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【第50話】私ん家


 出町座での舞台挨拶は他の映画館での時と同じように、まずは映画が作られた経緯の話から始まった。


 國武さんも舞台挨拶の度に言っていることだから、大分慣れてきてよどみなく話すことができている。それにもやはり慣れ親しんだ出町座での舞台挨拶という要因が大きいのかなと、私は写真を撮りながら感じる。


 どのようにして映画の準備を進めていったのかや、撮影中印象的だったエピソード、浦田さんや佐伯さんをキャスティングした理由など瀬波さんが投げかける話題はバラエティに富んでいて、答えている國武さんもどこか心地よさそうだ。


 観客からの質問を受けつけた時間でも、映画の内容や國武さんが影響を受けた映画、果ては出町座での思い出など、質問は多岐にわたっていて、國武さんも物怖じすることなく、のびのびと答えている。その様子を見ていると、私は國武さんが成し遂げたことの大きさを再認識して、遠路はるばる京都まで来た甲斐があったと思えていた。


 そして、それは観客からの質問の時間も終わって、舞台挨拶はフォトセッションに移ろうかという頃だった。瀬波さんがマイクを手にして「それでは、ここで『いつの日か青かったねと思い出す』の公開を記念しまして私たち、そして観客の方々から國武監督に花束の贈呈がございます」と口にしたのだ。


 今までどの舞台挨拶でもなかったこの段取りは、國武さんとも縁深い京都・出町座ならではだ。私も数日前に瀬波さんから國武さんに花束を贈りたいと連絡されたときには少し驚いたが、それでも瀬波さんや京都の観客の人たちのことを思えば、私はNOとは言えるはずもなかった。


 プレゼンターは、國武さんの学生時代の友人だ。通路側の席に座っていた二人は、足元に置いていた紙袋から黄色やオレンジの花々が目立つ花束を取り出して、スクリーンの前に向かう。


「真凜、おめでとう」と言って花束を渡す様子を、大勢の人やスマートフォンが見守る。國武さんも「ありがとう」と言いながら、表情は実に爽やかだ。


 私も、二人が花束を贈っている様子をスマートフォンのカメラに収める。すると、見ているだけの私でさえ、涙を誘われるようだった。


 そして、舞台挨拶はそのまま國武さんが花束を持った状態で、フォトセッションに移った。多くの人がスマートフォンを構えていて、私は舞台挨拶が終わった後にこの人たちがその写真をつけて、感想をSNS等に投稿してくれることを期待する。


 心をくすぐられたのか、「お客さんと一緒に写真を撮っていいですか?」と、國武さんの方から言ってくる。私も当然断る理由はなく、スクリーンの前に回ってスマートフォンを思いきり高く掲げた。


 今度は観客席の前に立った國武さんのすぐ後ろにいる観客の顔も捉えることができて、私は「撮りまーす。はい、チーズ!」と言ってシャッターボタンを押す。


 カメラロールに、二つの花束を手に持った國武さんと観客が一緒に写っている写真が残る。これをSNSに投稿することが、私は今から楽しみになった。


「それでは、今回の舞台挨拶もそろそろ終了のお時間ということで。最後に國武監督から、締めの挨拶の方をお願いできますか?」


 私が二つの花束を預かって、國武さんの手が再び空いたところで、瀬波さんは最後にもう一度國武さんに水を向けていた。「はい」と返事をした國武さんは、今一度観客席を見回してから、マイクを持ち上げる。


「改めて、今日はお越しいただきありがとうございました。私が映画の道を志したのも、ここ出町座で観た数々の映画がきっかけで、だからこそいつか自分が監督した映画をここで上映してもらうことが、私の夢になっていました。だから、今日はその夢が叶って、しかもこうして満員のお客さんの前で舞台挨拶をすることができて、本当に感無量です。この映画を作るまでに、挫けそうになったことは何度もあるんですけど、その度に堪えてここまでやってきて本当に良かったです。過去の私に『頑張れば、いつか出町座で自分が作った映画を上映できるよ』と言ってあげたいくらいです。皆さん、今日は本当にありがとうございました。それと、最後に宣伝になってしまって少し申し訳ないのですが、『いつの日か青かったねと思い出す』のパンフレットはここ出町座での売店でも販売中です。九〇〇円とは思えないほどの充実した内容となっていますので、映画を気に入ったよという方は、よろしければお買い求めください。この後私もパンフレットをご購入してくださった方限定ですが、サインをしたいと思います。ぜひ、今回の鑑賞の記念によろしくお願いします。皆さん、今日は本当にありがとうございました。これからも『いつの日か青かったねと思い出す』をよろしくお願いします」


 そう言ってお辞儀をした國武さんに、再び暖かな拍手が送られる。


 國武さんの締めの挨拶は少し宣伝を含んでいたものの、それも今日来てくれた観客には気にならなかったのだろう。誇張抜きに、ここにいる全員が國武さんの味方であるような雰囲気がスクリーンには流れていて、私の胸は大いに絆される。


 ここ出町座は、れっきとした國武さんの帰る場所なのだ。


 目の前に広がる理想的な光景に、私はこれからも自分の仕事を頑張ろうと心に誓った。





 暖かい雰囲気のまま幕を閉じた舞台挨拶の流れを引き継ぐかのように、一階で行われたサイン会にも多くの人がわざわざパンフレットを買って、やってきてくれていた。同じ京都出身ということもあって、國武さんが身近に感じられた部分もあったのかもしれない。全体の観客の中でサイン会に参加した人の割合は、他の映画館よりも高かった。


