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【第43話】公開初日


「國武さん、ありがとうございます。出水さんたちには私の方からちゃんと伝えておきます。きっと喜んでくれると思いますよ」


「はい、私の方こそありがとうございます。『いつの日か青かったねと思い出す』を配給してくれるのが真鍋さんたちでよかったと、心から思います。特に真鍋さんにはとてもお世話になりました。最初に声をかけてくれたところから、パンフレットに掲載されるインタビューの担当や、はたまたSNSの運用まで。もう何から何まで、お世話になりっぱなしです」


「いえいえ、私も『いつの日か青かったねと思い出す』を広めるお手伝いができたことは、とても誇らしく感じています。実際、國武さんたちも協力してくださったことで、『いつの日か青かったねと思い出す』の認知度は、徐々に上がってきてますから。明日の公開が楽しみです」


「はい、私もです。まあ、ヤバかったときもありましたけどね。特に『スヌーザー・イン・ザ・スカイ』のレビュー動画のときなんて、軽く炎上しかけて、私『終わった』とさえ思いましたもん」


「確かにあれは私も焦りました。でも、結局は小笠原監督がうまく収めてくださって、よかったじゃないですか。あれを機に『いつの日か青かったねと思い出す』の名前がより広まった感じもありますし、怪我の功名ですよ」


「そうですね。私も小笠原監督には、直接会ってお礼を言いたいです。『いつの日か青かったねと思い出す』の名前を出してくださってありがとうございます、と」


「そうですね」そう答えながら、私は少し笑うことさえできていた。炎上が起こりかけたときには、本当に大ピンチだと思ったのだが、今はこうして笑い話にできている。会ったこともない小笠原監督に感謝しているのは、私も同様だった。


「でも、そういった危機も乗り越えて、いよいよ明日『いつの日か青かったねと思い出す』が公開されるんですね。私としても、よくここまで辿り着けたなと思います。一〇館ほどとはいえ、全国的な規模で公開されるなんて、映画を撮ってるときには、思いもよりませんでしたから。もう今から感無量ですよ」


「そうですね。私も特に最近は毎日のように仕事が大変だったので、よくここまで漕ぎつけられたなと思います。でも、國武さん。言わなくても分かってると思いますが、本当の勝負は明日からですよ。『いつの日か青かったねと思い出す』にどれだけのお客さんが入ってくれるかは、蓋を開けてみないと分からないですし」


「はい。真鍋さんの言う通りだと思います。私もいよいよ明日からが本番だと思うと、気が引き締まります。私たちが心血を注いで作り上げた映画を、一人でも多くの人に観てほしいという気持ちは、今とても高まっています」


「ええ。お客さん、いっぱい入るといいですね。もちろん、私たちもそのために最大限の努力はしましたけど、こればっかりは当日になってみないと分からないので」


「そうですね。私も映画館が満員になっているところを、見てみたいです。ちょうど明日、新宿武蔵野館で夜の回に舞台挨拶があるので。他の回もそうですけど、その回は特に、たくさんお客さんが入ってほしいなと思います」


「ええ、きっと来ますよ。支配人である内藤さんに聞いたら、今日の時点でチケットは最大のスクリーン1で、六割ほどが売れているそうですし。おそらく明日になれば、もっとたくさんのお客さんが来てくれるはずです」


「そうなんですか。それを思うと、今から少し緊張してきますね。自分で望んだこととはいえ、百人以上のお客さんの前に立つのは。私、舞台挨拶の経験も、上田での一回しかないですし」


「そうですね。國武さんが緊張してしまうのも無理はないと思います。でも、大丈夫ですよ。映画は間違いなくいいんですし、きっと観客の方は國武さんたちを歓迎してくださると思いますよ。それに明日舞台挨拶に立つのは、國武さん一人ではないじゃないですか。浦田さんや佐伯さんも一緒ですし、そう思うと、少し心強くは感じられませんか?」


「そうですね。一人だとものすごく緊張してしまうと思うんですけど、でも一人じゃないと思うと、少し勇気が出てくるようです。あの、真鍋さんも明日は武蔵野館にいらっしゃるんですよね?」


