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【第40話】炎上


そんななかで、それが届いたのは一〇月もそろそろ終わる日のことだった。


 その日も九州に劇場営業に行っている木蓮さんを除いて、私たちは全員がオフィスに出勤していた。時折コミュニケーションも取りながら、私たちは自分たちの仕事に取り組む。


 すると、もうすぐ正午を迎えようかというところで、インターフォンが鳴らされた。一番玄関に近い私が席を立ってドアを開けると、そこには運送業者の制服を着た配達員が立っていた。手には段ボールを持っていて、その中身は今朝出水さんから聞かされているから、私にも明確に分かる。


 見た目以上に軽いそれを受け取って、私はさらに出水さんに手渡す。出水さんが段ボールを開けて中身を取り出すと、映画の一場面が表紙に印刷された冊子が私の目にも入る。紛れもない『いつの日か青かったねと思い出す』の公式パンフレットだ。


 パンフレットは見本として一〇部印刷されていたから、私たちも一冊ずつ受け取る。中を開いてみると、また違った映画の場面が目に入ってきて、私の気持ちは高ぶる。


 興奮を抑えきれないかのように、私はページを捲る。スタッフやキャストの紹介から始まって、國武さんのインタビュー、浦田さんと佐伯さんの対談。映画評論家からのレビューに、木蓮監督が寄せてくれたコメントの全文。さらには、國武さんと長谷川さんに協力してもらって作成したプロダクションノート。


 それはパンフレットも作られないことも多いインディーズ映画としては充実した内容で、自分たちの仕事がこうしてまた一つ目に見える成果となって表れたことに、私は感慨を抱く。出水さんたちの表情からしても、パンフレットの出来に満足しているのは間違いなさそうだ。


 当然、私たちだって内容自体はあらかじめ目を通している。でも、やはり実物ならではの感動は大きい。最初から最後まで目を通しても瑕疵はどこにもなく、このまま各映画館へ納品することができそうだ。


 このパンフレットが映画館の店頭に並ぶ。その光景を想像すると、私の胸はよりいっそう躍った。


 映画の公開日が近づいてきて、さらに増えていく業務にも、私たちは一つ一つ着実に取り組んでいく。日々目が回るような忙しさで、一日一日はあっという間に終わるものの、公開までの日数を見るとまだ少しあるなと感じる。


 そんななかでも、私たちが全員でいくつもの業務に取り組んでいると、日々は確実に過ぎていき、気づいた頃には映画の公開まであと一週間を切っていた。


 来週には公開を控えた状況では、私たちも土日を返上して働かざるを得ない。私もSNSへの投稿とエゴサーチを何度も繰り返す。


 世間は休日ともあって映画を観に行っている人も多く、予告編を目にしたりしたのだろう。『いつの日か青かったねと思い出す』の名前が言及される機会も、一か月前と比べると格段に増えていて、私はそれら全ての投稿に少なくとも「いいね!」を押す。


 國武さんたちも「公開まであと何日」といった投稿を頻繁にしてくれていて、『いつの日か青かったねと思い出す』が公開されるムードは着実に高まっていた。


 そんな忙しいなかでも、出水さんは自分も含む全ての社員に週一日は確実に休みを与えてくれていて、私も土日出勤した振替休日として、その次の月曜日は休むことができた。


 前日も日付が変わる前には寝たはずなのに、やはり連日の業務で疲れはあったのか、私は昼前になってようやくベッドから起き上がる。まだ眠気は残っていたけれど、それでも私は顔を洗い、昼食にカップラーメンを食べる。


 そして、昼食を終えると私はノートパソコンを立ち上げた。いくら休日でも、SNS担当の私は完全に休む日を作るわけにはいかない。


 正午に予約していた「公開まであと4日!」といった投稿がちゃんとなされていることを確認してから、私はいつもの通りエゴサーチに励む。『いつの日か青かったねと思い出す』に言及してくれている投稿にすべからく「いいね!」をつけていく。


 そうしていると再び眠気は襲ってきて、キリのいいところで私はベッドに横になる。連日の業務による疲労は、予想以上だった。


 少し寝て、起きて映画のエゴサーチをして、また少し寝る。そんなことを数回繰り返していると、気がつけば外は完全な夜になっていた。時間もちょうどいいし、外にでもご飯を食べに行こう。