 おかげで待機列は地下のスクリーンに向かう階段にまで伸びていて、列の最後尾は私にはすぐには見えなかったほどだ。國武さんも一人一人に対して丁寧にサインを書いていて、伝えられる感想にも柔らかな笑顔で応えている。


 後ろにも人が待っていることを心得ているのか、何分も國武さんと話そうとする人はいなくて、私も穏やかにサイン会の様子を見守っていられた。「これからも頑張ってください」と言ってくれる人は今まででも一番多くて、地元出身の監督を応援しようとする姿勢は、見ているだけの私でさえも心を動かされていた。


「真鍋さん、改めて今日はありがとうございました」


 そう國武さんが口にしたのは、私たちが出町座を後にして、出町柳駅のホームに向かう階段の入り口に到着したときのことだった。清々しい表情は、今日二か所で立て続けに舞台挨拶をした疲労を感じさせない。


 だから、私も恭しく答えることができた。


「いえいえ、私の方こそありがとうございました。こんな大変な日程を引き受けてくださって」


「いえ、お客さんの顔を直接見られる機会はそうそうあるわけじゃないですし、私としてもすごく元気をもらった気分です。おかげで明日からも、より頑張れそうです」


「それは何よりです。でも、やはり立て続けに舞台挨拶に登壇して少しお疲れでしょう。確か國武さんは、今日はご実家に泊まられるんですよね?」


「はい。正月ぶりに帰ります。両親と一緒に過ごせるのも嬉しいですし、一日だけですけど思いっきり羽を伸ばして、また明日からに備えたいと思います」


「そうですね。ぜひゆっくりしていってください」


「はい。あの、もしよろしければ國武さんも、私ん家に来ますか?」


「えっ、私がですか?」國武さんの言葉が思いもよらなかったから、私はつい訊き返してしまう。そんな素振りは、今日会ったときから國武さんは少しも見せていなかった。


「ええ。私としても『この人が『いつの日か青かったねと思い出す』の買い付けや公開に動いてくれたんだよ』って、真鍋さんを両親に紹介したいですし。よければご飯もごちそうしますよ。きっと両親も喜んで、真鍋さんを迎えてくれるはずです」


 そう答える國武さんの表情は実に自然で、冗談を言って私をからかおうとしているようではなさそうだった。


 その申し出は、私に一瞬迷いを抱かせる。確かに國武さんの両親に会ってみたい感じもするし、夕食をごちそうになるというのも魅力的だ。


 だけれど、私たちはいくら近しい間柄になったとはいえ、やはり配給会社の社員と映画監督という関係だ。そこはしっかりと弁えておきたいと、私は思う。


 何より時刻はもう夜の七時を回ろうとしていて、そろそろ最終の新幹線の時間も気になってくる頃だ。


 私は失礼のないように、最大限申し訳ない表情を作って返事をする。


「すいません、國武さん。お気持ちは凄くありがたいのですが、あいにく明日も私は朝から仕事でして。だから、今日中に東京に戻らないといけないんですよ。なのでたいへん心苦しいのですが、今日はこれにて失礼させていただきます」


「分かりました。そうですよね。真鍋さんも忙しいですもんね。でも、また仕事か何かで京都に来たときは、ぜひ私に連絡してくださいね。都合がつけばですけど、私もできる限り真鍋さんに京都の街を案内したいので」


「はい。ぜひそうさせていただきます」


 そう頷いた私に、國武さんは微笑みを返す。つられて私の口角も、自然と上がる。


「じゃあ、真鍋さん。本当に今日はありがとうございました。シネ・ヌーヴォもそうだったんですけど、何より地元の出町座で舞台挨拶ができたこと、私すごく嬉しかったです。舞台挨拶のときにも言いましたけど、嘘じゃなく夢が叶いました。それもこれも真鍋さんたちが、出町座やシネ・ヌーヴォに『いつの日か青かったねと思い出す』を上映してもらえるよう、営業をかけてくださったおかげです」


「はい。実は劇場営業をしたのは別の社員なんですけど、國武さんがとても感謝していたと伝えておきますね。きっとものすごく喜んでくれるはずです」


「はい。それと真鍋さん、改めてこれからもよろしくお願いします。まだ『いつの日か青かったねと思い出す』の上映は始まったばかりですし、これからもより多くの映画館で、長い期間上映できるように頑張ってください。私もできることなら、何でも協力させていただきます」


「ありがとうございます。では、まずは来週末の舞台挨拶からですね。横浜、名古屋、福岡と目まぐるしい日程ですが、よろしくお願いします」


「はい。頑張ります。一人でも多くの方に、『いつの日か青かったねと思い出す』を観ていただくためにも」


 國武さんと頷き合うと、私としてもより使命感が膨らんでいく。私もSNSへの投稿など『いつの日か青かったねと思い出す』をより観てもらえるようにできることは全てしないと、と思える。


 國武さんは、私たちを信頼してくれている。そのことが、今の私を動かす大きなエネルギーになっていた。



(続く)

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