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【第51話】興収ランキング


 出町柳駅で國武さんと別れ、私は京阪電車とJRを乗り継いで京都駅に向かう。


 その間も私はエックスやインスタグラムに、出町座での舞台挨拶の様子を投稿していた。観客と一緒に撮った写真を舞台挨拶の模様と一緒に投稿すると、すぐにどちらの投稿にもいいね! がつく。


「今日はありがとうございました」と舞台挨拶の回に参加してくれたと思しきアカウントからリプライも貰って、私の頬は緩んでいく。この人にとって、そしてシネ・ヌーヴォでの回も含めて今日参加してくれた全ての人にとって、今日の舞台挨拶付きの上映が良い思い出となったのなら何よりだと感じた。


 私が京都駅に到着した頃には、東京行きの新幹線はあと数本しか残っていなかった。駅弁を買ってから、指定席に乗り込む。隣に座っている人はいたけれど、それも日曜日だからしょうがない。


 京都駅を出発したのと同時に、私は駅弁を食べ始めた。幕の内弁当はあっさりとした味付けで、品数が多いのが嬉しい。


 そして、食べ終わると私はにわかに眠くなってくる。思えば、今日は朝から仕事をし続けていた。舞台挨拶も無事に終わって、安堵していたことも大きかったのだろう。


 私は後ろの席の人に断ってから、椅子を倒して目を瞑った。今はスマートフォンを見たい気分でもなかった。


 そのまま私は、すぐに眠りについてしまったらしい。一度も目を覚まさないまま、新幹線は気づいたら東京駅に到着していて、自分の疲れ具合に私は軽く苦笑する。


 それでも、まだまだ寝足りなかったようで自分の家に帰る間も、私は電車の中でウトウトしてしまっていた。エゴサーチもせずに電車を乗り継ぎ、最寄り駅に到着する。


 そして家に帰ると、私の身体にはどっと疲労が押し寄せてきた。一日で大阪と京都に行って帰ってきただけとは思えないほどだ。


 正直すぐにでもベッドに横になりたかったが、それでもまだ私の今日の仕事は終わっていない。私にはエゴサーチをして、『いつの日か青かったねと思い出す』の感想を調べるという、大事な仕事があるのだ。


 私は部屋着に着替えると、パソコンを立ち上げる。「よしっ」と気合いを入れ直して、まずはエックスでエゴサーチを始めようとしたそのときだった。出水さんが私たちの共有SNSに、連絡を送ってきたのだ。


「みんな、お疲れ様。公開初週の三日間をよく乗りきってくれたね」とひとしきり私たちを労ってから、本題に入っている。それは、私に後で確認することをさせなかった。今日及び今週末の興行成績が出たのだ。


 そのメッセージには二つのPDFファイルが添付されていて、私はまず「11/16興行成績」と書かれたファイルを開く。


 すると、『いつの日か青かったねと思い出す』の興行成績は、やはりピンク色のマーカーで強調されていた。


 観客動員数は一五三一人。着席率は五四パーセント。そして、興行収入は一三〇万二六百円。それが『いつの日か青かったねと思い出す』が、今日一日で挙げた興行成績だった。


 やはり日曜になって、金曜日の公開初日よりも数字は伸びている。シネ・ヌーヴォや出町座での上映が満員となったことも、着席率の上昇に貢献しているのだろう。


 昨日や今日の日中にエゴサーチをした限りでは、感想も公開初日に引き続き好評が多かった。私は確かな手ごたえを感じる。決して多くはないかもしれないが、それでも着実に『いつの日か青かったねと思い出す』が受け入れられていることに、嬉しさしかなかった。


 そして、私は続いて「11/14~16興行成績」と書かれたファイルを開く。『いつの日か青かったねと思い出す』の名前は、三ページ目にあった。


 観客動員数は四〇七七人。着席率は五一パーセント。そして、興行収入は三五三万九八百円。それが『いつの日か青かったねと思い出す』の、公開初週の三日間で挙げた興行成績だった。


 もちろん、その数字を素直に喜びたい気持ちは、私にだってある。『いつの日か青かったねと思い出す』は、ミニシアターを中心に全国一一館でしか公開されていないし、この三日間で一館あたり三七〇人ほどの観客が入ってくれた計算になる。五三パーセントという着席率も、かなり高い方だと言えるだろう。また来週からは上映館も数館増えるし、この調子なら買い付けや宣伝にかかった費用の回収も十分に見込める。