「はい。SNSに投稿する写真を撮影したりするために、伺わせていただく予定です」


「やっぱりそうですか。じゃあ、心強いです。知っている人が一人でもいるのはそれだけで。たとえそれが、身内の人間だとしても」


 國武さんのその言葉は、私の心を確かに揺さぶった。國武さんに「身内」という言葉を使われて、『いつの日か青かったねと思い出す』に関係する人間になれたのだという思いが、今一度湧いてくる。


 それは、かつて私が感じたことがないほどの誇らしい思いだった。


「ありがとうございます。では、國武さん。明日はよろしくお願いしますね」


「はい。明日も、それ以降もよろしくお願いします。『いつの日か青かったねと思い出す』を、一緒にヒットさせましょう」


「はい!」私は高らかに返事をする。電話越しにでも、私の意気込みが伝わっていればいいと思いながら。


 同じように國武さんの意気込みも言葉の節々から感じられて、私は再び気を引き締め直す。今までも大変だったけれど、本当の勝負はいよいよ明日からだ。


『いつの日か青かったねと思い出す』がどんな形で観客に受け入れられるのか。できれば好意的な形でありますようにと、私は願わずにはいられなかった。





 そうして迎えた公開初日。私は、スパッと朝の七時に目を覚ましていた。頭はすっきりしていて、気を張っていた部分はあるものの、それでも仕事の疲れもあって、熟睡できたことを私は感じる。


 そうして、私はオフィスに出勤すると、いの一番にノートパソコンを開いた。メールフォルダよりも先に、エックスやインスタグラムといったSNSを確認する。


 昨日のうちに今日の朝八時になされるよう予約していた投稿は、ちゃんと時間通りにできていた。「今日から公開です! ぜひご覧ください!」という投稿には、國武さんや浦田さん、佐伯さんの三人が集まって、今日のために撮影した短いコメント動画が添付されている。ツリーには予告編や上映館のリストが付随していて、今初めて『いつの日か青かったねと思い出す』の存在を知った人でも、すぐに映画館に行ける仕組みだ。


 そして、その最初の投稿には一五分程度で、八件のリポストと二五件のいいね! がつけられていた。國武さんたち関係者以外の反応も多かったところに、私はいくらか手ごたえを感じる。


『いつの日か青かったねと思い出す』の名前は、確実に広まっていると改めて思えた。


 だけれど、時間が経つにつれて私の鼓動は速まっていってしまう。他の仕事をしている間も、手に汗が滲んでくるようだ。


 それは出水さんも同じようで、オフィスにははっきりとソワソワした雰囲気が流れていた。


 時刻は、午前一〇時を過ぎた。もう新宿武蔵野館での、最初の回の上映は始まっている。それは他のいくつかの映画館でも同様だ。


 数分前にエゴサーチをしたところ、「これから『いつの日か青かったねと思い出す』を観る」という投稿は何件かあって、観客がまったくのゼロではないことは、私たちにも分かる。


 でも、各映画館にどれだけの観客が入っているかの詳細までは、私たちには分からない。


 私は新宿武蔵野館をはじめとした上映館を直接訪ねて、どれくらい観客がいるのかを確認したい思いに駆られたが、それは少しも現実的ではなく、私たちはただオフィスで仕事をし続けるしかない。私も今夜をはじめとした舞台挨拶の段取りの確認や各メディアとの連絡を担う。


 でも、その間も今『いつの日か青かったねと思い出す』が実際に上映されていると思うと、私には時間が過ぎるのがひどく遅く感じられていた。


 そうして迎えた一一時四〇分頃。私は再びパソコンのブラウザで、エックスを開いていた。検索窓に「いつの日か青かったねと思い出す」や「#映画いつ青」とキーワードを入力して、検索をかけてみる。


 すると、他の映画館での上映を観ると思しき投稿は何件か見つかったが、感想の投稿は一件も見つからなかった。新宿武蔵野館での上映は一〇時ちょうどに始まって、『いつの日か青かったねと思い出す』の上映時間は九〇分ほどで、予告編も含めればもうそろそろ上映が終わっている頃だというのに。


 もしかしたら、上映が終わってすぐすぎるタイミングもあるのかもしれない。


 それでも、感想がないとなると私は少し不安になってしまう。つまらなく感じられたのではないかと。感想を投稿する必要もない映画だと思われたのではないかと。


 そう考えると、私はいてもたってもいられなくなるようだ。また少し間を開けて調べればいいとは分かっていても、その間は何をしていても手がつかないように感じた。



(続く)

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