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【第39話】一般試写会


 映画の上映が終わる頃になって、私たちは腰を上げてスクリーンの出口へと向かっていく。そして、映画が終わった頃合いを見計らって、私はスクリーンのドアを開けた。一人ずつ出てくる参加者に、私たちは逐一「ありがとうございました」とお礼をする。


 ほとんどの参加者は私たちを無視することなく、軽く頭を下げ返すくらいのことはしてくれて、その中には私たちに話しかけてくれる人もいた。「良かったです」「面白かったです」と感想を言葉にされて、私はその度に安堵に包まれる。


「つまらなかった」などといったネガティブな感想をわざわざ伝えてくるような性格の悪い人は一人もいなくて、伝えられる前向きな感想は、私たちを「今回の試写会を企画してよかった」という気にさせていた。


 参加者が全員帰っていって、後片付けも完了して、私たちが解散してそれぞれの帰路に就いたとしても、私の仕事はまだ終わってはいなかった。家に帰って私はまず、普段使いしているノートパソコンを立ち上げる。


 私にはSNS担当として、SNSに投稿された感想をチェックして、好意的なものはリポストやいいね! をして拡散させるという仕事が残っていたからだ。


 今日来てくれた参加者の多くは、観た映画の感想をこまめにSNSに投稿している。きっと良くも悪くも、何らかのリアクションはあるはずだ。


 私はエックスを開き、検索窓に『いつの日か青かったねと思い出す』と打ち込んだ。そして、祈るような気持ちで検索をかけてみる。


 すると、試写会の感想と思しきポストは既にいくつか投稿されていた。それらに私は一つずつ目を通していく。それは例えばこんな感じだった。


猫背@nekoze_reborns

11/14公開『いつの日か青かったねと思い出す』試写にて鑑賞。

一人ぼっちの少女の前に自分にしか見えない秘密の友達が現れる。初監督作らしく瑞々しい演出が胸を打つ一作。主役二人の存在感も抜群。切実なストーリーに涙腺が緩んだ。今年のインディーズ邦画を代表する作品。☆4.3

#映画いつ青 #PR #猫背映画


 その投稿を見て、私は思わずガッツポーズをしたくなった。このアカウントはフォロワー数も多く、日本の映画ファンの中では一二を争う影響力があると言っていい。私も、学生の頃から何度も参考にさせてもらっている。


 そのアカウントにこうして認めてもらったことに、私は手放しで喜んでもいいと思える。星二つ台の辛口評価も珍しくないから、四.三というのはかなりの高評価だ。


 実際にポスター画像つきのそのポストは、投稿から一時間も経たないうちに既に二〇件ほどのリポストと、一〇〇件を超えるいいね! を獲得している。それは私が運営している公式アカウントをも上回る勢いだった。


 きっと多くの映画ファンが、『いつの日か青かったねと思い出す』の名前を知ったことだろう。


 私としてもリポストやいいね! をするのにためらいはいらなかった。私がリポストをすると、さらにまたリポストは増える。『いつの日か青かったねと思い出す』の名前が今までにない勢いで拡散されていることに、私が喜びを抱かないはずがなかった。


 それからも、私は『いつの日か青かったねと思い出す』の感想ポストを見続ける。


 ざっと見てみても、『いつの日か青かったねと思い出す』の評価は肯定的なものが多く、中にはいくつものポストを連続させて、映画の感想を熱く語っているアカウントもあった。一見すると、今日エックスから試写会に参加してくれた全員が、前向きな感想を投稿してくれているように私には見える。


 もちろん、ここでボロクソにこき下ろすような真似をしたら、これから別の映画の試写会にも呼ばれなくなるという恐れは、あったのかもしれない。でも、好評一色に染まっている光景はそれだけでは説明できないように、私には思われる。


 これは紛れもなく『いつの日か青かったねと思い出す』が、今日の試写会の参加者にも受け入れられたということだろう。


 私たちは当然、自分たちが配給する映画には自信を持っていたけれど、私は批判されることもある程度覚悟はしていたから、それがなかったことにひとまず安堵する。


 見れば見るほど喜びは湧いてきて、私はそれらの投稿全てにリポストといいね! をした。それぞれの投稿にも少なくない数のリポストやいいね! がついていて、『いつの日か青かったねと思い出す』の名前がまた一つ広まったことを、私は感じる。


 映画の公開に向けて、追い風が吹いているような。もうすぐ迎える公開日が、私には余計に楽しみになっていた。





 それからも映画の公開が近づくにつれて、私たちの仕事は加速度的に忙しくなっていた。取材や公開されてからの舞台挨拶を含めた國武さんたちのスケジュールを押さえたり、手分けして全国の映画館へ劇場営業に赴いたり。


