第3章 同期
信号が青に変わった。けれどセレスはすでに他人の露店の前まで来ていて、これ以上前に出ればペナルティだ。
俺は横に少しずれて、通行人の邪魔にならないようにしながら、地下鉄の駅へ向かう方法を探った。
上を向いて道を確認し、またスマホの画面を見た。
【とりあえず向こう側に行ってから道路を渡れば、そんなに不自然には見えないはずだ。セレス側もあっちに進めば道がある。】
向こう側へ渡るための青信号を待って、歩いて渡った。少し遠回りになり、時間も一分か二分余計にかかったが、まだ余裕はある。
用心深く進んで地下鉄の駅構内に入った。エスカレーターの上でスマホを覗き込むと、セレスの周囲には——ギルドらしき建物がない。
【待てよ、彼女はギルドの場所をまったく知らないのか? いや、彼女の世界では旅人だから、ここは彼女が初めて着いた街かもしれない。つまり……俺が道を訊かないといけないのか?】
周囲の人々を一瞥する。セレスの右斜め前に、地元の人らしき男がいて、誰かと話をしている。
あいにく、俺の側でも全く同じ位置に人がいた——脇にブリーフケースを抱え、電話をしている男だ。
【でも俺、対人恐怖症なんだよ。彼の背後に立って、別世界の道案内を頼むような変なことを口に出したら、絶対におかしいと思われる。彼が行くのを待つか? でも時間は待ってくれない。】
仕方なく彼の背後まで行き、軽く咳払いをして、スマホを掲げた。
「何か用ですか?」
向こう側の二人はすでにセレスが近づいてきたことに気づいていた。
「あの、ギルドはどちらですか?」
「え? 俺に訊いてるの?」
【おい、なんで今電話終わるんだよ!】
慌てて彼に手を振り、申し訳なさそうなジェスチャーを見せた。彼も気まずそうだった——俺がスマホを隠れ蓑にしているせいで、電話中だと勘違いしたのだろう——すぐに察してその場を離れた。
俺はすぐにスマホの画面に戻った。
「あっちへ行けば見えるよ。そんなに丁寧に訊かなくても大丈夫。」
別世界の住人も返事をくれ、方向を教えてくれた。
【自分の動作もあっちの世界の人に見えてるのを忘れてた。変に思われなくてよかった。】
「教えてくれてありがとう。」
そう返事をすると、改札方面へ進み、表情や動きを整えながら電車に乗り込んだ。幸い、電車に乗って移動してもセレスが瞬間移動することはない。もしそうなったら、周りの人を驚かせてしまうだろう。
電車を降りると、遅刻まであと五分。俺はセレスも正しい道を進むように向きを調整し、駅の出口へ駆け出した。
回転扉を抜けてエスカレーターを駆け上がり、残り五秒で出勤打刻を済ませた。
【危なかった……待て、打刻成功の画面に通知が一つ飛び出してきた。】
「本日の打刻に成功。報酬:追加五分。」
【五分? 何だこれ、俺にくれるのか? いや、俺は今もう会社にいるから、この五分はいらない。じゃあこの報酬は……】
スマホを見た。セレスはギルドの入口の前に立っており、画面に表示されていた残り時間は、打刻した瞬間に五分増えた。
【なるほど。現実世界で俺が任務をこなすと、セレス側に時間が稼げるのか。彼女は本来、時間切れでペナルティを受ける前にギルドへ辿り着けないはずだったのに、この五分で動き続けられるようになった。】
セレスは体当たりでギルドの扉を押し開けた。
【俺がエレベーターの中で扉を開ける真似をするわけにもいかないし、そんなことをしたらおかしい。でも、あっちの世界にとっては少し不自然な動きになっちゃうな。】
HPゲージがまた少し減った。残りのHPは半分ほど。
【もし治癒綿のような薬が使えれば心配しなくて済むと思っていたのに、ここにはそんなものがない。】
この先、同僚たちにも挨拶しないといけない。
でも以前みたいに名前を呼ぶことはできない。そうしないと、セレスの世界の人々がおかしいと感じてしまう。
だから誰に「おはよう」と言われても、ずっと「おはようございます」で返すしかなかった。
「新人、やたら元気だな。」
【あっちの世界の人たちは、俺が誰に対しても丁寧に挨拶する変わった奴だと思ってるんだろうな。もうどうしようもない。】
すぐに鏡の前まで辿り着いた。ここはセレスの世界では掲示板に相当する場所だ。
ミラナの世界で鏡に会う? 嫌な予感がした。でもセレスがギルドに来たのは仕事を請け負うためだし、打刻で増えた五分も、彼女に早く依頼を受けさせるためにある。
仕方ない。俺は鏡に触れた。
触れた瞬間、世界は鏡のように砕け散った。両足が宙に浮き、落下が始まった。
この感覚は、この世界に来てからずっと止まらない。
「君、寝足りたか?」
頭を直撃する、痛みを伴う一撃。落下しているはずなのに、何かに頭を殴られたような感覚が走った。
目を開けると、俺は教室にいた。
「試験中に寝るとは、度胸があるな?」
「す、すみません、先生。今から書きます。」
「試験中は私語厳禁。各自、自分の答案を書きなさい。」
俺はうつむき、机の上の答案用紙を見た。教室は静かで、紙をめくる音とペンが走る音だけが響いている。窓から差し込む陽気が机の隅に落ち、ぽかぽかと暖かい。
無意識に窓の外を見た。外はごく普通の空で、雲がゆっくりと流れていた。
けれど窓ガラスに映っているのは空ではなかった。セレスだ。彼女は車椅子に座り、全身傷だらけで、片腕がない。彼女のいる部屋は暗く、天井は低く、壁には黄ばんだ古い新聞が貼られ、光は赤黒い色をしていた。彼女はうつむいたまま、動かない。
俺自身は映っていない。窓に映っているのは彼女だけだ。
新しい任務が窓の上にうっすらと現れた。
【試験を終わらせよ(ここから脱出せよ)】




