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【第30話】幸せに


「そうですね。國武さんの前でこんなことを言うのは少し恥ずかしいんですが、実は私も学生時代には映画を撮ったことがあるんですよ」


「えっ、そうなんですか!?」國武さんは、思っていたよりも驚いていた。その反応を見ると、こっちが顔から火が出そうになってしまう。


「はい。とはいっても、本当に簡単なもので。高校生の男女がだべってるだけの内容で、お見せするのも気が引けるくらいなんですけど」


「いえいえ、そんな恥ずかしがらないでくださいよ。映画を撮ったっていうのは、それだけで素晴らしいことじゃないですか。真鍋さん、凄いですよ」


「いえ、そんな凄くないですよ。私のときだってスマホ一台で映画が撮れましたし。でも、出来上がった映画は本当につまらなくて。私才能ないんだなって、作り手への道を諦めるには十分なものでした」


「でも、完成させただけで凄いじゃないですか。簡単なものでも映画を作るのってとても大変なことですし。途中でやめてしまう人もいるなかで、それができたってことは、それだけで十分誇ってもいいことだと私には思えるんですけど」


 國武さんの心遣いに、私は「ありがとうございます」とだけ返す。本当はまだかつての自分を認められていないのだが、そう言っても國武さんの前では詮無きことのように思われた。


「えっ、でも映画を撮っていたってことは、そのきっかけになるような映画が、真鍋さんにはあったんですよね? それってどんな映画なんですか?」


「國武さん、めちゃくちゃありきたりなことを言いますけど、引かないでくださいね」


「いやいや、人が大事に思ってる映画に対して、引くなんてありえないですよ」


 國武さんがそう言ってくれて、私は胸のつかえが取れるような感覚がした。おかげで、いくらかその映画の名前を挙げやすくなる。


「ありがとうございます。『ニュー・シネマ・パラダイス』なんです。私が映画を撮りたいと思うきっかけになった映画って」


 平凡すぎる私の返答にも、國武さんは「そうですか! 『ニュー・シネマ・パラダイス』ですか! 私も大好きですよ!」と食いつくような反応をしてくれたから、私はいくらか胸をなでおろす。映画好きの間では定番すぎて名前を挙げるのが憚れるような映画でも、國武さんは新鮮に反応してくれていて、やはり押しも押されもせぬ名作なのだと思えた。


「はい。私、小さな頃から色んな映画を見てきたんですけど、不思議と『ニュー・シネマ・パラダイス』は見たことがなくて。午前十時の映画祭で上映されるのを知って、この機会に観ておきたいと思って行ったんです。中二の夏に」


「そうだったんですか。で、どうだったんですか? 映画館で観た『ニュー・シネマ・パラダイス』は」


「そりゃ、もう言葉にできないほど良かったです。あの映画って、ストレートに映画愛を描いてるじゃないですか。主人公のトトの気持ちが私にも分かるようで。しかも映画館で観たから、その分没入感も凄くて。最後には今まで映画でこんなに泣いたことはないってほど、大号泣しちゃいました。映画って本当に良いなって、改めて思って。そんな映画を私も作ってみたいって、強く思ったんです」


「それは、とても素敵な経験ですね。映画作りを志す人には、誰しも忘れられない心の一本がありますから。かくいう私も、高校生のときに『ニュー・シネマ・パラダイス』を見たときは同じように泣きました。テレビで見ていても感動したんですから、きっと映画館でならなおさらなんでしょうね」


「はい。そのときの経験は、今も私の脳裏に強く刻み込まれています。もう見ると必ず泣いちゃうのが分かってるから、むしろ簡単には見返せないくらいです」


「その感覚、分かります。私にもそういう映画がありますから」


「ですよね。間違いなく、中二の夏に映画館で『ニュー・シネマ・パラダイス』を観たことは、私の人生のターニングポイントの一つになったと思います。あの経験がなければ、もしかしたら映画業界を志してはいなかったかもしれませんから」


 しみじみと語る私に、國武さんは「うんうん」と言うように頷いている。その姿は、きっと同じような経験があるのだろうと、想像に難くなかった。


「素敵なお話ありがとうございました。でも、真鍋さん。もう一本の映画は何ですか? 『ニュー・シネマ・パラダイス』と同じくらい真鍋さんの人生に影響を与えた映画とは、いったい何なんでしょうか?」


