【第58話】未来の話
「あの、國武さん。本当に正直に言っていいですか?」
「はい、何でしょうか」
「私、今のepoch makingで働く前は、西宝にいたんです」
「えっ、そうなんですか!?」國武さんは驚いた声を出している。もっと早いタイミングで言うべきだったのかもしれないと少し後悔の念にも駆られつつ、私は続けた。
「はい。でも、振られる仕事は誰にでもできるような雑用ばかりで。私はこの会社に必要な人間なんだろうかって、ずっと疑問に思っていたんです。そんななかで、出水さんに声をかけられて。epoch makingに入ることを決めたんです」
「そうだったんですか。ということはつまり、自分に雑用しか与えなかった西宝と一緒に仕事をすることに、真鍋さんは抵抗を感じていらっしゃるんでしょうか?」
察しの良い國武さんに、私は恥ずかしさで思わずうなだれそうになってしまう。
「は、はい。お恥ずかしながら。でも、何言ってんだって感じですよね。こんな一個人のつまらない感情で、せっかくのチャンスに飛びつけないなんて。でも、これが今の私の正直な気持ちなんです。それに拡大公開する条件として、西宝は自社のロゴを映画前に入れることも提案してきていて。それを想像すると、私たちと國武さんたちの関係性に水を差されてしまいそうで、それも私は悩ましく感じられているんです」
「そうなんですか……。私はアルバイトの経験しかないですけど、真鍋さんの気持ちは少し分かるような気がします。自分を冷遇してきた人たちと一緒に仕事をするのは、反感がありますよね。今さらどんな顔してって感じですし」
「は、はい。すいません。こんなこと思ってしまって……」
「いえいえ、謝らなくてもいいですよ。真鍋さんがそう思うのも当然だと思います。それでも、ここはいったん考え方を変えてみるのはどうでしょうか?」
「どういうことですか……?」
「自分は、自分の力で西宝を見返すことができたと考えるんです。お前らは私に雑用しかさせてこなかったけど、機会が与えられれば、私はこれだけの仕事をすることができるんだぞって思うんです」
「いえ、でも西宝が声をかけてきたのは、國武さんたちが作った映画が素晴らしいからですし……」
「確かにそれはもちろんありますけど、でも『いつの日か青かったねと思い出す』を見つけて、配給にまで漕ぎつけたのは、他でもない真鍋さんたちじゃないですか。少しは自分たちの手柄でもあるって誇っていいと、私は思いますけど」
「本当にそう思っていいんですかね……? 人が作った映画で西宝にリベンジすることができたって、考えてもいいんですかね……?」
「はい、全然いいと思いますよ。ていうか、他でもない監督した私が言ってるんですから、それでいいじゃないですか」
そう言う國武さんは、声だけなら少しも嫌そうな感じは見せていなくて、私にもしかしたら一理あるのかもしれないと思わせる。もちろん最大の功労者は國武さんたちだが、それでも私たちだって『いつの日か青かったねと思い出す』の、関係者の末席くらいには位置しているだろう。
だけれど、私はやはりまだ首を縦には振れなかった。國武さんが認めてくれていてもなお、人の作った映画で……という後ろめたい思いは拭えない。返事も、あってもなくても同じような煮え切らないものになってしまう。
「真鍋さん、先ほど西宝が入ってくることで、私たちの関係に水が差されてしまうって言ってましたよね?」
「は、はい。そうですけど……」
「真鍋さん、私はそうは思わないですよ。私たちはここまで一緒にやってきたことで、既に強固な関係性を結べている。それは西宝が入ってきても、少しも損なわれることはないと私は思ってるんですけど、真鍋さんは違うんですか?」
他でもない國武さんにそう言われて、私の胸にもまたこみあげてくるものがある。私だって國武さんたちとは『いつの日か青かったねと思い出す』の配給を通して、かけがえのない関係性を構築できていると感じている。
それでも、私は「はい。私もそう思ってますけど……」と言い切ることができていなかった。ここまで言われてもなお、私の中の天秤は両方に揺れたままだった。
國武さんが「真鍋さん」と少し改まったような声で、再び私の名前を呼ぶ。私も「は、はい」と応じながら、もしかしたら煮え切らない態度に活を入れられるのではないかと、少しだけ恐れる。
「少し、未来の話をしていいですか?」
「それは、『いつの日か青かったねと思い出す』が全国のSEIHOシネマズで拡大公開された、未来の話ですか?」
「いえ、もっと未来の話です」
國武さんがしようとしている話が掴めなくて、私は思わず「どういうことですか?」と尋ねてしまう。でも、そんな私にも、國武さんはきっぱりとした声で応じていた。
「実は、今私次の映画の話を考えてるんです」
「えっ、そうなんですか? どんな話ですか?」
「それはまだ大まかにしか考えていないので、言えません。でも、どれだけ先になるか分からないんですけど、もし私が次の映画を作ることができたら、また真鍋さんたちepoch makingに配給をお願いしたいと思っているのですが、いいですか?」
「はい、もちろんです。私も國武さんが次にどんな映画を撮るのか、すごく楽しみにしています」
「ありがとうございます。でも、それも無事に映画を作ることができたら、という話ですけどね」
「それは、そうですね」
「はい。『いつの日か青かったねと思い出す』は自主制作映画で、一〇〇パーセント私や長谷川さんの財布から製作費を捻出したんですけど、でもその方法じゃそんなに多くの映画を作ることはできないと思うんです。映画作りには、たとえ小規模な映画でもそれなりの予算がかかりますから」
「はい。それは私も分かっているつもりです」
「ですよね。だから、次は私はちゃんとした制作プロダクションに企画を通して、予算をつけてもらって、映画を撮りたいと考えているんです」
