表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
41/48

【第41話】誠実さ


 出水さんから指示を受けて、私は問題となった動画を削除しようと、ノートパソコンを立ち上げる。


 そして、Youtubeの管理画面を開いた、その瞬間だった。國武さんから「ちょっと待ってください」というラインが送られてきたのは。先ほど動画を削除して謝罪文を投稿することを伝えて、國武さんも同意していたのに、どうしたのだろう。


 私はスマートフォンを再び手に取って、トーク画面を開く。すると、國武さんは立て続けに「動画って、もう削除してしまいましたか?」というラインを送ってきた。「いえ、これからするところですけど」と、私は返信を送る。


 すると、「その動画、できれば削除しないでください」というさらなる返信の後に、思いもよらないメッセージが続いていた。


「『スヌーザー・イン・ザ・スカイ』の小笠原(おがさわら)監督が、私たちの動画についてエックスでコメントしてくれたんです」


 まさかの展開に、私は驚きを隠せない。小笠原監督の目に入るまで、事態は大きくなっていたとは。


 だったら、なおさら今すぐにでも動画を削除すべきではないか。そんな思いが頭をもたげる。


 それでも、私はそのままスマートフォンで、エックスを開いていた。検索窓に小笠原監督の名前を打ち込む。


 一番上に青い認証バッジのついた小笠原監督のアカウントが出てきて、私はさっそくプロフィールページを表示させた。


 すると、それは『スヌーザー・イン・ザ・スカイ』の公開を知らせる固定ポストのすぐ下、最新の投稿として私の目に飛び込んできた。


〝小笠原優真@ogasawara_yuuma

 今、『スヌーザー・イン・ザ・スカイ』を楽しんで観てくれた方々の間で、一件のレビュー動画が話題となっています。僕も先ほど見させていただきました。それを見て、僕がどんな印象を抱いたのか。それは結論から言うと「ありがたい」の一言に尽きます。


 確かにその動画では『スヌーザー・イン・ザ・スカイ』の、特にストーリー面での構造的な問題が厳しく批評されています。楽しんで観てくれた方々の中には、自分の好きな映画が批判されて、嫌な気持ちになった方もいるかもしれません。それでも、僕は「ここまで言ってくれるのはありがたい」という感想を持ちました。


 この映画は僕が脚本も担当したので、その動画の批評は真摯に受け止めなければなりません。それに、その動画ではストーリーのどこに問題があるのかを、筋道立てて指摘してくれていて、僕も腑に落ちる部分は多々ありました。何よりこういった根拠のある批評は、作り手にとってはは大いにありがたいものです。このことは胸の中にしまっておくこともできたかもしれない。それでも、こうして動画という形で発信してくれたことに、僕は感動さえ覚えています。


 これは『スヌーザー・イン・ザ・スカイ』を楽しんで観てくれた方々には受け入れられないことかもしれませんが、どんな映画にだって称賛もあれば批判もあるべきなんです。むしろ批判が許されない空気は健全ではないとさえ、僕は思います。


 それにその動画の投稿者は、ちゃんと顔も実名も出して批評してくれている。これはなかなかできることではありません。それは同じ映画監督といった立場ならなおさらです。この職業をしていると、どうしても相手の苦労を想像してしまって、なかなか表立って相手の映画を批評はできないものです。ですが、その方は同じ映画監督でありながら、しっかりと確かな根拠を持って批評してくれた。そこに、僕はその方の映画に向き合う誠実さを感じました。その方が監督した映画が今週公開になるようですが、僕もその映画を観たくなってきました。こんなに映画に対して誠実な方が作った映画なのですから、つまらないということは絶対にないと思います。


 最後にもう一度、この動画を投稿してくださった國武真凜監督、本当にありがとうございます。僕も何度も見返してこの先の参考にしたいと思います。ですので、國武監督も頑張ってください。映画『いつの日か青かったねと思い出す』が、多くの方に観てもらえることを僕も願っています。〟


 数十行にもわたっていたそのポストは、小笠原監督の映画に対する姿勢を、これ以上ないほど的確に表していた。批判も正面から受け止めているところに、映画に対する真摯さと懐の広さが感じられる。


 数分前に投稿されたのにも関わらず、既に一〇件を超えているリポストの数は、小笠原監督に共感している人がいることの表れだろう。私もすぐにリポストといいね! をする。今アクセスしているのは、私の個人的なアカウントだったから、ためらいはいらなかった。


