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【第33話】試写会再び


 対談を終えた浦田さんたちを最寄り駅まで送って、オフィスに戻ってきた私はさっそく自分の仕事を再開させる。Youtubeの管理画面を見ながら、これからどんな動画を投稿すればいいか考えていく。


 そうしていると、映画雑誌を発行している出版社との顔合わせを終えた出水さんがオフィスに戻ってくる。出水さんが自席につくと、私はすぐに浦田さんたちの対談の様子や、二人が動画の投稿を手伝いたいと申し出てきたことを伝えに行った。


 話を聞いた出水さんは、その場で長谷川さんに電話をかけていた。映画の宣伝でもプロデューサーである長谷川さんに連絡を取らなければならないことは多い。


 出水さんが長谷川さんと電話をしているのを、私は固唾を呑んで見守る。


 そして電話を終えた出水さんが言うには、長谷川さんから浦田さんたちが動画の投稿を手伝ってもいいという許可が出たらしい。それを聞いて、私はほっと胸をなでおろす。自分一人の力では継続的な動画投稿は難しかったし、浦田さんたちの思いも無駄にはならなくて良かったと感じた。


 最初に投稿する動画のテーマは、私が國武さんに訊かれたように「人生に影響を与えた映画三本」にすることに決まり、どうせなら監督である國武さんにも同じように声をかけてみようということも、出水さんとその場で話して決まった。


 私はまず動画を撮ってほしいことを、その上で國武さんにはさらに撮影した動画の編集もしてほしいことを、メールで伝える。


 すると、その日のうちに三人からは「ぜひお願いします」と、前向きな返事が送られてきた。國武さんも動画撮影のみならず編集にも前向きで、そこまでやってくれることに私は頭が上がらない思いだった。


 三人から動画のアイデアや、こういうことを喋りたいという簡単な原稿を貰い、私がそれをチェックする。問題がないことを確認し、三人にそれぞれ動画を撮ってもらう。字幕や映画のポスター写真といった補足説明、簡単な効果音などを國武さんにつけてもらう。


 そうやって動画の完成を待っている間にも、私たちは自分たちの仕事を着々と進めていた。


 私はエックスやインスタグラムへの投稿を欠かさなかったし、木蓮さんは地方の映画館まで足を運んで劇場営業をしてくれている。四谷さんは宣伝物の作成に忙しく、立石さんは近々控えた公式ホームページのリニューアルにかかりきりだ。


 そして、それら全てを統括する出水さんといった具合に、私たちは週に一日しか休めないほどの慌ただしい毎日を送っていた。


 そうしている間に九月も終わろうとしていて、その最後の水曜日、私たちは夜の七時になると、再び新宿武蔵野館に集合していた。理由はもちろん仕事のためだ。今日は『いつの日か青かったねと思い出す』の、二回目の試写会があるのだ。


 前回の初号試写はいくらなんでも開催するのが夜中すぎたという反省があったから、今日の試写会は夜の八時からの予定となっている。新宿武蔵野館にはこの日最後の回の上映を取り止めてもらう他なく、その分使用料金も割高になっていたけれど、それもやむを得ないだろう。


 新宿武蔵野館に到着した私たちは、さっそく今日の試写会の準備を始める。でも、二回目ともなると少し慣れたもので、参加者名簿の確認やポスターの提出といった準備も、初号試写のときと比べるといくぶんスムーズに終わった。


 私も三〇分前には前回と同様、売店に立って参加者がやってくるのを待つ。ロビーは他のスクリーンでこの日最後の回の上映が始まったこともあって、誰もおらず静かだった。


 最初に試写会に参加者がやってきたのは、上映開始の二〇分ほど前だった。やってきた女性は著名な映画雑誌にも映画のレビューを掲載しているライターで、私も知っている名前だったから、名乗られたときに一瞬ドキッとしてしまう。


 それでも、私は出水さんの口利きで来てくれたその女性を、そつなくスクリーンに案内する。試写会は二回目だったから、受付を担当する私にも少し慣れてきた部分はあった。


 そこからは堰を切ったかのように、試写会には続々と人がやってきていた。ライターや関東近郊のミニシアターの支配人、初号試写には都合がつかず来られなかったキャストやスタッフ。


 さらには、國武さんや長谷川さんも、今日の試写会には参加するようだった。受付で少し話した限りでは、國武さんは初号試写のときと同じくらい緊張していて、その理由も私にはすぐに感づく。私もまた同じ理由で、緊張を抱いていたからだ。


 それからも私が参加者への案内を続けていると、その人は間もなくしてやってきた。エレベーターが開いて、入ってきた瞬間に、私の胸はどきりと跳ねる。


 筋肉質な体型に紺のジャケットがよく似合い、口の周りに伸びた髭と、四角い眼鏡の奥の目が鋭い印象を与える。その姿は、私が何度か写真やメディアで目にしたことがある、その人そのものだった。