言葉が重ねられるうちに、國武さんが言おうとしていることが、徐々に私にも見えてくるような気がする。映画は一個人のポケットマネーだけで作れるほど、甘くはないのだ。
「となると、まずは企画を通す必要が出てきますね」
「はい。もちろん映画の企画を通すには、その企画の面白さや重要性が一番大事になってくるのですが、それに加えて『私がどんな映画を作ってきたか』という実績も、大きなファクターになると思うんです。何の実績もない若造にお金を出してくれるほど、酔狂な人はそうそういませんから」
「そうですね。國武さんは『いつの日か青かったねと思い出す』を、実績としてアピールしたいと」
「はい。その『いつの日か青かったねと思い出す』が全国のSEIHOシネマズでも上映されて、何千万円という興行収入を挙げることができましたって言ったら、プロダクションの人たちもきっと興味を示してくれると思うんです。その実績があれば、次に作る映画も同じような興行成績を達成できるかもしれないと。さらには、資金を出してくれるスポンサーを集めるのにも、その実績をアピールできるかもしれません。だから、ここで『いつの日か青かったねと思い出す』が拡大公開されるかどうかは、これからの私の作家人生がかかってると言っても、過言ではないんです」
國武さんの言うことは、一〇〇パーセントその通りだった。私だって、國武さんにはまだまだ映画を撮ってほしいし、そのためには資金が必要だという話も十二分に理解できる。
「確かにそれはそうですね」
「でしょう? でも、実績が必要なのは私だけじゃないと思うんです。真鍋さんたちにだって、実績は必要なんじゃないですか?」
「確かにそれは否定できないです」
「そうですよね。だって、真鍋さんたちはepoch makingを、もっともっと大きくしていきたいんですよね?」
「はい。それは間違いないですけど……。でも、どうして國武さんがそれを知ってるんですか? 私、そんなこと言いましたっけ?」
「いえ、出水さんから聞いたんです。真鍋さんがちょうどいないときに」
國武さんは何の気なしに言っていたけれど、私はまたかすかに驚いてしまう。そりゃ私だって四六時中國武さんと一緒にいるわけではないけれど、まさか出水さんがそんなことを言っていたなんて。
でも、私たちが初めて全員で顔を合わせたその日に、明確なビジョンを語っていた出水さんのことだ。國武さんにそれを伝えていても何もおかしくないと、私は納得した。
「そうなんですか。でも、今の私たちからすると大きすぎる目標ですよね」
「いえ、そんなことないですよ。出水さんからそう聞いたときは、私もそれだけ大きな展望があるのは素敵だと思いましたし、純粋に応援したいと思いましたから。だから、真鍋さん。そのためにも、今回の拡大公開は必要じゃないですか?」
「確かにそうですね。たとえ西宝の力を借りたとしても、全国のSEIHOシネマズで自分たちが配給した映画を上映したとことは、確かな実績になりますから」
「そうですよ。そうなると、次に配給する映画もまた公開しやすくなるんじゃないですか? SEIHOシネマズでも上映された『いつの日か青かったねと思い出す』を配給した会社が届ける映画だということで、映画館側も興味を持ってくれるかもしれないですし。それに、SEIHOシネマズで上映した実績があれば、次に配給する映画ももしかしたら、同じようにSEIHOシネマズで公開できるかもしれないじゃないですか。そうなればより多くの興行収入を挙げられますよね。そうしたら週末の興収ランキングで一位を獲ることだって、不可能じゃないかもしれない」
「そうですね。國武さんのおっしゃる通りだと思います」私は同意を示す。國武さんが言ったことは、私も出水さんから話を伝えられた昨日に考えていた。
それでも、私は自分の感情を優先させてしまっていたのだが、今になって國武さんに筋道立てて諭されると、自分はなんてつまらない思いに囚われていたのだと、少し恥ずかしくなってくるくらいだ。
「はい。もちろん実際に決めるのは真鍋さんたちですし、私はこうしてお願いすることしかできないんですけど、それでも私は、今回の西宝の話に応じてほしいと思ってます。それがたとえ、映画前に西宝のロゴを出すことになっても。epoch makingのロゴは、引き続き出るんですよね? それはわたしにとっても非常に誇らしいことで、それは西宝が加わっても少しも変わりません。もちろん真鍋さんたちの考えもありますし、強制することはできないんですけど、それでも」
その言葉からは國武さんの想いが改めてひしひしと伝わってきて、私はそれを無下にしたくないと再び思う。
そのために私はどうしたらいいのか。答えは既に出ているような気がした。
「はい。ぜひ、前向きに検討させていただきます」
「ありがとうございます。では、真鍋さん。改めてこれからもよろしくお願いしますね」
「はい、よろしくお願いします」
私は誠心誠意を込めてそう口にする。ここまで言ってくれている國武さんの想いは裏切れないと。
私がそう言うと用件は済んだのか、國武さんは「では、失礼します」と言う。そして、私がもう一度相槌を打つと、國武さんは電話を切った。
再びスマートフォンを見ると、電話の時間は一〇分以上にも及んでいた。でも、私にはその時間の分だけ、國武さんと濃密な会話を交わせた実感がある。私がどうすればいいのか、はっきりとした指針が示されたようで、改めて國武さんには感謝の思いしかない。
これは今だけ、『いつの日か青かったねと思い出す』に限った話ではない。ここでどんな決断を下すかで、私たちの未来は大きく変わっていくのだ。
どうせなら、良い方向に向かっていきたい。そんな思いで、私は再びスマートフォンに触れる。電話をかけると、その人物は数回の呼び出し音を経たのちに電話に出てくれた。忙しい中電話に出てくれたことに感謝しながら、私は通話を始めた。
「もしもし、出水さんですか?」
(続く)




