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【第53話】レビュー動画


『いつの日か青かったねと思い出す』が観た人たちから高く評価されていることを改めて知ると、私は翌日になるとまた元気にオフィスに出勤できていた。平日だった昨日も、『いつの日か青かったねと思い出す』は四〇パーセント近い着席率をキープできていたことも、私に仕事に向かうエネルギーを与えてくれる。


 出水さんによれば、その局所的な盛り上がりと高い評判を知ったのか、『いつの日か青かったねと思い出す』を上映したいと、いくつもの映画館から問い合わせが来ているらしい。


 既に今週末から公開する映画館もあることもあって、『いつの日か青かったねと思い出す』が着実に広まってきている実感を、私たちは得ることができていた。


 平日の間も『いつの日か青かったねと思い出す』は勢いを失うどころか、日を追うごとに観客動員数や着席率は少しずつ増えていき、じわじわとその評判は広まっていた。


 だから、私も毎日朝から夜まで働きづめだったけれど、それもあまり苦にはならない。出水さんたちも同様だったのか、オフィスには明るく清涼な雰囲気が漂っていて、毎日十時間以上も働いているとは思えないほどだ。


 そうしていると、日付は木曜日を迎えた。明日からは、いよいよ公開第二週に突入する。


 そうなると、新しく公開される映画に押されて既存の映画は上映回数を減らされたり、小さいスクリーンに追いやられるのが常だが、『いつの日か青かったねと思い出す』は着席率が良かったからか、あまり上映回数を減らされないで済んでいた。新宿武蔵野館も最大スクリーンで一日二回の上映を維持してくれているし、明日から新たに公開する映画館も合わせて、座席数の総計はむしろ増えている。


 より多くの人に観てもらえるチャンスがあることに、私たちには期待感しかなかった。


 私たちが前向きに働いていると時間はあっという間に流れ、気づいたときには外は暗くなっていた。


 私も出水さんたちと協力して、『いつの日か青かったねと思い出す』の上映に興味を示してくれている映画館と連絡を取りながら、SNSで数回目のエゴサーチをする。そろそろ夕方の回を観終えた人が感想を投稿していたり、夜の回を観る人が「これから観る」と、投稿してくれている頃だろう。


 いつも通りタイトルで検索をかける。するとその投稿は、話題欄の最初に出てきた。


「【映画レビュー#487】いつの日か青かったねと思い出す」


 十数分前に投稿されていたそのポストは、とある動画の宣伝ポストだった。それを見て、私はすぐにピンと来る。


「ノッキーの映画感想チャンネル」といえば、映画感想Youtuberの中でも特に有名な存在だ。五年ほど前から投稿を始めていて、今は毎週月・木・土の週三回、映画の感想を投稿している。


 穏やかながらも映画への愛に溢れる語り口が特徴で、再生回数はどの動画でも数日間で五万回再生を数える、人気チャンネルだ。その人気ぶりは紹介されるだけで、もはやある種の箔がつくほどで、その知名度を見込んで最近は映画の試写会に招待されることも多いと聞く。


 というか、私も以前からこのチャンネルは個人的にチェックしていて、実を言うと三回目の試写会のときに、「来てくれませんか」と招待していた。そのときは予定が合わないからと断られてしまったのだが、それでももしかしたら『いつの日か青かったねと思い出す』の名前を、どこかで気に留めていてくれていたのかもしれない。


 毎週木曜日は翌日に公開される映画や、サブスクリプションサービスで配信されている映画の感想を投稿することも多いそのチャンネルにおいて、『いつの日か青かったねと思い出す』が取り上げられるのは、それだけで誇らしいことだ。


 私は内容を見る前に、まず出水さんにそのチャンネルで『いつの日か青かったねと思い出す』が紹介されていることを伝えにいく。出水さんもそのチャンネルの存在は知っていたから、大いに喜んでくれる。


 一緒にオフィスにいた四谷さんも含めて、私たちはそのレビュー動画を三人で見始める。私はパソコンの音量を上げてから、動画の再生ボタンをクリックした。


 動画は何度も聴いている、私にとってお馴染みのジングルから始まった。


 そして、いくつもの映画のDVDが並ぶ壁をバックにして、投稿者であるノッキーというユーザーネームの男性が登場する。年齢は公表されていないものの、短く切り揃えられた髪が三〇代前半のような雰囲気を発している。


「見に来てくれてありがとうございます。ノッキーの映画感想チャンネルです」と、これまた定番の挨拶を手短に済ませると、さっそく「今回取り上げる映画はこちら」という声とともに『いつの日か青かったねと思い出す』のポスタービジュアルが画面に表示された。


 幾度となく目を通してきたポスターでも、動画の中で見ると私には新鮮だったし、隣で見ている出水さんや四谷さんも「おっ」と言う風に、身体をわずかに前に乗り出している。


 ノッキーさんは『いつの日か青かったねと思い出す』を観た理由を、「フィルマークスでも4.2と高い評価を受けていて、評判が良かったから」と語っている。それを聞くと、『いつの日か青かったねと思い出す』を観てくれただけでなく、好評を投稿してくれた全ての人への感謝の思いで、私の胸は占められた。


