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【第61話】映画館行脚


 そして、さらにまた翌日の日曜日。今度は、私たちは朝の八時に新宿駅に集合していた。理由はもちろん、今日も地方での舞台挨拶があるからだ。


 今日は一〇時から長野は上田映劇で、一四時から新潟は高田世界館で、そして一八時から石川は金沢シネモンドで、一日で三館を行脚する日程となっている。行程的にはそこまで余裕があるとは言えず、各映画館での滞在時間も比較的短くなってしまうが、それでも『いつの日か青かったねと思い出す』を観に来てくれた感謝を、一ヶ所でも多くの映画館で伝えたいという國武さんの想いを尊重した形だ。


 顔を合わせたときも、朝早いにも関わらず國武さんは疲れた表情は全然見せていなくて、今日も各地で行われる舞台挨拶に期待を抱いている様子が窺える。それが私には一日に三つの映画館を周るなかでも、特に最初に上田映劇を訪れることを楽しみにしていると感じられた。


 上田映劇は言わずもがな、『いつの日か青かったねと思い出す』が初めて上映された場所だ。私がその上映を観て、國武さんたちに声をかけたところから、私たちの関係は始まっている。いわば映画としての『いつの日か青かったねと思い出す』の始まりの場所とも言っていい。


 私も上田映劇に行くのは四月に映画祭で訪れて以来だから、久しぶりに訪れることができることに、決まったときから感慨を抱かずにはいられなかった。


 大宮駅で新幹線に乗り換えると、上田駅には一時間ほどで辿り着く。改札を通って駅を出た瞬間から、懐かしい景色に私は胸がすくような思いがした。


 出てすぐに見えるバナー以外は、駅前の景色はその奥に見える山々も含めて、少しも変わっていなかった。からっとした空気はもう一二月だから寒さを感じるものの、それすらも気持ちいい感触がある。


 國武さんも感慨深げにしていて、私たちには「やってきた」というよりも、「帰ってきた」といった感覚さえあった。


 もう上映が始まっているなかを、私たちは上田映劇に向かって歩き出す。道はスマートフォンのナビアプリを頼らずとも、私たち二人ともがしっかりと覚えていた。


 上田映劇の年季を感じさせる佇まいは、一〇分ほど歩くと私たちの目にも入ってきて、私は思わず國武さんとの写真を撮った。中に入ると、暖房が効いていることもあって、落ち着いた空間が私たちを包み込む。ロビーにやってきた支配人の鴨志田(かもしだ)さんとも、私たちは少し言葉を交わす。


 ベンチに座って話していると、まだ来たのは二回目なのに、それ以上来ているかのような安心感が私たちには感じられた。


 そして、上映時間も終わるという頃になって、私たちは動き出す。衝立で区切られた空間を通って、舞台袖に向かっていく。


 そして、上映が終わったタイミングでまず鴨志田さんが舞台に出ていって、これから國武さんによる舞台挨拶があることを告げる。私もポスターを用意するために、舞台に出る。


 すると、観客席は満員とまではいかなかったけれど、それでも七割ほどが埋まっていて、ここ上田にも『いつの日か青かったねと思い出す』の評判は届いていることを、私は実感する。映画祭のときを優に超える観客が集まっていることに、私は今まで自分たちがしてきた仕事の成果も少しはあるのかなと思う。


 劇場内には暖かな雰囲気が漂っていて、それは今回来てくれた人たちが『いつの日か青かったねと思い出す』をどう感じたのかを、如実に示しているかのようだ。


 ポスターやマイクを準備した私が舞台を後にして、観客席に入るとそのタイミングで「準備が整いました」と鴨志田さんは、國武さんを呼びこんでいた。舞台に登場した國武さんに、観客から暖かな拍手が送られる。


 それは当然映画祭のときよりも大きくて、観客席から見ているだけの私にも誇らしさが感じられた。


 上田映劇での舞台挨拶は三〇分足らずで終わったけれど、でもその分ぎゅっと内容を凝縮した、密度の高いものとなっていた。映画の成り立ちや、撮影をする上で特に意識したポイントなどを話す國武さんの姿も、各地で舞台挨拶を重ねてきたからか、すっかり堂に入っている。


 さらに、ここ上田映劇での上映をきっかけに、『いつの日か青かったねと思い出す』が映画館での公開に向けて動き出したと國武さんが語ると、観客席は声に出さずとも静かにざわめいたのが、私には雰囲気で分かった。きっと上田やこの近くに住んでいるであろう観客も、誇らしさを感じたに違いない。


 観客からの質問コーナーでも、映画祭のときの上映を観たという人が現れて、そのときから良い映画だと感じていたと言われると、國武さんだけでなく、私まで胸に来るものがあった。