 私の分も加えて、リポストやいいね! の数はどんどんと増えていく。それを見ると、私の頭には「禍転じて福と為す」という言葉が浮かんだ。


 小笠原監督は、最後にわざわざ國武さんと『いつの日か青かったねと思い出す』の名前を出してくれた。しかも肯定的な形で。


 きっと今回で『いつの日か青かったねと思い出す』の存在を知った人も、多くいることだろう。國武さんから炎上しかけていると伝えられたときはどうなることかと思ったが、それでも小笠原監督自身が言及してくれたことで、予期せぬ宣伝効果を生んでいるようですらある。映画興行の世界は、やはり何が起こるか分からないのだ。


 私は大いに安堵していたが、それでも出水さんが何と言うかは分からない。私は小笠原監督のポストのURLをコピーして、ラインで出水さんに送った。こんな機会はめったにないと思いながら。





 出水さんから返信が来たのは、私がURLを送ってから数分後のことだった。小笠原監督のポストを見て胸を打たれたのは出水さんも同様らしく、「動画を削除するのはやめよう」と送られてきたときには、私も輪をかけて安堵していた。


 実際、『スヌーザー・イン・ザ・スカイ』のレビュー動画は、小笠原監督は直接リンクを貼っていなかったものの、再生回数は急激に増えて、その日のうちに千回を突破している。


 さらに、小笠原監督が名前を出してくれたのが効いたのか、『いつの日か青かったねと思い出す』の特報や予告編も、ここに来てぐっと再生され出している。私がどれだけSNSを頑張って運用しても届かなかった層にまで、届いているかのようだ。


『いつの日か青かったねと思い出す』の知名度は間違いなく上がっている。たとえ予期せぬ形であっても、それが嬉しいことには違いない。


 だから、私もお礼の意味を込めて、今度は公式アカウントでいいね! を送った。リポストするのは直接的すぎても、いいね! くらいなら構わないだろう。


 そのポストへの反応はさらに増えており、その中には國武さんによる引用リポストもあった。「ありがとうございます」と感謝を綴っていて、私よりもずっと深く安堵しているのだろうと思うと、私には少し微笑ましくさえ感じられた。


『スヌーザー・イン・ザ・スカイ』のレビュー動画によるひと悶着から、思いもよらない宣伝効果が生まれた後も、私たちの仕事は止むことはなかった。


 それは公開日がとうとう間近になってきていることもあったし、それ以上に公開されてからの展開を意識した仕事が、私たちには増えてくる。


 誰もが朝から夜中まで働くなか、それは私も例外ではなかった。ネットメディアを中心に「取り上げてくれませんか?」と連絡し、その間にもSNSを運用する。


『スヌーザー・イン・ザ・スカイ』のレビュー動画の件があってから、エゴサーチをしてみても『いつの日か青かったねと思い出す』が言及される機会は目に見えて増えていた。


 それは毎日行っていたエックスやインスタグラムへの、公開日までのカウントダウンをする投稿に対する反応にも、如実に表れる。リポストやいいね! の数は日を追うごとに増えていき、私の気持ちをより高めた。


 ネットメディアに掲載された國武さんのインタビュー記事や、毎日のようにYoutubeに投稿している國武さんや浦田さん、佐伯さんのコメント動画に対する反応も同様だ。


 担当者からはページビューも他の記事と比べても遜色ないと言われているし、動画の再生回数も、投稿して一時間で一〇〇回は超えるようになった。


 着々と公開に向けてのムードが高まってきていることに、私も軽く興奮を覚える。日々の仕事による疲労もあまり感じないほどに。


 私たちが必死に、それでも充実感を持って業務に取り組んでいると、いつの間にか『いつの日か青かったねと思い出す』の公開までは、あと一日に迫っていた。


 その日も私は、夜の九時過ぎまで業務をして家に帰った。それでも、アドレナリンが出ているのか、行った仕事ほどの疲れはない。帰ってきて夕食を食べても、すぐには眠くならなかったほどだ。


 私はエゴサーチを続ける。『いつの日か青かったねと思い出す』に言及してくれている全てのポストに対して、最低でもいいね! を押す。「見たい」「気になる」と書いてくれている投稿には、リポストも。


 それは間違いなく『いつの日か青かったねと思い出す』を多くの人に観てもらうための仕事だったが、でもそれも私はまったく苦には感じなかった。自分が心底惚れ込んだ映画を広める手伝いができていることに、大きなやりがいを感じられる。


 業務量自体は大変に思うこともあるが、大好きな映画に関わる仕事に就いている現状は、私にとって幸せと言ってよかった。



(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