【第52話】初日満足度
夜の一時頃までエゴサーチをしてから眠った私は、翌日一一時頃に目を覚ましていた。ここ最近働きづめだったからか、たっぷり眠ってしまったけれど、それでも私は焦ることはない。
今日は、私は休みだ。『いつの日か青かったねと思い出す』が公開されてからも、出水さんは私たちに週に一度は休日を与えてくれていて、今日は私がその日になっていたのだ。
もちろん、SNSの運用を任されているからには、完全に仕事のことを忘れて遊び呆けるわけにはいかない。ベッドから出ると、疲れて昨日浴びられなかったシャワーを浴びるよりも先に、私はノートパソコンに向かっていた。
エックスを立ち上げると、朝に設定していた「公開四日目を迎えました!」という予約投稿はきちんと投稿されていて、既に一〇件を超えるリポストと数十件の「いいね!」がついている。
『いつの日か青かったねと思い出す』がまだ一定の注目度を保っていることに安堵しながら、私はエゴサーチをする。すると、平日にも関わらず「これから『いつの日か青かったねと思い出す』を観る」という投稿はいくつもでてきて、私は「楽しんでくれたら嬉しい」という思いで、それら全てに「いいね!」を押した。
エゴサーチを終えて、シャワーを浴びて、昼食にカップラーメンを食べる。すると、私は再び眠くなってしまって、またベッドに入っていた。
連日忙しく働いていたことによる疲労は、思っていたよりも深い。きっと今日一日をひたすら休むことに充てても、誰にも文句は言われないだろう。
私は、再び目を閉じた。ゆっくりと眠りに落ちていく感覚が心地よかった。
昼寝から目を覚ましたとき、スマートフォンの時計は午後三時を指していた。さすがにもう私は眠くなく、ベッドから起き上がる。
再び『いつの日か青かったねと思い出す』のエゴサーチをしながら、私は今日これからどうしようか考える。夕食までにはまだ時間があったし、サブスクリプションサービスで映画やドラマを観る気にもそこまでなれない。
すると、こんなときにはひとまず外に出て気分転換をするのがいいのではという結論に至り、私はいくつかの映画館の上映スケジュールを確認した。
映画に携わる仕事に就いていながら、私はまだ映画を観ることが全然苦にはなっていなかった。
今から観られるちょうどいい時間帯の映画を見つけ、私は準備をして家を出る。私にとって一番近い映画館は、最寄り駅から三駅ほど先にある渋谷にある。
地下鉄を降りて地上に出ると、渋谷の街は平日のこの時間帯でも当然のように混んでいた。東京の代名詞とも言えるようなスクランブル交差点を渡って、少し坂を上る。
私がやってきたのは、渋谷のSEIHOシネマズだった。津島さんたちが宣伝を担当している『世界が変わる朝に』がどんな映画なのかは、私にも気になっていたからだ。上映時間も、午後の四時一五分からとちょうどいい。たとえ、それがわずかでも敵に塩を送ることになっても、出水さんたちもきっと理解してくれるだろう。
チケットを予約せずに、ふらりとやってきた私は、一階にある券売機に向かう。『世界が変わる朝に』の、四時一五分からの回を買い求める。
すると、座席を選択する段階になって、どれくらいの観客が入っているのかは、私にも概ねだが把握することができた。三〇〇席ほどのスクリーンに、五〇人ほどの観客が入っている。その様子に、私は月曜の午後だからこんなものだろうと思う。
ちょうど他の観客と隣り合うことのない席を選ぶことができた私は、エレベーターに乗ってスクリーンのある五階に向かった。時刻は四時を回って、もう間もなく入場開始時間になるところだった。
エレベーターを降りてロビーに出ると、そこには数十人もの観客が入場開始時間を待っていた。その人数は券売機で確認した五〇人よりもやや少なく見えたが、チケットを予約しておいて上映開始直前にやってくる観客もいるだろう。
椅子は全て埋まっていたので、私は壁際に立って入場開始時間を待った。ポップコーンやドリンクは、私はあまり買わないタイプの人間だった。
上映開始一〇分前になると、スクリーンは開場し、入場口にできた観客の列に私も並んだ。あらかじめチケットに記載されているQRコードを機械に読み取らせて入場する方式だからか、待機列はどんどんと進んでいく。
私もチケットをかざし、スタッフから入場者特典であるポストカードを受け取ってから、スクリーンの中に入った。三〇〇席のスクリーンはこれまでミニシアターを周ってきた後では、より広く見える。
私が通路寄りの席に腰を下ろしてからも観客は立て続けに入ってきて、上映時間を迎える頃には、ざっと見てみただけでも五〇人を優に超えていた。一般客としてこれだけの人と一緒に映画を観るのも久しぶりだから、私は息を吞むような心地さえ味わう。
スマートフォンの電源を切る。映画本編の上映に先立って、スクリーンにはいくつかのCMが流れる。さほど評判が良いわけではないこの時間も、私にはなんだか少し懐かしく思えていた。
一〇本近く流れる予告編にはさすがに飽き飽きしたけれど、それでもどうにかやり過ごすと、最後にマナーCMを流して上映前の時間はようやく終わりを告げた。すると、多くの観客が座り直したり姿勢を正したりしたかのような改まった雰囲気が、劇場内には流れる。
