【第60話】公開三週目
「明日、重大発表があります!」私がそうSNSの『いつの日か青かったねと思い出す』の公式アカウントに投稿したのは、全国のSEIHOシネマズでの拡大公開が決まった次の日の朝のことだった。その頃には特にエックスではフォロワー数は千人を超えていたから、リポストやいいね! といった反応もすぐに得られる。
きっとこの投稿を見た人の多くが、重大発表の内容を想像していることだろう。だけれど、SEIHOシネマズでの拡大公開は、ほとんどの人が予想できないに違いない。
だから、その人たちの予想を超える驚きを提供できるかと思うと、私は今からワクワクしてくるようだ。既に一二月一二日からのSEIHOシネマズでの拡大公開を知らせるポストは、明日の朝八時に予約している。どんな反応があるかと思うと、早くそのときになってほしいと感じる。
そう期待を抱いていると、私は出水さんに「理歩ちゃん、そろそろ時間だよ」と声をかけられる。私が顔を上げると四谷さんや立石さん、木蓮さんもそこにはいて、久しぶりに全社員が集合している様子に、私はにわかに頬を緩めてしまう。
「はい」と返事をして、私たちは全員で会議室に向かった。
私たちが会議室に入ると、壁には買い付け作品を決めた会議以来に、スクリーンがかけられていた。出水さんがプロジェクターの電源を入れると、スクリーンにノートパソコンの画面が映る。
出水さんがノートパソコンを操作すると、画面はテレビ会議に切り替わった。スクリーンの上に設置されたカメラを通して、私たち全員の姿がスクリーンに映る。
その瞬間は少しこそばゆかったが、それでも画面に映る自分たちの表情からはどことなくドキドキしていることが感じられ、それが私に得も言われずおかしかった。
そこから、画面が二つに分割されるまでにはさほど時間はかからなかった。もう一方の画面には、私にも見慣れた光景が映っている。
それは、西宝の会議室だった。十人ほどしか入れない小さな会議室には、私も宣伝チームの一員として何度も入ったことがある。
そして、そこには今回の『いつの日か青かったねと思い出す』の拡大公開のために集められた、西宝の社員がいた。津島さんや中沢さんといった配給部のお馴染みの面々が揃っていて、私はつい表情を緩めてしまいそうになる。
私が西宝を辞めたのは、雑用ばかりの仕事にやりがいが感じられなかったからで、同僚や先輩社員との人間関係が嫌になったからではない。むしろ、津島さんたちは若手の私も大いに気遣ってくれていた。
だから、津島さんたちの顔を見ると、私には懐かしさがこみあげてくる。
津島さんたちも、私や出水さんとまた仕事ができるとは思っていなかったのだろう。その表情は明るくて、私の胸もすくようだった。
簡単な自己紹介をして、オンラインとはいえ顔合わせを済ませた私たちは、お互いに担当する仕事について打ち合わせていく。
西宝でも期間はごく限られているとはいえ、ある程度の宣伝は打ってくれるようで、ありがたいことこの上ない。さらに、全国的なネットワークを生かして、地方の独立系のシネコンにも劇場営業をかけてくれるようで、それは私たちにとっても願ってもないことだった。
もちろん、西宝に全てを任せっぱなしにするわけにはいかないので、私たちもSNSの運用をはじめとした自分たちの業務は引き続き行う。
それでも、西宝と協力態勢を築いていくなかで、私の心はより大きな期待に占められていっていた。
西宝とのオンラインでの打ち合わせが終わると、さっそく私たちの仕事はより慌ただしくなっていた。SEIHOシネマズでの公開は西宝が担当してくれるとはいえ、私たちの仕事がなくなるわけではないのだ。
上映してくれる映画館に連絡をしたり、拡大公開に合わせた新たな宣伝プランを練ったりと、私たちがする仕事はいくらでもあって、その日は私たちは全員夜の一〇時まで残業をしていたけれど、それも私は全然苦にはならなかった。
当然残業代は出るし、自分たちのやりたい仕事ができている。これほど幸せなことがあるだろうかと、私には思えるほどだった。
次の日も、私は朝の八時にはオフィスに出勤していた。ノートパソコンを立ち上げてやることといえば、当然SNSの確認だ。昨日の投稿に確かな反応がついていることを確認してから、私は『いつの日か青かったねと思い出す』でその日もエゴサーチを行う。
出てきたいくつかのポストにいいね! を押していると、時刻はあっという間に朝の八時を回った。私はホーム画面を確認する。エックスにもインスタグラムにも、事前に予約していた『一二月一二日から『いつの日か青かったねと思い出す』が、全国のSEIHOシネマズで拡大公開されます!』という投稿はしっかりとなされていた。