「いらっしゃいませ。お名前をお聞かせいただけますか」と私が呼びかけると、その人は表情を少しも変えないまま答えた。


「木蓮桐梧です」


 そう低い声で言われて、私は今目の前にいる人が紛れもなく実在していることを、改めて認識する。


 今日の試写会に、映画監督の木蓮桐梧さんが来たのは偶然ではない。息子である木蓮さんが呼びかけてくれていたのだ。ぜひとも『いつの日か青かったねと思い出す』を宣伝するためにも、「木蓮桐梧」の名前を貸してほしいと。


 木蓮監督もそれを承諾してくれて、今日の試写会に来てくれている。もし気に入ってもらえたり、面白いと感じてもらえたのなら、私たちは木蓮監督のコメントを、映画の予告編やパンフレットに使わせてもらうことも考えている。


 でも、それはあくまで木蓮監督の印象次第だ。私はせめて映画を気に入ってもらえますようにと、内心で祈る。


「はい。確認しました。今日はお越しいただきありがとうございます。映画は三番スクリーンでの上映です。八時からの上映になりますので、それまではロビーでお待ちください」


 名簿に木蓮監督の名前があることを今一度確認してから、私はそう告げる。緊張していることをなるべく表に出さないように、穏やかな口調で。


 木蓮監督は「ありがとうございます」と一言言うと、スクリーンへと向かっていった。


 その姿を見送って、私は一つ息を吐く。まだ試写会は始まっていないのに、それでも少し肩の荷が下りた感覚がした。


 それからも受付業務を続ける私に、上映五分前になって立石さんがやってくる。「受付を代わるから、映画観てきていいよ」とのことだ。


 私はいったんは「いえ、大丈夫です」と遠慮したものの、立石さんに「いや、私たちの方こそもう一度観たから大丈夫だから」と言われると、断るのが申し訳なく思えてくる。


 だから、私は立石さんの言葉に甘えて受付業務を代わってもらい、上映間近のスクリーンに向かった。


 参加者で半分以上が埋まっているスクリーンのなかで、私は一番後方の座席に座る。誰かの前に座ることは、邪魔になるようで気が引けていた。


 上映開始を告げるベルの音が鳴ったのは、予定時間である夜の八時ちょうどだった。スクリーンの照明が落とされるなかで、私もスマートフォンの電源を切る。


 すると、映画はマナーCMや予告編もなしに、すぐに始まった。


『いつの日か青かったねと思い出す』はプレゼンでの資料作りのときをはじめとして、宣伝業務を行う上で私はことあるごとに見返している。


 それでも、映画館の環境で観るのは、初めて観た上田映劇のとき以来で、私には自分でも驚くほど新鮮に感じいた。あの展開もこのセリフも全てを知っているはずなのに、映画館の暗闇の中で観ると、得も言われぬ没入感がある。


 もう何十回も見返しているのに、終盤では涙を流しそうなほど感動して、映画館という場の特別さを私は身に染みて味わっていた。


 映画は私にとってはあっという間に終わり、エンドロールに入っていた。それを見ながら、私はしばし感慨に浸る。やはり『いつの日か青かったねと思い出す』は素晴らしい作品だ。映画館の環境で観たらなおさらそう感じられて、私は一人でも多くの人にこの映画を観てほしいという思いを、新たにする。この後に控える参加者の見送りにも充実した状態で臨めそうだ。


 そう思っていた矢先、スクリーンに映し出された文字列に私の目はさらに留まる。エンドロールの後半、「宣伝」の文字とともに私たちの名前が映し出されていたからだ。初めて観たときにはなかったそのクレジットに、私は一瞬身を乗り出しそうになるほど驚いてしまう。


 でも、落ち着いてスクリーンに自分の名前が映し出されているのを見ると、私はよりいっそうの感動に包まれた。


 エンドロールに自分の名前が載っていること自体は、西宝にいたときに私も目にしたことはある。それでも、雑務ばかりしていた自分が載っていることに私は気後れしていたのだが、今はそんなことは感じない。


 自分が提案して、買い付けて、劇場営業やSNSへの投稿といった宣伝業務を担当している実感がはっきりとあったから、純粋に嬉しいという気持ちだけがある。その意味合いは西宝時代とは大違いで、私は改めて涙を流してしまいそうになる。


 それは終盤に「配給 epoch making」と映し出されたときも同様だ。私たちがやってきたことが、はっきりとエンドロールには刻印されていて、私はepoch makingに移ってよかったと心の底から思う。この光景を見せてくれた立石さんたちにも、内心でありったけの感謝をした。



(続く)

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