そして、お馴染みの西宝のロゴを見ると、私の背筋も気持ち伸びる。今自分が西宝の人間ではないことを改めて思い知って、どこか新鮮な感覚もある。少し申し訳なさも感じたが、それでも私の中ではこれから始まる『世界が変わる朝に』への期待が上回っていた。
エンドロールが終わり、劇場内に再び明かりがつく。すると、客席全体が息を吐いたかのような雰囲気が、スクリーンには広がった。
私も二つ三つ息をしてから、客席を立ってスクリーンを後にする。すると、窓の外はもうすっかり暗くなっていて、しっかりと二時間という時間が流れていたことを、私たちに知らしめていた。
ちょうど空いていた椅子に座り、私はしばし今観た『世界が変わる朝に』の印象を反芻する。
『世界が変わる朝に』は、ひょんなことからパラレルワールドを行き来できる能力を得た男子高校生が、片思いをしている同級生と結ばれようとするラブストーリーだった。主演の俳優はこれが映画初主演だとは思えないくらい良かったし、相手役を務めた若手俳優も瑞々しい雰囲気を放っていた。
ストーリーも最初は少しコメディチックに始まりながらも、中盤に一気に雰囲気が変わり、前半に散りばめられた要素をうまく回収したクライマックスは、私にとっても感動的だったし、実際終盤では後ろの方の席から鼻をすする音が聞こえてきたほどだ。
原作となった漫画を私は読んだことはないが、それでも成功した映画化だと言えるのではないか。そんな確かな満足感がある。
『いつの日か青かったねと思い出す』のライバルとしてはこれ以上ないほどの強敵だったけれど、それでも観終わった直後は、純粋に面白かったという感想が私の胸を占めていた。
エックスの自分のアカウントに『世界が変わる朝に』の簡単な感想を書いて投稿してから、私は映画館を後にする。
このまま夕食にしてもよかったが、それでも時刻はまだ六時半くらいだから少し早い気がして、私は近くの喫茶チェーンに入った。ブレンドコーヒーを注文し、ほっと一息つく。
そして、私は再びエックスを開いて、今度は『いつの日か青かったねと思い出す』の公式アカウントに切り替えた。私が『世界が変わる朝に』を観ていた間も、『いつの日か青かったねと思い出す』を観てくれた人はいて、その感想をチェックしたいと思ったためだ。
いつものように『いつの日か青かったねと思い出す』でエゴサーチをする。すると、話題欄に最初に出てきた投稿に私の目は留まった。
それは大手映画レビューサイトである、フィルマークスの公式アカウントがした投稿だった。
「11月第2週公開映画、初日満足度ランキング1位は……『いつの日か青かったねと思い出す』! ☆4.31」
六時になされていたその投稿に、私は思わず声を出しそうになるほど驚いてしまう。
もちろんフィルマークスの評価は私だってチェックしていたし、『いつの日か青かったねと思い出す』がそこでも上々の評価を受けていたことは、ちゃんと把握している。
でも、まさか一位を獲得するほどだったなんて。
しかもこれは誰か一人や二人の評価ではない。フィルマークスの満足度ランキングは、三〇件以上のレビューを受けた映画しか対象にならない。だから、少なくとも三〇人以上の人が『いつの日か青かったねと思い出す』を高く評価してくれたことに、私の胸は躍っていく。
4.31は言わずもがな、かなりの高評価だ。満点の☆5を入れてくれた人も多くないと、とてもそういった評価にはならない。
こうして目に見える評価がなされたことに、私が感じる喜びも膨らんでいく。初日満足度ランキングの第二位が『世界が変わる朝に』で、評価が3.89であることも、私の喜びに拍車をかけていく。
『世界が変わる朝に』の評価も高いけれど、それでも『いつの日か青かったねと思い出す』はそれを大幅に上回る評価を獲得できている。興行収入や観客動員の面では及ぶべくもないが、それでも着席率やフィルマークスの評価では確実に勝っている。それは私にとっても、大いに誇らしく感じられることだった。
同じように嬉しく感じているのだろう。國武さんや浦田さんは既にその投稿を引用リポストしていて、喜びの声を載せている。
私も同じようにリポストと「いいね!」をしてから、投稿に含まれていたリンクをタップして、『いつの日か青かったねと思い出す』のレビューページを表示させた。
平均評価はレビュー数が増えているにも関わらず、4.29という高い数字を維持していて、それはちょっとやそっとのことでは、もう揺らがないようにも思える。
忙しくて見られていなかった分、私は一件一件のレビューに目を通す。そこには簡潔な文章で『いつの日か青かったねと思い出す』を評価してくれる人もいれば、何十行にもわたる文章量で良い映画だったと書き連ねている人もいて、そのほとんどの人が☆4や☆5といった高い評価をしてくれていることに、私は心の中で小躍りをしてしまう。
「傑作」「今年ナンバーワン」「おすすめ」「もう一度観たい」そんな言葉たちが、目から入って私の全身に染み込んでいくようだ。
明日からも、また慌ただしい日々が待っている。そんななかでも、私は今まで以上に前向きに仕事を頑張ることができそうだった。
(続く)




