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【第31話】対談


 九月に入っても、私は相変らずの忙しさに追われていた。劇場営業に、パンフレットや予告編の制作会社とのやり取り、SNSのチェックや更新を日々目まぐるしく行う。


 特にSNSは毎日反応をチェックしたり、タイトルやハッシュタグで検索をかける。それでも、まだ公開まで二ヶ月ほどあるなかでは、反応している人はほとんどおらず、ヒットするのは國武さんをはじめとした関係者の投稿ばかりだった。最低でも週に一度は投稿しているエックスへの反応も、ここ最近は少し伸び悩んでいる。


 それでも、私はめげずに制限にかからない程度に、映画好きと思われるアカウントをフォローしていく。『いつの日か青かったねと思い出す』のようなインディーズの邦画では、こちらから存在をアピールしていかないと、どうにもならなかった。


 その日も、私は朝起きてすぐにエックスを開いていた。映画の公式アカウントではない、自分のアカウントだ。


 少しタイムラインを眺めて、フォローしている人の投稿をチェックしてから、私は何の気なしにトレンド欄を開く。すると、トレンドの一番上には、あるバンドの名前が上っていた。そのバンドは今一番勢いがあると言ってもよく、音楽にはあまり詳しくない私でも何曲かは知っているくらい有名だ。


 気になって、私はその名前をタップする。すると、一番上に出てきたのは、なんと『世界が変わる朝に』の公式アカウントだった。


「主題歌決定!」と銘打たれた投稿には、そのバンドの名前と新曲と思しき曲名が記載されていた。リプライには画像で、そのバンドのギター・ボーカルのコメントも掲載されている。


 それを見たとき、私の目は一気に覚めた。西宝は本気で、『世界が変わる朝に』をヒットさせようとしている。そのことがまざまざと伝わってきたからだ。


 実際、その投稿はまだ投稿されてから一時間も経っていないのに、リポストの数は早くも千件を突破していた。言わずもがな、「いいね!」はその何倍も多い。


 それは『いつの日か青かったねと思い出す』の公式アカウントではとうてい到達できないような数字で、私は内心震えあがってしまう。『世界が変わる朝に』との差が、公開される前からまた開いたかのようだった。


 そのインパクトが抜けきらないまま、私はオフィスに向かっていた。到着すると室内には誰もいなくて、どうやら私が一番乗りらしい。


 自席に座り、まずはメールをチェックすることから私はこの日の仕事を始めたけれど、頭はそう簡単には仕事モードに切り替えられなかった。


 こうしている間にも、『世界が変わる朝に』の主題歌決定の投稿はどんどんとリポストと「いいね!」をされて、加速度的に拡散している。そう考えると、私はにわかに焦りだしていた。


 出水さんが出社してきたのは、私が出社してから一〇分ほどが経った頃だった。軽く挨拶をされて、私も「おはようございます」と頷く。


 でも、その声はどこか揺らいでいて、出水さんはそれをはっきりと感じ取ったらしい。自席に荷物を置くとすぐに私の方へと向かってきていて、私は若干だけれど動揺してしまう。


「理歩ちゃん、どうかしたの? なんか表情が冴えないけど」


 そう話しかけてきた出水さんに、私は「え、ええ」と曖昧な相槌を打つことしかできない。でも、それは何かがあったことを認めているに等しかった。


 出水さんの心配する視線が、肌に刺さってくるようだ。


「もしかしてだけど、今朝の『世界が変わる朝に』の投稿を気にしてる?」


 いきなり図星を突いてきた出水さんに、私はとっさに「い、いえ、そんなことはないですけど……」と、否定してしまう。でも、その口調は自分でもびっくりするくらい頼りなかった。


「いや、そんなにごまかさなくてもいいよ。私も今朝起きて、その投稿を見たときはびっくりしたから。まさか今一番流行ってるバンドを主題歌に起用するなんてね。本気度がひしひしと伝わってきて、私もやることえげつないなとすら思ったから」


「そうですよね……。私も本当にちょっとだけなんですけど、本気すぎて引きましたから。あの、私たち勝てるんでしょうか……。『世界が変わる朝に』を、興収で上回ることができるんでしょうか……」


「理歩ちゃん、それはできるって信じないとダメだよ。絶対にうまくいくって自分に言い聞かせなきゃ。と言いたいところなんだけど、ねぇ理歩ちゃん。今、各SNSのフォロワーはどれくらいいるの?」


