【第46話】三日間が勝負
「それでは、せっかくなので観客の方々からも、質問や感想をいただきたいと思います。何かある方は、どうぞ手を挙げていただけますか?」
舞台挨拶も中盤に差しかかって、國武さんたちの話も一区切りついたところで、内藤さんは事前に説明した通り、観客に水を向けていた。すると、すぐに何人かの手が上がる。
そのなかで内藤さんがまず指し示したのは、前から三列目に座っている男性だった。劇場内に待機していたスタッフが、その男性のもとまで行ってマイクを渡す。
その男性は簡単に映画の感想を述べてから、劇中のとあるシーンの演出意図について、國武さんに尋ねていた。國武さんも、丁寧にその男性の質問に答えている。その姿は大分緊張が軽くなってきているようで、私も安心して見ていられた。
その男性を皮切りに、観客からの質問はいくつか続いた。
劇中のあのシーンは、何々監督の○○という作品に影響を受けているのではないか。作中で、撮影していて一番印象に残ったシーンはどれか。今後の予定や、これから撮ってみたかったり出演してみたいジャンル等はあるか。
多岐にわたった質問の全てに、國武さんたち三人は真摯な様子で答えている。ジョークでごまかしたりせずに、観客の質問に満足いくような答えを返そうと真剣な三人の姿が、私の目には好ましく映る。
映画を観終わった人たちの前だから、ネタバレを気にせずに話せたことも幸いしたのだろう。國武さんたちからはどの取材やインタビュー、コメント動画でも言っていない答えもいくつか飛び出していて、配給に関わっている私にも、目から鱗が落ちる思いがした。
次回作の予定はまだないが、音楽が好きなのでいつか音楽映画を撮ってみたいという國武さんの言葉にも、私は内心で深く頷く。私も國武さんが撮った音楽映画を観たいと、明確に思った。
「それでは、これにて観客の皆さんからの質問や感想を締めきりたいと思います。皆さん、たくさんの質問やご感想ありがとうございました。他にも何か言いたかったけど言えなかったという方は、舞台挨拶終了後にパンフレットをお買い上げの方限定で、お三方によるサイン会を開かせていただきますので、そちらで簡単に質問や感想の方をお伝えください」
そう内藤さんが言って、國武さんたちも小さく頭を下げている。パンフレット等の物販収入は、映画館にも配給会社にもお金が入ってくるから、軽視はできなかった。
「それでは、続いてフォトセッションの方に移らせていただきます。どうぞ皆さん、今一度スマートフォンやカメラの方をご準備ください」
そう言った内藤さんに促されるかのように、國武さんたちは自分たちの距離を縮めた。私もポスターを三人のすぐ隣に持っていく。
ポーズ自体は打ち合わせてはいなかったけれど、浦田さんや佐伯さんに促されるようにして、國武さんも顔の近くでピースサインを作っていた。三人からは無事映画が公開されたことへの喜びが滲み出ていて、私の胸は改めて満たされていく。
観客席もスマートフォンやカメラを掲げていない人を探すのが難しいほど、多くの人が國武さんたちの写真を撮っていた。三人はまずは上手側を向き、次に正面、下手側と見る角度を少しずつ変えていく。どの瞬間にも、三人を撮影している人は多く見られ、私も感慨に包まれる。
すると、私は一つのアイデアを閃いた。それは事前に打ち合わせていなかったけれど、それでも私は思いついたことを内藤さんに相談してみる。すると、内藤さんも「そうですね」と、快く頷いてくれた。
そして、國武さんたちが再び正面を向いたところで、マイクを通して観客に呼びかける。
「では、皆さん。ここで映画の公式アカウントに投稿するために、皆さんとお三方が一緒に写った写真を撮りたいのですが、よろしいですか?」
きっと想像していなかったのだろう。言われてすぐは、観客席には多少戸惑ったような空気が流れていたものの、それでも一人の観客が拍手をすると、その拍手は観客席全体に広がっていく。
「ありがとうございます。では、皆さんをバックに写真を撮らせていただきますので、お三方は軽く移動の方をお願いします」
國武さんたちも頷いて、観客席に背を向けていた。ポスターは観客の顔を隠してしまうから動かさない。
私は國武さんたちの前に回り込み、スマートフォンを目一杯高く掲げた。國武さんたちの後ろに座っている観客の顔も、一人も余すところなく写したかったからだ。
それでも、一六〇センチメートルもない私の背丈では、どれだけ背伸びをしても、國武さんたちに前列中央に座る観客の顔は隠れてしまう。
それを見かねたのか、内藤さんは「僕が撮りましょうか?」と、私に声をかけてくれた。内藤さんの背丈は一八〇センチメートルを超えていたから、こういうときは私よりも適任だろう。
私は内藤さんの厚意に甘えて、スマートフォンを手渡した。腕を目一杯伸ばさなくても、全員の顔が入るベストな画角を内藤さんは見つけられたようで、私はさすがだと感じる。