そして、次の瞬間には通知欄に青いマークが灯る。それはさっそく拡大公開を知らせる投稿に反応があった合図で、リポストやいいね! は最初の一件を皮切りに、瞬く間に増えていた。
その反応は私が想像していた以上のもので、確認したそばからまた浮かんでいく通知に、私の頬は緩んでしまう。リポストをしてくれたアカウントの確認も追いつかないほどだ。
さらに、その投稿には引用リポストもいくつかつけられていて、「近くでもやってくれる」「ようやく観れる」といった声に、私は今回の拡大公開の話を受けた意義を感じる。
上映しているミニシアターが近くになかったり、そもそも今回の拡大公開で初めて『いつの日か青かったねと思い出す』が上映される県もあるのだ。今回の話を受けて正解だったと、私には思える。
西宝の公式アカウントも上映が決まったことを投稿している。そこにも『いつの日か青かったねと思い出す』の公式アカウントにも劣らない数のリポストやいいね! があって、実際に拡大公開されても閑古鳥が鳴くような事態にはならないだろうと、私は思えていた。
さらに今回の拡大公開に伴う反応が知りたくて、私はエゴサーチをする。特にエックスには朝から数多くの反応があって、それは一つ一つに目を通していくと、優に一時間はかかっていた。
それでも、一通り見終えた私はそれからもいくつかの仕事をこなし、正午になる前にオフィスを出る。向かうのは新宿武蔵野館で、この日は公開三週目を迎えた記念として、國武さんと浦田さん、さらに佐伯さんが参加する舞台挨拶が行われることになっていた。
駅前の牛丼チェーンで昼食を済ませてから、新宿武蔵野館に辿り着く。それはもう映画の上映が始まった後で、内藤さんが言うには昼の回でも、二〇〇席ほどあるスクリーン1はほとんど満席となっているという。舞台挨拶の効果はあっても公開三週目に突入したにも関わらず、それだけの人気を『いつの日か青かったねと思い出す』が保っていることに、私は内心でガッツポーズをする。
舞台挨拶の準備を進めていると、國武さんたちも続々とやってくる。その表情は弾んでいて、緊張もそれほどしていないかのようだった。そして、三人とも二言目には「SEIHOシネマズでの拡大公開が決まって嬉しい」と言ってくる。その爛々とした表情に、私たちは正しい選択をしたのだと私には改めて感じられていた。
新宿武蔵野館で行われた舞台挨拶は、昼の回でも満員に近い観客が入ってくれたこともあって、私には確かな熱が感じられた。既に複数回観たという人も少なくなくて、それだけのリピーターを獲得できていることに、私としても誇らしい思いがする。
さらに、劇場内にはSEIHOシネマズでの拡大公開を祝うような雰囲気も生まれていて、それは夕方の回に行った池袋シネマ・ロサでの舞台挨拶でも同様だった。舞台挨拶が終わった後も、内藤さんや矢口さんは「『いつの日か青かったねと思い出す』なら、きっとシネコンに来るお客さんにも受け入れてもらえる」と言ってくれていて、國武さんたちだけでなく私も心強い思いに包まれる。
もちろんSEIHOシネマズで拡大公開される来週以降も、新宿武蔵野館や池袋シネマ・ロサ等での上映は続くが、ひとまずはここまで『いつの日か青かったねと思い出す』を上映してくれてありがとうという気持ちに、私たちは自然となれていた。
そして、一夜明けて土曜日。私と國武さんは、朝の八時に羽田空港の国内線ターミナルに集合していた。今日は札幌にあるミニシアター・サツゲキで舞台挨拶を行うからだ。
私は劇場営業のときも飛行機には乗らなかったので、初めて仕事で國武さんと一緒に飛行機に乗ると思うと、まるで子供のようにワクワクしてくる。國武さんも同じように期待に胸をふくらませていて、私たちは弾んだ気持ちのまま飛行機に乗ることができていた。
サツゲキでの舞台挨拶も順調に終わっていた。二百席ほどの観客席は満席とはいかなかったものの、それでも八割近くが埋まっていて、舞台挨拶を行うには程よい空気感が醸成されていた。
初めての場所ということもあって、國武さんも今までの舞台挨拶と同じようなことを話していても表情は明るく、「やって来られて嬉しい」という言葉には嘘は少しもなさそうだった。
観客からの質問コーナーでも、今までには訊かれなかったことも訊かれたりして、私にも新鮮な発見があった。舞台挨拶後に行ったサイン会も盛況で、ここ札幌の地にも『いつの日か青かったねと思い出す』は届いていることを、私は改めて実感できていた。
(続く)