 それでも、表の一番左に書かれた数字を見ると、私は諸手を挙げては喜べない。「27」という数字は間違いなく『いつの日か青かったねと思い出す』の、この三日間での興収ランキングの順位を表していた。


 当然、一〇〇パーセントの着席率を達成しても、現実的には一位を獲ることは限りなく難しいとは、私も分かっていた。それでも、少しでも良い順位を目指して、私たちは宣伝や劇場営業といった仕事をしてきたつもりだ。


 それなのに、トップ一〇はおろか上位二〇位にすら入れなかったことに、私は少し落胆してしまう。『いつの日か青かったねと思い出す』が挙げた興行成績は、一一館という上映規模では健闘していると言ってよかったが、それでも自分の、自分たちの力不足を私は感じてしまう。


 この成績ならただちに上映回数を減らされることはないだろうけれど、それでも来週になれば、どの映画館でもまた新しい映画が公開されてしまう。


 それらの映画に『いつの日か青かったねと思い出す』のお客さんが奪われないとは、私には言い切れなかった。


 喜びと悔しさを同時に感じてから、私はこの三日間の興行成績の一覧を、改めて確認し始めた。映画配給の仕事をするからには、他の映画がどんな興行成績を挙げているかも、把握しておかなければならない。


 表の一番上から、私は再度目を通す。そこに書かれていたタイトルは、『世界が変わる朝に』だった。


 観客動員数は五万二三三六人。着席率は三九パーセント。そして、興行収入は九〇二五万六一百円。それが『世界が変わる朝に』が、公開初週の三日間で挙げた興行成績だった。左側に書かれた「1」という数字が、紛れもなくこの週末の興収ランキングで、首位を獲得したことを示している。


 その数字は、私を圧倒した。『いつの日か青かったねと思い出す』とは、文字通り桁が違っている。


『世界が変わる朝に』の上映館数は全国二三二館で、『いつの日か青かったねと思い出す』のおよそ二〇倍。だけれど、観客動員数にも興行収入にも二〇を掛けてみても、『世界が変わる朝に』の数字には及ばない。


 それは『世界が変わる朝に』が全国のシネコンで公開されていて客席数も多いからだが、それが私に途方もない印象を突きつける。


 興収ランキングで一位を獲るためには一億円近い興収が必要で、それは『いつの日か青かったねと思い出す』が上映期間中に達成できるかどうかすら定かではない数字だった。


 そう考えると、興収ランキング一位を獲るという目標がどれだけ大それていたのか、私は身につまされるようだ。津島さんに「興収でも勝ちます」とぶち上げておきながら、会わす顔がない。


 私たちは地道に自分たちの仕事をするしかなくても、私はすぐには切り替えられなくて、それくらい『世界が変わる朝に』が挙げた数字は、epoch makingに移った私にはインパクトが大きかった。


 しばし呆然としながらも、私は出水さんに「確認しました」という返信を送ると、別のブラウザでエックスを開いた。検索窓に『いつの日か青かったねと思い出す』と打ち込んで、エゴサーチを開始する。


 すると、しばらく確認していなかったからか、感想のポストは何十件という単位で出てきた。とはいえ、『世界が変わる朝に』ならきっと何百件も出てくるんだろうなと思うと、私はやはり少しへこんでしまう。


 それでも、私は『いつの日か青かったねと思い出す』に言及してくれるポストを見続ける。そこには今日も「良かった」「面白かった」というポジティブな投稿が並んでいた。一つ一つつぶさに見ていくと、私の目頭はまた熱くなってくる。


『いつの日か青かったねと思い出す』を気に入ってくれた人は『世界が変わる朝に』と比べたら少ないかもしれないけれど、それでも確かにいるのだ。次々と並ぶ好評を見ていると、「いいね!」やリポストをしながら、私の自信は少しずつ回復していく。


 中には『『いつの日か青かったねと思い出す』が、評判が良いから気になってきた』といった投稿もあって、私に自分たちがしていることは、決して間違っていないと思わせる。


『いつの日か青かったねと思い出す』は好評を博しているのだ。上映館も少し増える来週は、きっと今週以上の興行成績を挙げてくれるだろう。検索結果に並ぶ高評価を見ると、私は訳もなくそう思えた。



(続く)

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