そして、内藤さんはマイクを通さずとも観客席の後ろまで通るような声で、「では、撮りますよー」と言う。その言葉に國武さんたちは再びピースサインをしていたし、半数を超えるほどの観客が微笑んでくれたように、私からは見える。まるで『いつの日か青かったねと思い出す』や、今日の舞台挨拶に満足してくれた証みたいに。
内藤さんが「はい、チーズ」と声を張る。その指の動きからスマートフォンのカメラのシャッターが切られたことを私は感じる。
内藤さんはさらに「もう一枚撮りまーす」と声をかけてから、再びシャッターを押し「皆さん、ご協力ありがとうございました」と、観客席に呼びかけていた。その言葉に、スクリーンの雰囲気は一段と解けていく。國武さんたちも再び観客に向き直り、私は内藤さんからスマートフォンを返してもらう。
軽く写真フォルダを確認してみると、國武さんたちと観客全員の顔が写った写真は、確かに収められていた。
「それでは、そろそろ今回の舞台挨拶を終了させていただきます。最後にお三方から、今一度挨拶の方をお願いします」
最後に今一度、内藤さんは國武さんたちに水を向けていた。今度は確認しなくても、誰から話し始めればいいのかは、國武さんたちにも明確に分かったのだろう。
「はい」と頷いてからマイクを構えたのは、やはり佐伯さんだった。
「改めて、今日はお越しいただきありがとうございます。今日はこうして皆さんの前で舞台挨拶ができて、とても嬉しかったです。ここ新宿武蔵野館では。来週も再来週も『いつの日か青かったねと思い出す』は上映される予定ですので。もし気に入っていただけたのなら、一度と言わずまた二度三度と観てみてください。きっと新たな発見があると思います。今日はありがとうございました」
そう挨拶を結んで今一度お辞儀をした佐伯さんに、観客席からは再び暖かな拍手が送られる。その響きから観客が舞台挨拶に退屈していた様子を、私は少しも感じられない。
「今日はお越しいただきありがとうございます。私にとってもこの映画への出演は、俳優人生のターニングポイントになるような、大きな出来事になりました。これからどんな作品に出演しても『いつの日か青かったねと思い出す』を忘れることは、決してないと思います。だから、皆さんにとっても、この映画がそういう存在になってくれていたら嬉しいです。もし、この映画を気に入ってくださってもっと知りたいと思った方は、よろしければ売店で購入できるパンフレットも覗いてみてください。國武監督へのインタビューや、私と佐伯さんとの対談。木蓮監督の推薦コメントに、映画評論家である一ノ瀬さんの解説記事など、充実した内容が九〇〇円でお買い求めいただけます。ご購入してくださった方には、この後私たちからサインも行いますので、よろしければぜひどうぞ。改めて、今日はご来場いただきありがとうございました」
浦田さんは、挨拶の中に自然とパンフレットの宣伝を織り交ぜていた。きっと多くの観客は、パンフレットの存在をより意識してくれたことだろう。
少しでも私たちの収入を増やそうと言ってくれた浦田さんに、私は頭が上がらない思いがした。
「改めて今日はご来場いただきありがとうございます。一年以上前に細々と撮影をしていた頃や、一人自宅のパソコンで何ヶ月も編集をしている間には、こんな多くの方にこの作品を観ていただける日が来るなんて、私は想像もできませんでした。感無量という言葉ではとても足りず、本当に『いつの日か青かったねと思い出す』を作ってよかったなと思います。もし映画が気に入っていただけたのなら、口コミでご家族やご友人、同僚の方に伝えたり、SNSで感想を投稿したりしてください。少し赤裸々な話をしますと、映画の興行は公開されてからの最初の週末、金土日の三日間が勝負なんです。この三日間の成績次第で、その後の上映の展開になるかが、概ね決まってしまうんです。だから、もしよろしければ「こんな映画もあるんだよ」ということを、発信していただけたら幸いです。今日集まってくださった皆さんの声が、他の方の足を映画館に向ける何よりの力になりますので。ぜひよろしくお願いします。今日は本当にありがとうございました。皆さん、もう夜も遅いので気をつけてお帰りください」
最後にそう挨拶を述べた國武さんは、誰よりも深くお辞儀をしていた。観客も最後まで飽きることなく、國武さんに拍手を送ってくれる。その光景は後方から見ている私にも、この上なく美しいものに映る。
國武さんが言ったことはすべて本当で、映画の興行は公開されてからの最初の三日間で、かなりの部分が決まってしまう。私たちもまずはそこに集中して、宣伝を行ってきたつもりだ。
でも、私たちのどんな宣伝よりも映画館に足を向かせるのは、観た人が発信する感想や口コミだろう。
だから、私は今日来てくれた観客のうち一人でも多くの人が、何らかの発信や行動をしてくれることを望む。できれば好意的なものが望ましいが、そうでなくても私には構わない。何より辛いのは、せっかく配給した映画が無視されることだ。
私は一番後ろから、観客席に念を送った。観た人が感想を投稿したり、何か行動を起こしたくなるような映画に、『いつの日か青かったねと思い出す』は間違いなくなっているはずだった。
(続く)




