんなところで何してるの? またこっそりついてきてたのか?」
言い終わった瞬間、自分が震えているのに気づいた。違う、護馬甲が震えている。そいつは浮遊体を見て、また暴走した。
反応する間もなく、地面に投げ出された。護馬甲は一目散に逃げていった。
【痛くはないけど、綿が飛び出しそうだ……この馬、いったいどうしちゃったんだ?】
まだ起き上がれないうちに、浮遊体が変わり始めた。
収縮し、伸び、人の形に固まる。
コロティアだった。どうやら浮遊体は彼女自身だった。
でも彼女の顔にあれは何だ?
錆びた鉄の枠が、顎から首までをぐるりと巻いている。縁は皮肉に食い込み、錆が皮膚を伝って垂れている。周りの布地は鉄錆と混ざり合い、もう服なのか傷なのかもわからない。
彼女は俺のすぐ先の崖端に立ち、対岸の万の灯火の方を見つめ、背を向けていた。風が崖の底から吹き上がり、彼女の裾を揺らしている。
ボス戦はこうして始まった。戦闘とは思えないほどの静けさだ。
彼女は何も言わなかった。
俺は言うべきことはもちろん言う。フラグに言ったら手加減してくれたから、コロティアもそうに違いない。
「コロティア、俺はお前を傷つけたいわけじゃない。救いに来たんだ! もう一人で背負わなくていいんだよ!」
彼女は少しだけ首をかしげた。その目の中で何かが一瞬輝いた——風に揺らされた火の粉みたいに、すぐに消えた。
彼女は元の向きに戻った。首を振った。
怒りも悲しみもない。ただ首を振る。まるで引き受けたいけど引き受けられない願いを断るように。
「ふう——」
一筋の腐の息が、彼女の口からゆっくりと吐き出された。とても遅いのに、範囲は広い。ため息のように、人が全身の力を振り絿って最後の息を吐き出すように。
三度転がってやっと避けられた。
やっと立ち上がったら、足元が突然揺れた。脇から錆気が噴き出し、布地の端をかすめていった。あともう少しずれていたら、当たっていたところだ。
【これは警告か?】
案の定、地面から錆気が連続して噴き出し始めた。ランダムだけど、本当に当たりそうなのは数本だけだ。その場でスタミナ回復を待って、錆気が噴き終わったのを確認してから数歩移動することもできる。
彼女は本当に傷つけようとしているんじゃなく、俺を遠ざけようとしている。
やっと止まった時、顔を上げると自分はもう彼女からずいぶん遠くに離れていた。護馬甲は逃げたし、走るのは得意じゃない。このまま彼女はさっさと立ち去ることもできたし、隙をついて攻撃だってできた。
でも彼女はしなかった。ただそこに立ち尽くし、微動だにしなかった。
しばらく待って、もう技を出さないことを確認してから、慎重に一歩前に進んだ。
「コロティア、俺……」
彼女は手を上げた。
いくつかの手話をした。
それから浮遊体に戻り、崖の下へ落ちていった。
あの錆色の光は風に吹き散らされる灰のように、見えない深みへと落ちていった。
俺は一人その場に立ち尽くし、口にはまだ叫べなかった「打」の字が残っていた。
頭の中で何度も彼女の手話がよみがえる。
【天賦の才……手話まで秒で覚えられるのか?】
俺にはわかった。
「どうか……立ち去って。」
命令じゃない。懇願だ。
「もう……近づかないで。」
彼女は自分を指し、それから手を振った——別れの挨拶じゃない、とても小さな、誰にも見られないように振っている。
「お願い。」
【彼女は俺を追い払っている。】
なんだか泣きそうになった。悲しいんじゃない。言葉にできないほど胸が詰まった感じだ。
彼女は世界を救ったのに、「近づかないで」さえも「どうか」と言うしかなかった。
長い間黙っていた。
風が崖の底から湧き上がり、俺の布を体に貼りつけた。
崖の底に向かって叫んだ。
「コロティア——それでも俺は戻ってくるからな!」
声は風に散らされた。でも風は音を下まで届けてくれるだろうか。
彼女に聞こえたかどうかはわからない。
でもこれが俺の答えだ。