 私もそれらの業務に従事しながら、なおかつSNSの運用にも余念がない。公開まで一ヶ月を切って、私はエックスやインスタにカウントダウンの意味も含めて、毎日何かしらの投稿や画像を上げるようになっていた。反応も徐々に増えつつあり、各映画館の公式アカウントも『いつの日か青かったねと思い出す』の上映を告知してくれる。それらの投稿にリポストやいいね! をして拡散する。


 エゴサーチも欠かさず行い、私は毎日夜の九時や一〇時にオフィスを出るような日々を続けていた。


 その日も私は、夜の九時半過ぎまで残業をしていた。オフィスを後にした私は小走りで、最寄り駅へと向かう。駅前の書店は、夜の一〇時で閉まってしまうからだ。


 なんとか閉店前に到着した私は、すぐに雑誌コーナーに向かった。その雑誌を見かけると私はすぐに手に取り、レジへと持っていく。その間も、私はドキドキせずにはいられない。


 今日は業界最大手の映画雑誌「月刊キネトグラフ」の発売日だった。


「月刊キネトグラフ」略して「月キネ」を購入した私は、電車に乗って空いている座席に腰を下ろすとすぐに、バッグから取り出していた。目次を確認すると、他の記事には目もくれずに、すぐにそのページを開く。毎月二五日に発売される「月キネ」は、その次の月に公開される映画のレビューを行っているのだ。


 もちろん紙幅の都合上全ての映画を網羅しているわけではなく、私たちは出水さんの伝手と安くない依頼料を払って、『いつの日か青かったねと思い出す』を扱ってもらっている。


 果たして、どんな評価が下されているのか。私はドキドキしながら記事に目を通す。『いつの日か青かったねと思い出す』は五〇音順で早いこともあって、一一月一四日公開の映画の最初に紹介されていた。


 そして、目に留まった評価に私はまず驚いてしまう。三人のライターが下した評価はそれぞれ五段階評価で、星四つ、星四つ、星五つといったものだった。これは他の映画と比較するまでもなく、紛れもない高評価だろう。


 添えられた講評も多くが褒めたたえていて、星五つという最高評価をしてくれた人は、「必見」とまで言ってくれている。


 もちろんこの人たちも原稿料をもらっているとはいえ、全ての映画に高評価を下すわけではない。事実、隣で紹介されている映画には、星二つという評価も見られる。正直な評価を下すことが、その書き手の信頼を形作っていくのだから、高く評価されたことが私にはこれまで以上に嬉しく思える。


 これでこの雑誌を読むような映画ファンの中では、『いつの日か青かったねと思い出す』の名前は、また一つ刻まれたことだろう。公開日に向けて、私は期待を抱かずにはいられなかった。


 さらに気になって、私はページを捲る。すると次のページには『世界が変わる朝に』のレビューも掲載されていた。同じく三人のライターが評価していて、それは順番に星三つ、星四つ、星三つというものだった。


 もちろん、これもまったくの低評価ではない。むしろ高評価の部類に入るだろう。


 それでも、私は『いつの日か青かったねと思い出す』の方がより評価されていることを、誇らしく思わずにはいられない。この雑誌内でも監督やキャストのインタビューが組まれているから、注目度はまだ『世界が変わる朝に』の方が上だろう。


 だけれど、その注目されている映画を『いつの日か青かったねと思い出す』は、評価で上回っている。それはたとえわずかでも『いつの日か青かったねと思い出す』に注目が向くであろうことを意味していて、私たちにまた一つ風が吹きつつあることを、私は着実に感じていた。


 それからも私たちが毎日のように忙しさを増す業務に取り組んでいると、カレンダーはいよいよ『いつの日か青かったねと思い出す』が公開される一一月を迎えた。私たちは少しでも映画を多くの人に観てもらうために、映画が公開された後の展開も意識して、業務を必死にこなす。


 でもそれは、西宝の津島さんたちが所属する『世界が変わる朝に』の宣伝チームも同様だ。


 四谷さんが言うところによると、新宿駅の地下通路にでかでかと『世界が変わる朝に』のポスターは掲示されているようで、写真を見せてもらうとその大きさは私が想像していた以上だった。他にも電車の車内などに屋外広告を出していることは、私には容易に推測できる。


 SNSを見ていても、『世界が変わる朝に』の監督やキャストのインタビュー、著名人によるレビューは公開が近づくにつれて増えてきている。きっと公開日である一一月一四日の付近では、知名度のあるキャストがテレビのバラエティー番組やインタビュー番組などに出演して、映画の宣伝を行うのだろう。


 それだけ大規模な宣伝をするということは、相応に費用もかかっているということで、私たちは西宝や津島さんたちも必死なのだと知る。いくら人気漫画が原作で、キャストも有名だとしても、それだけで観客が入るほど、映画の興行は甘くない。


 相手の本気度を知って、よりいっそう業務に励まなければと、私たちは気持ちを新たにする毎日だった。



(続く)

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