【第36話】予告編
それから出水さんを中心にネットメディアや映画館といった関係各所にかけあって、『いつの日か青かったねと思い出す』の予告編の公開日は、一〇月の八日に決まった。木曜日であるこの日にネット記事で予告編を公開し、その翌日である金曜日から、さっそく上映館でかけてもらおうという判断だ。
そう決まったとき、私はわりと先のことだなと思ったのだが、それでも完成して次の日に公開というわけにもいかないので、納得する。
それでも、予告編が公開されるまでの一日一日が待ち遠しくて、私には今までよりもさらに長く感じられた。
そして、Youtubeに浦田さんや佐伯さんの「人生で影響を受けた映画三本」の動画を投稿したり、SNSのチェックや更新、関係各所とのやり取りといった業務を続けていると、一日一日は着実に過ぎ去っていき、私たちは予告編の公開日である一〇月八日を迎えた。
その日、私はドキドキするあまり朝の六時には目を覚ましていた。予告編が公開されるのは正午だと分かっていながらも、私は気持ちが逸ってしまい、居ても立っても居られないような思いに駆られる。
それはオフィスに出勤しても同様だ。別の業務をしていても、私は来たる予告編の公開時間に向けて、あからさまにソワソワしてしまう。そうしていても、公開時間は早まるわけではないのに。
私は少し集中力を欠いてさえいて、それは今一緒にオフィスにいる立石さんにも軽く注意されてしまいそうなほどだった。
午前の一一時を回ると、さらに私の気持ちは急きたてられていく。一分一秒が、情報解禁された日よりも長く感じられる。
それでもいくら私がソワソワしていても、時間は変わりのない速さで過ぎ去って、いよいよ正午を迎えた。
その瞬間、私はブラウザに表示しておいたエックスやインスタグラム、Youtubeといった各SNSを次々と更新した。すると、そのどれもにしっかりと予告編を公開し、それに合わせて公式ホームページもリニューアルしたという投稿がなされていた。それは予約投稿をしていたから、ある意味当たり前だったけれど、それでも万が一の事態も想定していた私は、ひとまず胸をなでおろす。
さらに、エックスやインスタグラムには木蓮監督が映画に寄せてくれたコメントの全文も画像の形で投稿されていて、改めてそれを目にすると、何度も読んだはずなのに、私には新鮮に目頭が熱くなるようだった。
私はそれからも各SNSをこまめに更新し続ける。公開された予告編を含む投稿に最初のいいね! がついたのは、私が各ネットメディアに掲載された記事をリポストしている最中だった。
それは投稿されてから一分も経っておらず、しかもいいね! してくれたのは、國武さんたち関係者ではない一般のアカウントだった。それは私の方からフォローをしたアカウントで、おそらくはたまたまこの瞬間にタイムラインを更新しただけなのだろう。
それでも、私には当然嬉しい。こちらから積極的に一般のアカウントをフォローしていった甲斐があったなと、投稿してすぐに私には思えていた。
さらに、エックスのその投稿を最初にリポストしてくれたのも、また一般の映画好きのアカウントだった。それは投稿してから三分もかかっていなくて、さらにそのアカウントのフォロワーは、千人を超えていた。
もちろんフォロワー数の多寡で反応を変えてはいけないが、それでも私はそのことがより嬉しく思える。きっと同じように何人かの映画好きのアカウントにも、『いつの日か青かったねと思い出す』の存在は認知されたことだろう。どんな映画でも、まずは知ってもらわなければ何も始まらない。
さらに、いいね! が二件つく。その様子を眺める私は、たぶんとても緩んだ表情をしていた。
それからも私はブラウザをこまめに更新し、各SNSの反応をチェックする。投稿がされてから最初の一時間で、エックスの投稿は一三件リポストされていたし、その中には引用リポストも何件かあって、それは國武さんをはじめとするスタッフ・キャストのものが大半だったが、「面白そう」と簡単なコメントを添えて引用リポストしてくれた、私がフォローしていないまったく見知らぬアカウントもあった。
私はさっそくその投稿をリポストして、さらにアカウントをフォローしていく。本当は「反応してくださってありがとうございます!」とダイレクトメッセージでも送りたかったが、それはさすがに過剰に思えた。
インスタグラムでの投稿にもいいね! は最初の一時間で二桁ついていて、Youtubeの再生回数も六〇回を超えていた。立石さんに聞いたところによると、リニューアルした公式ホームページのPVも最初の一時間で、情報解禁された日の五倍以上にも上っているらしい。その全てが、私の表情をさらに締まりのないものにさせる。
エックスやインスタグラムで映画のタイトルや、「#映画いつ青」で検索すると何件かの一般のアカウントの投稿はヒットし、私はほくそ笑みたくさえなってくる。
それはSNSだけではない全ての宣伝業務を行っている私たちによる、現時点での何よりの成果だった。
それからもリポストやいいね!、再生回数はゆっくりでも着実に増え続けていた。エックスの投稿へのリポスト数は日付が変わるまでに二五件に達し、インスタグラムの投稿へのいいね! も三〇件を超えていた。
Youtubeでの予告編の再生回数も一日のうちに一五〇回を超えていて、私は思わずにやついてしまう。少しずつでも確かに、『いつの日か青かったねと思い出す』の認知度は上がってきているようだ。
でも、まだまだ足りないとも、私は嬉しさと同時に感じる。映画をヒットさせるためには、もっと従来の宣伝やSNSを活用して、作品の存在を世の中に知らせていかなければならない。
私たちがすべきことはまだまだたくさんあるのだと、私は明日以降に向けて、もう一度気を引き締めた。
それでも、次の日には私は現実を突きつけられる。目を覚ました私は毎朝そうしているように、自然な流れでスマートフォンを手に取って、エックスを開いていた。タイムラインの投稿をいくつか眺めてみる。
すると、フォローしているアカウントの日常的な投稿に混じって、その投稿はなされていた。映画『世界が変わる朝に』が。予告編の第二弾を投稿していたのだ。
八月に第一弾の予告編を投稿していてもなお、話題作りのためにさらなる予告編を投稿する。西宝のような大企業なら、別に不思議なことじゃない。
でも、そのこと自体よりも、私の目はその投稿に寄せられた反応に一気に覚める。投稿してから三〇分ほどでリポスト数は五〇〇件、いいね! の数は二〇〇〇件を数えていたのだ。
きっと主演の男性俳優が人気アイドルグループのメンバーだから、そのファンがこぞってリポストやいいね! をしているのだろう。でも、それも映画を構成する要素のうちの一つだ。何一つ悪いことはない。
でも、たとえそうだとしても『いつの日か青かったねと思い出す』が半日かかってようやく得た反応の、およそ二〇倍にも上る数字を『世界が変わる朝に』がたった三〇分で叩き出している現実は、私の脳をしたたかに揺さぶる。
片や、全国のシネコンで上映される大作。片や、多くても十数館のミニシアターでしか上映されないインディーズ映画。その注目度の差は、私だって分かっているつもりだった。
でも、こうして現実として見ると、私が抱いていた嬉しさや明日からもまた頑張ろうという決意は、些末なものにさえ思えてくる。そうしているうちにもリポストやいいねの数はどんどんと増えていて、私は思わずエックスを閉じていた。これ以上現実を思い知らされるのが、怖くさえあった。
私はベッドから起き上がって、ひとまず気持ちを入れ直そうと、洗面所へ向かおうとする。でも、そうしようとした瞬間に、私のスマートフォンは振動音を鳴らしていた。
振り返って画面を確認する。そこには津島さんからのラインが来ていた。
〝今日って仕事、何時に終わる?〟
(続く)