 舞台挨拶終了後の、パンフレットを購入してくれた人限定のロビーでのサイン会も、何人もの人が並んでくれて、直接國武さんに映画の感想や訊きたかったことを伝えていた。その光景は私にとっても微笑ましかったけれど、それでも私たちにはすぐ次の予定が入っているし、残念だけれど上田映劇だけに長居をするわけにもいかない。


 だから、私は話が長くなりそうだと予感した人のときには、申し訳ないけれど「手短にお願いできますか?」と、それとなく伝える必要があった。それでも、サイン会にまで並ぶ人は、当然『いつの日か青かったねと思い出す』を好意的に捉えてくれたようで、十人十色の褒め言葉を聞くと、側で聞いている私まで胸が温かくなった。


 舞台挨拶及びサイン会を終えると、私たちは鴨志田さんたちに最後に簡単な挨拶をすると、わりかしすぐに上田映劇を後にしていた。本当はもっと上田の街にいたい気持ちもあるけれど、私たちにはこの後も場所を変えて舞台挨拶の予定が入っている。


 新幹線に乗って今度は高田世界館に向けて、まずは乗換駅である上越妙高駅を目指す。昼食は駅の売店で買った弁当を食べる形となったが、それでも國武さんは舞台挨拶で感じた高揚感がまだ続いているような表情を見せていたから、私も申し訳なさはあまり感じずに、一緒に弁当を口にすることができていた。


 高田世界館に続いて、金沢シネモンドでの舞台挨拶及びサイン会を終えたときには、時刻は八時半を回っていて、東京行きの新幹線の終電が出る時間も、にわかに近づいてきていた。


 本当は金沢に来たからには、新鮮な海の幸といった名物料理を食べたかったのだが、日帰りである以上、私たちにそんな時間はほとんど残されていなかった。スタッフの人に車で金沢駅まで送ってもらった私たちは、駅の売店で再び弁当を買ってから、新幹線に乗り込む。東京行きの終電は私たちが並んで腰を下ろすと、すぐに金沢駅を出発する。ひとまず終電に間に合ったことに安堵しつつ、私たちは弁当を食べ始める。


 その間は今日の感想について、私たちは話していられたけれど、それでも弁当を食べ終えると一日に三ヶ所もの舞台挨拶に登壇してさすがに疲れたのか、國武さんはすぐにイヤフォンをして目を閉じていた。


 私も空腹が満たされて眠くなってくる。でも私は、それもどうにか堪えてスマートフォンを見続ける。SNSに金沢シネモンドでの舞台挨拶の模様を投稿しながら、私は大きなあくびをしてしまっていた。


 上田映劇に続き高田世界館でも、金沢シネモンドでも舞台挨拶は大きな実りのあるものになっていた。どちらも日曜日だということもあって、満席に近いほど観客が入っていて、その光景には私も手応えを得られた。


 舞台挨拶が始まっても、國武さんの話に多くの観客が興味を持ってくれている様子は、私には手に取るように分かったし、質問コーナーでも何人もの観客が手を挙げてくれていた。その中には、これだけ舞台挨拶を重ねていても初めて聞くような質問もあって、私はやはり映画は観た人の受け取り方次第なのだということを再認識する。


 舞台挨拶後のサイン会も、パンフレットを購入してくれた人限定だったけれど、それでもどちらも三〇人を超える人がやってきてくれて、『いつの日か青かったねと思い出す』を気に入ってくれた人の多さに、私は手を合わせて拝みたくさえなった。


 國武さんも移動する時間ギリギリまで観客に接していて、その分移動は少し駆け足になってしまったけれど、それも私たちには嬉しいことに違いなかった。


 私がスマートフォンの振動音で目を覚ましたときには、金沢駅を出てから二時間ほどが経っていて、もうすぐ大宮駅に到着する頃だった。


 どうやら『いつの日か青かったねと思い出す』のエゴサーチをしているうちに、私もつい寝てしまっていたらしい。私は國武さんに同行していただけだが、それでも一日に三つの映画館を周ることは、それだけで疲れることだったのだ。


 心の中で軽く苦笑しながらスマートフォンを見ると、待ち受け画面には出水さんが社内の共有SNSに投稿をした、という通知が浮き出ていた。日曜日の夜の一一時を回ったこのタイミングで投稿された内容は、私には一つしか思い当たらない。


 タップして開いてみるとそれは思った通り、今週の金土日の興行成績が発表されたという内容だった。私はドキドキしながら添付ファイルを開く。


 下にスワイプすると、ピンク色のマーカーで塗られた『いつの日か青かったねと思い出す』のタイトルは、今までよりも早い段階で出てきた。



(続く)

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