【第64話】トレンド入り
一通りエゴサーチを終えると、私はネットメディアの担当者と、電話でやり取りをした。明日、國武さんには取材が入っていて、私もそれに付き添うためだ。
担当者と、軽く取材内容を打ち合わせる。他にも来週以降も『いつの日か青かったねと思い出す』を上映してくれる映画館との調整などといった業務を進めていると、時刻はあっという間に一一時になった。そろそろ各地の映画館で、最初の回の上映が終わった頃だろう。
私は意を決して、エゴサーチを行う。すると、検索結果はそれこそ一つのページでは見切れないほど出てきた。『いつの日か青かったねと思い出す』を観たという感想と、これから観るという投稿が入り混じっている。
私はそれら一つ一つに、じっくりと目を通した。いくつかの投稿を読んでみても、概ね『いつの日か青かったねと思い出す』を肯定的に評価してくれていることが分かって、その度に私は心から喜ぶ。
「よかった」「面白かった」といったシンプルな言葉を使っていた人もいれば、一四〇字いっぱいに、いやそれでも収まりきらなかったのか、いくつものポストを連続して投稿していた人もいて、十人十色といった反応に、私は心を揺さぶられる。リポストもいいね! も、次から次へと止まらない。
でも、それは『いつの日か青かったねと思い出す』にいくらか興味がある人でも、多少しつこく感じてしまいそうなほどで、また一度にできるいいね! の数にも制限があったから、私は全ての投稿にリポストやいいね! を押すわけにはいかなかった。
それでも心の中では、何度もいいね! を押している。全部を見終えるにも三〇分ほどかかって、その間私は他の仕事は手についていなかった。
それからも、私は他の仕事が一段落する度に、『いつの日か青かったねと思い出す』のエゴサーチを繰り返していた。
たった一時間見なかっただけでも、『いつの日か青かったねと思い出す』に言及する投稿は何十とされていて、私はこれがSEIHOシネマズで公開されるということなのかと改めて知る。全国の映画館で次々に上映がなされている様子が、しっかりと現実のものとして信じられる。観終わった後の感想にも好評が多くて、私はそれら一つ一つにリポストやいいね! をしてじっくりと味わいたくなる。
だけれど、エゴサーチをしている間は他の業務には入れないから、私は次々に投稿を読み進めた。時折リポストやいいね! はするけれど、それでも差を作ってしまっていることが、どこか申し訳ない感じもする。
もちろん、出水さんたちもエゴサーチは、SNS担当の私の立派な仕事の一つだと理解してくれている。出水さんたちに私が本来やるべき仕事まで押しつけるわけにはいかないので、ほどほどにする必要はあったが、もし他の人のことを気にしなくていいのなら、私は一日中エゴサーチをしてしまいそうだった。
オフィスを後にして家に帰ってもなお、私はスマートフォンを手放せなかった。家ならば、出水さんたちに迷惑をかけると、気にする必要もない。
私はそれこそ、寝る間際まで『いつの日か青かったねと思い出す』のエゴサーチをし続けた。今日最後の回の上映が終わったのか、感想ポストは日付が変わる頃になっても、途切れることなく表示される。八割、いや九割以上が『いつの日か青かったねと思い出す』に好意的な反応を示してくれていて、やはりこれまでの上映で得ていた好評は少しも間違っていなかったようだ。
明日はカレンダーでは休日だから、より多くの観客動員が見込めるだろう。
そのことに心躍らせつつ、それでも私には目が疲れた感覚は拭えない。今日は朝起きてから一日中、パソコンやスマートフォンの画面を見続けていた。そのおかげで今日投稿されたポストは全て見ることができたのだが、予想を上回る量に、私はすっかり疲れてしまっていた。
この分だと、明日投稿されるポストは見切れないかもしれない。嬉しい悲鳴だ。
だから、私は明日に備えるためにも、日付が変わる前にベッドに入っていた。寝る前にスマートフォンを見ていたら寝られなくなると言うが、それでも一日中見ていた私は、かえってすぐに眠りにつくことができていた。
しっかり八時間寝て迎えた土曜日の朝も、私は起きるとすぐにスマートフォンを手に取って、エゴサーチをしていた。『いつの日か青かったねと思い出す』に関する投稿は、私が寝てからも何十件とあって、私を少しも離すことはない。
恒例の「公開中です!」という予約投稿もしっかりとなされていることを確認してから、今日も私はオフィスに向かう。ちゃんと睡眠時間を確保できたからか、頭も思っていたほど重くはなかった。
