【第45話】舞台挨拶
そして、予定通り上映が終わると、まずは内藤さんがスクリーンに入っていった。「今日はお越しくださりありがとうございました。この後監督を務めました國武監督と、主演の浦田さんと佐伯さんによる舞台挨拶がございます。今しばらくお待ちください」とマイクを通した声が、ロビーにいる私たちにも聞こえてくる。
そして、私は新宿武蔵野館の男性スタッフとともに、スクリーンの中に入った。私が額縁に入った『いつの日か青かったねと思い出す』のポスターを、スタッフがポスタースタンドを持っていく。
ドアをくぐった瞬間から、後ろから見ただけでも、客席の埋まり具合は私にもはっきりと目に入った。二〇〇席を超える座席のほとんどに人が座っていて、しかも映画が終わっても、誰一人席を立とうとしていない。男女比は半々ぐらいで、年齢層は想定していたよりも少し高め。
もちろん内藤さんを疑っていたわけではないが、本当に満員に近い観客がやってきてくれたのだと、私は初めて実感する。スクリーンの前にポスターを立てかけた後も、ほとんど満員に埋まった客席を、立ち止まって目に焼きつけたかったほどだ。スクリーンの前からだと、座席に座った一人一人の顔がはっきりと見える。
だけれど、この人たちは全員、國武さんたちの舞台挨拶を待っているのだ。だから、私は客席をじっと眺めたい思いをぐっと堪えて、そそくさとスクリーンの外に出た。ロビーではいよいよ始まろうとしている舞台挨拶に、國武さんたちがドキドキした表情を浮かべている。
私はスクリーンに入ったときの感慨そのままに、「お客さん、本当に満席に近いほど入ってますよ」と三人に伝えた。三人はほっと胸をなでおろしていたけれど、それでもその表情から緊張の色は引いてはいなかった。
國武さんたちにそれぞれマイクを手渡したところで、スタッフが内藤さんに「準備ができました」という連絡を送る。内藤さんもそれを把握したようで、「それでは準備が整ったようです」と言っている。
その瞬間、観客の前に立つわけでもないのに、私の緊張も最高潮に達した。
「それでは、登場していただきましょう。本作『いつの日か青かったねと思い出す』で諏訪日向役を演じました浦田陽菜さん、アオイ役を演じました佐伯楓さん、そして監督を務めました國武真凜監督です。皆さん、どうぞ暖かい拍手でお迎えください」
内藤さんがそう言うと、観客はさっそく拍手をしだした。一人一人はささやかでも、二〇〇人もいるとなると、それなりに盛大な拍手になる。
私がドアを開けて、まず浦田さんが意を決したように歩き出す。それに、國武さんや佐伯さんも続いていく。
ほとんど満員の客席から拍手で迎えられる三人を見ているだけで、私には感慨があった。國武さんたちがやってきたことが、こうして報われているのを見ると、私まで誇らしくなってくる。
それはきっと、國武さんたちも同様だったのだろう。スクリーンの前に立って、客席を眺めるその表情はまだ緊張しているようだったけれど、どことなく満足感を覚えているようにも私には見えた。
國武さんたちがスクリーンの前に揃うと、自然と観客の拍手は止んだ。私も客席の後ろに立ってスマートフォンを構える。画面の中では満員に近い観客と國武さんたちが一つに収まっていて、仕事中なのに私の表情も思わず緩むかのようだ。
「改めまして、國武監督、浦田さん、佐伯さん。映画の公開おめでとうございます。加えて本日は当館で舞台挨拶を行っていただき、本当にありがとうございます」
内藤さんにそう声をかけられて、國武さんたちも「ありがとうございます」とお礼を言っている。緊張しているのか、それとも単なるうっかりなのか、國武さんはマイクの電源を入れ忘れていて、それが私には少しおかしかった。
「それでは、まず最初に一人ずつ簡単にご挨拶をいただけますか?」
そう内藤さんに水を向けられて、國武さんは「順番はどうしましょうか?」と、逆に訊き返していた。その姿には、初々しさしかない。
「それは、お三方のご自由に」と内藤さんに返され、佐伯さんが「じゃあ、せっかくなので監督は最後にしますか」と言う。國武さんたちも頷いたのを見ると、スクリーンに自然と生まれた流れに乗るようにして、佐伯さんは続けた。
「改めまして、今日はお越しいただきありがとうございます。アオイ役を演じました佐伯楓です。この映画の撮影があったのは昨年の八月頃で、それが一年以上経ってからこうして皆さんに観ていただけて、とても嬉しく思っています。今日は短い時間ですがよろしくお願いします」
