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【第54話】公開二週目


 窓の外の景色は、田園地帯から市街地に移り変わっていく。もうすぐ次の駅に到着する新幹線の中で、私はスマートフォンでサブスクリプションサービスの映画を見ていた。


 隣の席では國武さんが、目一杯倒したリクライニングシートによりかかって、寝息を立てている。私はそんな國武さんをそっとしておいた。きっと疲れているのだろう。


 今日は公開二週目の日曜日。そして、今は福岡のKBCシネマでの舞台挨拶を終えて、東京に帰っている最中だった。


 KBCシネマでの舞台挨拶は、百席ほどが満員御礼となっていた。舞台挨拶を重ねてきて國武さんも大分慣れてきたのか、澱みなく話せるようになっていたし、観客からの質問コーナーでも芯を食った質問はいくつもあって、過不足なく答えていた國武さんの姿を見るに、充実した舞台挨拶になったと私には感じられる。


 そして、それは一昨日の横浜のシネマジャック&ベティでも、昨日の名古屋の伏見ミリオン座でも同様だった。


 シネマジャック&ベティでは、プロデューサーである長谷川さんと共に登壇していて、公開されてからの評判といった新しい話もなされていたし、伏見ミリオン座では國武さん一人だったけれど、進行を務めた支配人が心から『いつの日か青かったねと思い出す』を気に入ってくれたようで、熱のこもった舞台挨拶となっていた。


 さらに、どちらの回も今日と同じように満員御礼で、私は『いつの日か青かったねと思い出す』が着実に人気を得ていることを感じていた。SNSでの好評やフィルマークスといったレビューサイトでの高評価、さらにはノッキーさんの動画の影響など、その要因はいくつか挙げられる。


 私たちも映画を広められるよう努力しているが、それでもどんなに頑張っても届かないような人にまで、『いつの日か青かったねと思い出す』は届き始めている。満席の観客席に、私はそういった実感を得られていた。


 新幹線が名古屋駅を過ぎた頃には、窓の外はすっかり暗くなって、建物の明かりが目立つようになっていた。私も二時間ほどあった映画を見終える。國武さんはまだ眠っていて、それだけ安堵感に浸っているのだろう。


 そんな國武さんを横目に、私は今度はエックスを開いた。するのはもちろん『いつの日か青かったねと思い出す』のエゴサーチだ。


 検索窓にタイトルや「#映画いつ青」と打ちこんで検索すると、鑑賞したというポストは、それこそ何十件という単位で出てきた。私が映画を見ていた二時間ほどで、新たにそれだけの投稿があったという事実は、私の頬を大いに緩める。


『いつの日か青かったねと思い出す』に言及した投稿は、公開初週だった先週に比べても目に見えて増えている。そして、私はそれらの投稿全てに目を通した。


 そこには「ピンとこなかった」「はまらなかった」という投稿も含まれていたものの、それでも八割、いや九割ほどの投稿が『いつの日か青かったねと思い出す』を、高く評価してくれていた。


「良かった」「面白かった」というシンプルな感想ですら、私は涙ぐむようだったし、一四〇字を超えるボリュームで好意的な感想を述べてくれているアカウントも見られて、私は思わず拝み倒したくなる。公開初週に観てくれた人たちやフィルマークス等での高評価も、少しも間違いではなかったのだ。


 感謝の気持ちを込めてリポストやいいね! をする度に、心が満たされていく。


 そのタイミングで眠っていた國武さんも目を覚ましていたから、私は國武さんに『いつの日か青かったねと思い出す』が今日も好評を得ていることを、伝えずにはいられなかった。いくつかの投稿を見せると、國武さんのテンションも起きぬけに上がる。


 他の乗客の迷惑にならない程度に喜びの言葉を交わしていると、私が感じていた疲れも、どこかに吹き飛んでいくかのようだった。


 新幹線が東京駅に到着したのは、夜の九時を回った頃だった。新幹線から在来線への乗り換え口で國武さんと別れた私は、JRと地下鉄を乗り継いで自分の家に向かう。最寄り駅から家に帰るまでの途中にあるラーメン屋で夕食を済ませて、家に帰った頃には時刻はもう夜の一〇時を過ぎていた。


 メイクを落としシャワーを浴びてから、私はノートパソコンに向かう。エゴサーチをすると『いつの日か青かったねと思い出す』に関連する投稿はさらに増えていて、それだけで私は心身ともに癒やされていくようだった。


 例によって好評を述べてくれている投稿に、リポストやいいね! をつける。そうしているうちに、時刻は夜の一一時を回った。新幹線の中でもほとんど寝ていなかったこともあって、私は次第に眠気を覚えていく。