 そう思い、私がベッドから起き上がったその瞬間だった。スマートフォンが振動音を鳴らしたのは。


 見ると國武さんからラインが来ていた。だけれど、その文面は「真鍋さん、すいません」といったもので、心配になった私は、すぐにトーク画面を開いていた。「どうかされましたか?」と返信を送る。


 國武さんがさらに返信をしてくるまでの間に、私にはいくつか良くない予感が過った。


「昨日、Youtubeに投稿した新作映画のレビュー動画が、軽く炎上しかけてます」


 その文面に、一瞬私の考えは止まりそうになる。すぐに國武さんが立て続けにスクリーンショットを送ってくる。


 それは匿名のアカウントがエックスにした投稿で、私たちの動画とともに「この動画が言っていることは的外れもいいとこ。『スヌーザー・イン・ザ・スカイ』が描いていることをまったく読み取れていない。あえて批判をして再生回数を稼ごうとしているのが見え見え。バカみたい」という文章がつけられていた。リポスト数も一〇〇を超えている。


 危機を感じた私はさっそくエックスを開いて、その投稿を表示する。すると、その投稿に賛同する引用リポストがいくつもついていた。それはその映画を面白いと感じた人たちによる批判コメントで、私は少し頭がくらっとしてしまう。


 追い打ちをかけるように、國武さんは「どうしましょうか? やはり謝罪するべきでしょうか?」とラインを送ってくる。私だって投稿には細心の注意を払っていたし、それでも炎上する可能性も考えなかったわけではない。


 でも、いざそれが現実に起こると、私は軽く混乱してしまっていた。


「ひとまず私たちの方で対応を考えさせてください」ととりあえずのメッセージを送り、私は今度はYoutubeを開いた。昨日の夜に投稿したその動画は、既に三〇〇〇回以上再生されている。でも、それもあまりいい意味ではなさそうだ。


 私は改めてその動画を再生する。そこでは國武さんがその『スヌーザー・イン・ザ・スカイ』に対して忌憚のないレビューを語っていた。俳優の演技やシーンに合った美術など良かったところも語ってはいるが、それでも後半にはその映画が持つ構造的な問題点を指摘することに時間が割かれていた。


 でももう一度聴いてみても、國武さんの指摘は私にとっては『なるほど』と思えるものだったし、ちゃんと根拠を持って作品を批評している。


 だけれど、それがこの映画のファンの神経を逆なでしたのだろう。この映画はSNSでの反応も良いし、レビューサイトでの評価も平均して星3.8と高い。主演俳優の二人も、根強いファンを持っている。好評が多いなかで、苦言を呈している國武さんの動画は、浮いてしまっていたのだろう。


 改めて見返してみても、私には特に謝罪をするほどだとは感じられなかったが、それでもコメント欄には批判がいくつも並んでいる。やはり謝罪したり、動画を削除したりした方がいいのか。


 どうしていいのか分からなくなり、私はひとまず出水さんに現状を説明するラインを送った。


 きっとまだ出水さんは仕事中なのだろう。ラインにすぐに既読はつかなくて、私は少しやきもきしてしまう。SNSでの炎上は、早めの対応が肝心なのに。


 こうしている間にも、火種となった投稿は拡散され続けているだろう。そう思うと、私はじっとしてはいられなくなる。何度もスマートフォンをチェックする。


 出水さんが返信してきたのは、私がラインを送ってから一〇分以上が経ってのことだった。「事態は把握した」というメッセージに、私は縋るように「どうしましょうか?」という返信を送る。


 それから数回のやり取りを経て、問題となった動画を削除して、エックスに謝罪文を投稿することが決まった。それが私にとっては言いがかりにさえ思えることでも、映画の公開を間近に控えた今は、どんなリスクでも最小限にしておくべきという判断だ。


 謝罪文は出水さんが考えてくれるようで、私はライン上で何度も謝った。私のチェックが甘かったから。いや、そもそも私が新作映画のレビュー動画を投稿しようと、國武さんに持ちかけたから。今の事態は全て私のせいだと、私は感じてしまう。


 それでも、出水さんは「いいよ」と私を許してくれた。内心でははらわたが煮えくり返っているかもしれないのに、私を気遣う言葉さえ送ってくれていて、私は頭が上がらない。


「チャレンジした結果なんだからしょうがないよ」と直接声をかけてくれているようで、泣きたくさえなっていた私の気持ちも、少しは抑えられた。



(続く)

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