簡潔に挨拶を述べて小さくお辞儀をした佐伯さんに、客席から再び拍手が飛ぶ。純度一〇〇パーセントの暖かさに、私の胸まで暖められる。
「皆さん、今日は来てくださってありがとうございます。改めまして、諏訪日向役を演じました浦田陽菜です。日向と陽菜。偶然ですけど名前が似ているので、この映画に出られると決まったときには、私はとても運命めいたものを感じました。その映画がこうしてたくさんの方に観ていただけて、私もとても嬉しく感じています。今日はぜひ最後までよろしくお願いします」
佐伯さんに続いて挨拶をした浦田さんにも、観客は同じように手を叩いて答えてくれた。何を言うのかは、事前に考えていたのだろう。よどみなく話す浦田さんに、私は今一度感慨を覚えた。
「今日は来てくださってありがとうございます。『いつの日か青かったねと思い出す』で監督と脚本、それに編集を務めさせていただきました、國武真凜と申します。今日は、新宿だけでもたくさんの魅力的な映画が上映されているなかで、こんなにたくさんの方に『いつの日か青かったねと思い出す』を選んでいただけたこと、とても光栄に思っています。今日はぜひ最後までお付き合いください。よろしくお願いします」
國武さんの声色からは、まだ緊張している様子が漂っていたけれど、それでも國武さんが小さくお辞儀をすると、観客は三度拍手を送ってくれる。それは決して当たり前の光景ではなく、なんて暖かい人たちなんだと、私は改めて感激した。
「皆さん、ありがとうございます。今回の舞台挨拶はまず私からいくつか質問をさせていただいて、後半には皆さんからの感想や質問を募るという形で、進めさせていただきます。またスマートフォン等での写真撮影は自由ですが、フラッシュの使用はお控えください。終盤には今一度フォトセッションの時間も設けさせていただきますので、ぜひ撮影した写真は感想とともに、どんどんSNS等に投稿していってください。それでは、まず私からお訊きしたいと思います。國武監督は本作『いつの日か青かったねと思い出す』が初の長編作品ということですが、この映画がどのような経緯で制作されるに至ったのか、まずはその経緯から教えていただけますか?」
簡単に今日の舞台挨拶の流れを観客にも説明してから、内藤さんは國武さんに最初の話題を投げかけた。それは事前に打ち合わせていた通りの質問だったから、國武さんも「はい」と頷いてから、『いつの日か青かったねと思い出す』ができるまでの経緯を話し始める。
学生の頃から何本か短編を撮っていて、たまたまそのうちの一本を見てくれたプロデューサーの長谷川さんに声をかけられてから、この映画の企画はスタートしたという話を、観客はじっと聴き入れている。さっそくスマートフォンを構えて、話す國武さんたちを撮っている人も見受けられる。
私もまずは観客も含めた全体像を撮ってから、次は上手側の位置に移動し、斜めの角度から今度は國武さんたちだけを撮る。舞台挨拶が終わった後にエックスやインスタグラムに掲載する写真は、何枚撮っても撮りすぎることはなかった。
舞台挨拶の話題は企画ができるまでの経緯の話から、浦田さんや佐伯さんをはじめとしたキャスティングの話に移る。國武さんは全てのキャストをオーディションで選んだと言っていて、浦田さんや佐伯さんを選んだ決め手についても語っていた。
浦田さんたちも撮影現場等で聞いているはずなのに、改めて嬉しそうな表情を見せていて、そこに演技めいたものは私には一かけらも感じられない。
オーディションで選ばれたときの感想を、浦田さんたちも上気したように語っていて、ただ聞いているだけの私でもそのときの光景が想像できるようだ。
それからも、舞台挨拶はスムーズに進んでいっていた。國武さんたちは、話しているうちに少しずつ緊張が取れてきたようだったし、きっとそれは内藤さんの進行によるところも大きいと私には思える。さすがはほとんど毎週のように、舞台挨拶を仕切っているだけあると感じられる。
特に印象に残っているシーンや、撮影中のエピソードを話す國武さんたちには笑顔さえ覗き始めていて、スクリーンには爽やかな雰囲気が漂う。
観客もうんうんと聞きながらスマートフォンを掲げている人は頻繁に見受けられて、それが私に映画に抱いた印象をそれとなく感じさせた。少なくとも今観た映画を「よかった」「面白かった」と思っていなければ、ここまで興味を示してくれることはないだろう。
私も上手側から今度は下手側に移動して、写真撮影を続ける。動き回る私にもちらちらと観客の視線は向けられていたけれど、私は何も恥ずかしいことはしていなかったから、それもさほど気にせずにいられた。
(続く)