「そうですね。これは極めて個人的な話になってしまうんですけど、いいですか?」


「はい。私が聞きたいのはそういう話ですから」


 もう一本の映画の方はより私の個人的な経験に根差していたから、國武さんにそう言ってもらえると気が楽になる。最近の映画でも、恥ずかしがる必要はないのだと思えた。


「ありがとうございます。あの、こんなこと言ったら意外に思われるかもしれないんですけど、『愛がなんだ』なんです。國武さん、ご存知ですか?」


「はい、知ってます。今泉力哉監督の作品ですよね。私も配信ですけど、観たことがあります。けっこう好きな映画でした」


「はい。もちろん、映画自体が良いのは言うまでもないんですけど、それ以上にその映画を観たタイミングが、私にとっては大きくて」


「観たタイミングですか?」


「はい。こんなこと言ったら引かれるかもしれないんですけど、彼氏と別れてすぐだったんです。高二のときから、二年間付き合っていた彼氏と」


 思いきって言った私に、國武さんは少し間を置いてから「そうなんですか」と相槌を打っていた。そのわずかな間に、返事に困っていたことを私は感じ取る。


 そりゃそうだ。私だって同じことを言われたら、同じように困っていただろう。


「はい。もちろん今は違うんですけど、でも付き合っていたときの私は、その彼のことが本当に大好きで。何もしていなくてもただ一緒にいるだけで楽しかったですし、その彼のことを考えなかった日は、一日たりともありませんでした。でも、大学と専門で違うところに進学したのを機に、彼の方は一気に冷めてしまったみたいで。『別れよう』って言われるまでには、さほど時間はかかりませんでした」


「そうなんですか。それは大変でしたね」


「はい。別れを切り出されたときには、私は子供みたいに声を上げて泣いてしまいましたし、実際に別れてからはショックすぎて何日かは、専門にも行けないくらいだったんです。でも、じっと家で塞ぎこんでいるのもよくないと思って、ある日どうにか外に出てみて。それで観た映画が『愛がなんだ』だったんです」


「なるほど。それだったら、そのタイミングで観た『愛がなんだ』は、真鍋さんには効果抜群だったんですね」


「はい。予告編も見ない状態で、時間が合ったから観たんですけど、本当にグサッと刺さってしまって。あの映画って、テルコがマモちゃんに片想いしてる様子を描いてるじゃないですか。もちろん私たちは両想いだったんですけど、でもそのテルコの心情や行動が、私には他人事にはまったく思えなくて。それこそ『ニュー・シネマ・パラダイス』のときと同じように、重ね合わせて観てしまったんです」


「確かにあの映画の感想やレビューには、『共感した』って声が多かったですもんね」


「はい。私もテルコにめっちゃ共感して。というか共感以上の感情を抱いて、『テルコは自分だ』って思いましたから。でも映画は、テルコがマモちゃんから離れて自分の道を選んでいく方向に進んでいっていて、そんなテルコに私はまたしても大号泣してしまったんです。特にナカハラが言った『幸せになりたいっすね』って言葉が刺さって。私も本当に幸せになりたいって、映画を観ながら、強く思ったんです」


「それは私も印象に残ってます。あの映画を象徴するようなシーンですよね。私もぐっときました」


「ですよね。あの映画は、最後にはテルコが自分の道を見つけて進むところで終わっていて、その姿に私は大げさじゃなく救われたんです。もしあのタイミングで『愛がなんだ』を観ていなかったら、私はもっと立ち直るのが遅れていたかもしれない。もしかしたら、今ここにいないかもしれないと思うんです。誇張とかじゃなく本当に」


「確かに本当に辛いときは映画なんて見れないんですけど、でもそういったときに見た映画が救いになることってありますもんね。私もそうやっていくつもの映画に救われて、ここまでやってこれましたから。真鍋さんの言うことも分かる気がします」


「ありがとうございます。『愛がなんだ』が好きなことは会社の同僚にも言ってるんですけど、それでもどうしてそこまで好きかって話したのは、何人かの友人以外には國武さんが初めてで。そうやって『分かる』って言ってくれたことで、私も『愛がなんだ』を好きでいていいんだって、より思えました」


「そうですね。私も真鍋さんがここまでパーソナルなことを心を開いて話してくれたおかげで、真鍋さんとの距離がぐっと縮まったような気がします。これからお会いする度に、より自然な気持ちで接することができそうです」


「はい、私もです。私も話を聞いてもらえたおかげで、國武さんをより身近に感じることができました。あの、國武さん。改めてこれからもよろしくお願いしますね。また色々な場面で、お声がけさせていただきますので」


「はい、こちらこそよろしくお願いします。一緒に協力して『いつの日か青かったねと思い出す』を、一人でも多くのお客さんに観てもらえるようにしましょう」


 ざるそばを食べながらでも國武さんは微笑んでいたから、私もよりいっそう表情を緩めることができる。肩ひじ張らないとまではいかないが、それでも國武さんとはこれからも良い関係を続けられそうだと感じる。


 まだ先の次に会う機会が、私には早くも待ち遠しく思えた。



(続く)

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