 私たちがやってきたことに間違いはなかったと、まだノッキーさんの感想を聞いていないのに思えた。


 動画の中のノッキーさんは、まず簡単に映画のあらすじを説明する。


 それを見ながら、私の心臓はけたたましく鳴っていた。ノッキーさんが『いつの日か青かったねと思い出す』にどんな評価を下すのかと思うと、気が気でないような、聞きたいのに聞きたくないような気がしてくる。


 そして、ノッキーさんは「そんな『いつの日か青かったねと思い出す』なんですが……」と少し溜めた後に、「すごく良かったです」と続けていた。紛れもない肯定的な評価に、私は突き上げるかのような喜びを感じる。思わず出水さんや四谷さんの顔も見てしまう。


 出水さんは安堵、四谷さんは驚いているかのようで、でも二人とも表情からは清々しさが漂っていた。それを見ると、私の喜びもより増幅されていく。もうその一言だけで、他には何もいらないと思えるかのようだ。


 それでも、私たちが喜んでいる間も動画の中のノッキーさんは当然お構いなしに、『いつの日か青かったねと思い出す』を良かったと感じた理由を喋っていた。


 それはあのシーンの演出が良かった、このシーンの俳優の表情が良かったという個別的な話から、切実なトーンから青春の光と影が痛いほど感じられたという全体的な話まで多岐にわたっていて、とてもたった一回映画を観た人の感想だとは思えないくらいだった。喋り方も明快で、内容も綺麗に整理されていて分かりやすく、さすがは映画感想Youtuberの中でも一二を争うだけの人気があると感じられる。


「青春映画としては、あの『桐島、部活やめるってよ』に並ぶ傑作だと思います」とまで言われたときには、私は嬉しさで卒倒するかと思ったほどだ。ノッキーさんは言葉を尽くして、『いつの日か青かったねと思い出す』に高い評価をしてくれていて、私もさらに視界が開けるかのようだ。


 ただでさえ影響力があるノッキーさんがここまで高評価をしているとなると、『いつの日か青かったねと思い出す』を意識してくれた人は、今日でまたぐっと増えてくれていることだろう。明日からの上映にもより期待が持てる。


 それはノッキーさんの力によるところもあっても、そもそも公開しなければノッキーさんだって観ていなかったはずで、だからこそ私はこれは自分たちの手柄でもあると捉えることができていた。


「『いつの日か青かったねと思い出す』、皆さんもよかったらぜひ観てみてください。おすすめです」その言葉を機に動画は終わり、これまた毎回の「チャンネル登録お願いします」と宣伝する時間になる。その間も、私はしたたかな余韻に浸りながら画面を眺めていられる。


 そして動画が終わって、私に真っ先に声をかけてきたのは出水さんだった。


「理歩ちゃん、やったじゃん! 『いつの日か青かったねと思い出す』、すごい褒められてたね!」


 その声は出水さんにしては珍しく浮かれていて、それだけ嬉しかったことが伝わってくる。だから、私も弾んだ返事をすることに、ためらいはいらなかった。


「はい! 人気映画感想Youtuberのノッキーさんに取り上げられただけでも嬉しいのに、こんな『おすすめです』なんて言ってもらえて! ノッキーさんだって毎回そう言うわけじゃないので、すごい価値があることに思えます!」


「そうですよね。動画の内容はべた褒めと言っていいものでしたし、『青春映画としてあの『桐島』に並ぶ』とまで言ってもらえて、僕も鼻が高いです。宣伝業務からですけど、この映画に携われてよかったと改めて感じました」


 四谷さんは動画が始まった頃には驚いている様子だったけれど、その言葉からは今はしみじみと喜びを感じていることが、私にも分かった。静かにそれでも確かにテンションが上がっているようで、私もさらに高揚感を抱ける。


「はい、私もです。『いつの日か青かったねと思い出す』を買い付けて公開できて、本当によかったです」と返事をすると、四谷さんはより顔を綻ばせていて、私まで釣られて笑顔になる。


「ほら、動画の再生回数ももう二千回を超えてるし、この動画を見て『いつの日か青かったねと思い出す』に興味を持ってくれる人も多そうだよね。これは二週目だけど、週末の興行成績にも期待できるんじゃない?」


「ええ、きっと良い数字を残してくれますよ。だって、このノッキーさんをはじめSNSにも、好評を書いてくれている人は多くいますから」


「そうですね。私も明日以降に向けてより期待が持てるようになってきました。初週を上回る数字を挙げることだって、夢ではないと思えます」


 感じている高揚感のまま、私たちは前向きな展望を口にし合う。ノッキーさんからも好評を得たことで、私たちは万能感にも似た思いさえ感じ始めていた。


 きっと明日になれば、より多くのお客さんが『いつの日か青かったねと思い出す』を観に来るに違いない。根拠もないその思いを私たちは共有できていた。


 二人は弾んだ気分のまま自席に戻っていって、私も自分の仕事に戻る。ノッキーさんの動画を投稿したというポストを、感謝の言葉も添えて引用リポストする。


 元のポストには既に一〇数件のリポストと百件に近い「いいね!」がつけられていて、再生回数も相まって多くの人がノッキーさんの動画を見ていることが、私にも実感できた。



(続く)

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