 そんなときだった。ノートパソコンの右下に、通知が浮き出たのは。


 それは社内の共有SNSに新たな投稿があった知らせで、その内容は私にも見なくても分かるようだ。


 実際に通知をクリックして開いてみると、それは出水さんからの「今日と、この三日間の興行成績が発表された」という連絡で、私の想像とも少しも違っていない。


 私はドキドキする思いを感じながら、まずは今日一日の興行成績が書かれたファイルを開いた。例によって『いつの日か青かったねと思い出す』の項目には、ピンク色のマーカーが引かれている。


 その数字は先週、公開初週の日曜日と比較しても、着実に増えていた。観客動員数も着席率も興行収入も、明確に伸びている。


 多くの映画は、また新しい映画が公開されることもあって、二週目になると興行成績を落としてしまう。だけれど、『いつの日か青かったねと思い出す』はかえって増加していて、それは私たちの宣伝業務のおかげもあるけれど、観た人からの口コミでじわじわと存在が広がってきていることも大きいように、私には感じられた。


 そして、今日の興行成績を確認した私は、続いてこの金土日の三日間の興行成績が記載されたファイルを開く。すると、『いつの日か青かったねと思い出す』の名前は先週よりも一ページ前の、二ページ目に記載されていた。


 観客動員数は六八九一人。着席率は七三パーセント。そして、興行収入は八八二万五千二百万円。それが『いつの日か青かったねと思い出す』が、公開二週目の金土日で挙げた興行成績だった。


 その数字を目の当たりにして、私は今度は掛け値なしのガッツポーズができる。それは上映館数が二週目である今週から四館増えて、全国一五館になったことを上回る伸び率だった。


 観客動員数も興行収入もそうだけれど、七三パーセントという高い着席率が、私には一番嬉しく感じられる。それは全国的に満遍なく観客が入っている証だったけれど、その中でも新宿武蔵野館が牽引しているのは間違いない。


 新宿武蔵野館は二〇〇人ほど入る最大スクリーンがこの土日、一日二回の上映が全て満席に近い状態まで埋まっていた。それだけ人が入っているということ自体が、映画をよく観る人の中で話題となりつつあるのだろう。人が人を呼ぶ好循環に、『いつの日か青かったねと思い出す』は乗り始めていた。


 またさらに来週からは、公開が始まってから連絡をしてきて、急遽上映を決めてくれた映画館も含めて、『いつの日か青かったねと思い出す』の上映館数は全国二七館に増える。これは間違いなく、映画が全国的な広がりを見せている証左だろう。


 検討中の映画館もまだまだあることを考えると、映画はさらなる広がりを見せていきそうで、私の心は躍り出すようだった。


 さらに、八八二万五千二百万円という興行収入が、私の喜びに拍車をかける。今日の分を合わせて、『いつの日か青かったねと思い出す』の興行収入は、合計で一五〇〇万円を突破した。配給収入も六〇〇万円に上っていて、映画の買い付けにかかった費用は、もう十分ペイできている。


 それでも、私たちの人件費や宣伝業務等で発生した諸費用を含めると、まだまだ赤字なのが現状だ。だから、もっと『いつの日か青かったねと思い出す』には興行収入を挙げてほしかったし、着実に観客が増えてきている現状なら、それも不可能ではないと私には感じられる。


 興収ランキングも先週の二七位から順位を上げて、一九位に位置している。それは私にも十分喜ばしいことだったが、私たちが目指しているのはあくまでもっと上の順位だ。


 幸い興行収入が伸びている現実が大きな励みとなって、私はまた明日からの仕事も精力的に取り組めそうだ。


 加えて、数字が語っていることは他にもある。それは観てくれた観客の年齢層だ。もちろん観客の男女比や年代別の数字など詳しいデータが出るのは、また明日を待たなければならないが、それでも私にはいくつかの数字を見ただけで、一〇代をはじめとした若年層の比率が増加していることが察せられる。


 根拠となるのは、客単価だ。『いつの日か青かったねと思い出す』の客単価は先週よりも落ちてしまっているが、それはきっと一〇代を中心とした若年層が、学生割引を使って観てくれた結果だろう。シニア割引を利用したシニア層の増加も考えられるが、映画の内容から私には、学生割引の方が可能性としては高いように思える。


 映画の公式Youtubeに映画の魅力を伝えたり、興味を持ってもらえるように、いくつもの動画を投稿した成果も出始めているのだろう。


 加えて私にはやはり、ノッキーさんのチャンネルで映画が取り上げられた効果も大きいと感じられる。ノッキーさんは、一〇代二〇代といった若年層にも多くのファンを持っている。そんなノッキーさんが言った「おすすめです」と言葉に背中を押されて観に行った人もきっと多くいることだろう。やはり人気Youtuberの持つ影響力は無視できないのだ。


 いわゆる「案件」ではなかったことも功を奏して、『いつの日か青かったねと思い出す』の客足は、より伸びていた。



(続く)

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