「えっと、ちょっと待ってくださいね」そう言ってから、フォロワー数を改めて調べるために、私はパソコンに向かった。ブラウザのタブを更新して、それぞれのSNSのフォロワー数をチェックする。


 だけれど現実は厳しくて、私は口をつぐみそうになってしまう。それでも、出水さんが隣にいる手前、言わないわけにはいかなかった。


「……エックスが二一三人、インスタグラムが九五人、Youtubeのチャンネル登録者数が一八人ですね」


「そう。思っていた以上に伸び悩んでるね」


 そう言った出水さんに悪気はなく、思ったままを言っただけなのだろう。それでも、私は自分が責められているような感覚を抱いてしまう。実際、SNSの担当者は他でもない私なのだから、フォロワー数があまり増えていないことにも、私に全ての責任があるだろう。


「す、すいません。何とかフォロワー数を増やして、もっと『いつの日か青かったねと思い出す』を広められるように頑張ります」


「うん。ぜひそうしてほしいんだけど、具体的にそれはどうやってやるの?」


「そ、それは……」


 私は言葉に詰まってしまう。具体的な方策があって口にしたわけではまったくなかった。


「まあさ、困ったなら私にも相談してよ。私も、一緒に解決策を考えることぐらいはできるから」


「は、はい。そうさせていただきます」


 私はまさに今困っていたが、それでも今ここで出水さんに頼ることは気が引けた。社長である出水さんは、私よりもずっと忙しいのだ。だったら、もうしばらくは自分で頑張ってみるべきだろう。


 たとえそれが間違った選択だとしても、今の私が選べる答えはそれしかないように思えた。


 会話が終わって、出水さんは自席に戻り、自分の仕事を始めていた。今日も地方の映画館に劇場営業に行っている木蓮さんを除いて、四谷さんや立石さんも出社してくるなか、私も自分の仕事をこなしていく。


 でも、そんななかでも喫緊の課題であるSNSの運用をどうするかで、私の頭は大部分が占められていた。もっと投稿頻度を増やした方がいいのか。


 でも、何を投稿すればいい。頭の中をぐるぐる回る考えは、まさに堂々巡りといってよかった。


 それでも、昼食を普段よりも一時間早く済ませた私は、次の仕事の準備に取りかかる。会議室の準備を整えてから、社用車を駅へ向かって走らせる。近隣の駐車場に車を停めてから、私は駅の改札へと向かった。


 少し待っていると、ホームからの階段を下りてくる人々の中に、私はその二人の姿を見つける。今日は、パンフレットに掲載される浦田さんと佐伯さんの対談が行われる、まさにその日だった。


 九月になってもまだ蒸し暑い日が続いているからか、二人はTシャツにジーンズやスカートを合わせた飾らない格好でやってきていた。二人と合流して「今日はよろしくお願いします」と挨拶を交わすと、私たちはさっそく車に乗ってオフィスに戻った。今日の対談も國武さんへのインタビューと同様、私たちのオフィスの会議室で行われる。


 私たちがオフィスに戻った頃には、今日の対談を取材してくれるライターの谷地さんと、撮影してくれるカメラマンの金森(かなもり)さんも既にやってきていた。二人とも國武さんのインタビューや撮影を担当してくれた人だから、私としてもいくらか緊張せずにいられる。


 そして、簡単に挨拶を済ませると、私たちはさっそく会議室へと向かった。会議室にはポスタースタンドが立てられ、『いつの日か青かったねと思い出す』のA0判のポスターが飾られている。それは初号試写のときと同じものだったが、浦田さんたちは新鮮に色めき立っていた。


 浦田さんたちが椅子に座ると、金森さんがカメラ位置や構図を確認してから、谷地さんが進行役を務める形で、二人の対談は始まっていた。


 お互いの第一印象や、キャラクター演じるに当たって意識したこと。撮影現場でのエピソードや特に印象に残っているシーンを、二人は和やかに話していく。笑顔さえ覗いている様子は、対談を見守っている私も含めて他の人間は誰もおらず、二人だけで話しているかのようでもある。


 谷地さんの気の利いた進行もあって、対談はスムーズに進んでいく。あまり話が弾まずパンフレットに載せる内容も足りなくなったらどうしようと、私は少し心配していたのだが、どうやらそれも杞憂だったようだ。



(続く)

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