そして、オフィスでも私が他の仕事とエゴサーチを交互に繰り返していると、時間はあっという間に経ち、気づいたときには、午後に突入していた。
私が昼食休憩を終えると、そのタイミングで國武さんがオフィスにやってくる。今日のネットメディアによる取材もまた、私たちのオフィスの会議室で行われることになっていたからだ。
私たちはインタビュアーの人が来るまで、少し話す。國武さんも『いつの日か青かったねと思い出す』のエゴサーチは積極的に行っているようで、「もう見切れないくらいですよ」と笑っていた。
実際、私も土曜になってさらに増えた投稿に追いつけてはいなかったから、「そうですね」と表情を緩めて返すことができる。
SEIHOシネマズで拡大公開されてもなお、『いつの日か青かったねと思い出す』は好評を博していて、フィルマークスの評価も四点台をキープできている。そのことがよほど嬉しかったのか、國武さんの表情はどこか締まりがないほどだ。私の気持ちも弾んで、私たちはにこやかに言葉を交わすことができる。
そうしているとインタビュアーの人もやってきて、簡単な挨拶を交わすと、さっそく取材は始まった。それでも、「『いつの日か青かったねと思い出す』、大好評ですね」と言われて、國武さんはまた思いっきり顔を緩めていたから、会議室の雰囲気も厳しくなることはなく、オープンな空気のもと取材は進んでいっていた。
さらに、また一日明けた日曜日には、私にもまったく予期せぬことが起こった。
昼食休憩を終えて、またエゴサーチをしようとエックスの画面を開いたら、トレンド欄に『いつの日か青かったねと思い出す』の名前が挙がっていたのだ。ちゃんとポストの件数も千件以上と表示されていて、私は思わず飛び上がりたくなるほどの喜びに駆られる。間違いなく、私たちの仕事が実を結んだ瞬間の一つだ。
トレンド入りするなんて、公式アカウントを開設した頃にはまったく考えもよらなかった。道理で全てのポストを見切れないわけだ。
トレンド入りしたことによって、投稿されるポストもどんどんと増えていく。もしかしたら、これで『いつの日か青かったねと思い出す』が気になって、観てくれる人もいるかもしれない。
私は、今まで感じたことのないほどの喜びに包まれる。思わず、出水さんたちにも声をかけてしまったくらいだ。
出水さんたちも仕事をする手を止めて、私のパソコンの画面を見て驚いたような表情を浮かべている。でも、「理歩ちゃん、やったね」と言われると、私も余計に高揚感に包まれる。
炎上ではない前向きな形でのトレンド入りができたことで、今日の夜発表される三日間の興行成績に向けての期待も、高まる一方だった。
そして、私は九時を少し過ぎたところでその日の仕事を終え、オフィスを後にしていた。
でも、近くのラーメン屋で夕食を済ませて家に帰っても、私の逸る気持ちは収まらなかった。それはもちろん、今日発表される金土日の興行成績を意識しているからだ。
来週には人気アニメの劇場版が公開されるから、私たちが興収ランキングで一位を獲ることができる機会は、実質的にはこの一回しかない。そう思うと、私は何度もスマートフォンを気にしてしまう。
今までの例から言って、出水さんから興行成績の速報が伝えられるのは夜の一一時すぎで、その瞬間が私には待ちきれない。じっとしていることもできずに、何回も部屋の中を歩き回ってしまうくらいだ。
『いつの日か青かったねと思い出す』でエゴサーチをしてみて、まだ好評を博していることを知っても、それでも今だけは心の表面を滑っていく。何もしていても手につかず、一分が一時間のようにさえ感じられた。
出水さんから共有SNSへの連絡は、一一時になってもこなかった。もしかしたら確認に時間がかかっているのかもしれないと思いつつも、それでも私はじれったい思いを感じてしまう。エゴサーチを何度か繰り返してみても、気は一向に紛れない。
もしかしたら、今日のうちに連絡は来ないのではないか。一一時半を過ぎてそう私が感じ始めた頃だった。パソコンの画面に、一件の通知が浮き出たのは。
それは紛れもなく出水さんからの連絡で、この三日間の興行成績の速報が出たことがシンプルな文章で綴られていた。そして、そのメッセージにはやはりPDFのファイルが添付されていた。「12/12~12/14興行成績」と題されたそれを、私はドキドキしながらクリックする。
すると、瞬く間に開かれたそれは、一目見ただけで私に現実を突きつけてきた。
(続く)




