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【第29話】初めて観た映画


「改めて、國武さん。今日はお忙しい中、パンフレットに掲載する写真の撮影やインタビューに応じていただき、ありがとうございました」


 私が今一度かしこまったように言うと、國武さんは「いえいえ、私もバイトしてるだけですから。全然忙しくないですよ」と、はにかみながら答えていた。その表情は本当に自然で、私もこうして仕事の延長線上でなければ、砕けた調子で話してしまいそうだ。


「いえいえ、それを忙しいって言うんじゃないんですか」


「いや、私の忙しさなんて、真鍋さんたちに比べたら大したことないですって。そんななかで、今日はこうして私のために時間を作ってくれて、私の方こそ感謝してます」


「ありがとうございます。まあ、これも仕事の一環ですからね。でも、國武さん、今日すごく堂々とされてたじゃないですか。写真撮影もインタビュー取材も、初めてとは思えないほど慣れている様子で。えっ、本当に初めてだったんですよね?」


「はい。どちらも本当に初めてでした。それと真鍋さん、私が堂々としてたって言ってましたけど、本当は私あれでも緊張してたんですよ」


「そうなんですか? とてもそんな風には見えませんでしたけど」


「まあ、友達とか周りの人が言うには、私はあまり緊張が表情とか、表に出ないタイプらしいので。だから、真鍋さんにはそう見えなくても、内心はしっかり緊張してたんです」


「そうだったんですか。私は、緊張がすぐ表に出ちゃうタイプなので羨ましいです」


 そう言った私に、國武さんは相槌代わりというように、小さく微笑んでいた。和やかなその表情に、私の心はよりほだされていく。


「ええ。でも、よかったです。今日の写真撮影も、インタビューも無事に終わって。おかげで、今はとてもホッとしてます」


「國武さん、特にインタビューではスラスラ話してましたもんね。私だったら、緊張して話せなくなってもおかしくない場面だったのに」


「はい。それは自分でも少し意外でした。でも、いくつかの作品のパンフレットを読んだりして、監督インタビューではこういったことを訊かれるのかなって、ある程度イメージが持ててたのが大きかったと思います」


「そうなんですか?」


「はい。映画の撮影と同様、準備は大切だなと思ったので。でも、今日良かったことは、それだけじゃないんです」


「それはどういったことですか?」


「真鍋さんたちが普段働いているオフィスを、この目で見れたことです。ここで『いつの日か青かったねと思い出す』の買い付けが決まって、配給や宣伝に尽力してくれてるんだなということが、ひしひしと感じられました。真鍋さんたちに対する感謝の念が、より湧いてきた感じです」


「ありがとうございます。でも、私たちの仕事は、まず配給する作品があってのことですから。今日インタビューを受けている姿を見て、『いつの日か青かったねと思い出す』を作ってくださった國武さんに、改めて尊敬の念が湧きましたよ」


「まあ、私だけの力じゃ映画はできなかったんですけどね。スタッフやキャストが、全員で力を合わせた結果ですよ」


「そうですね。國武さん『たち』ですよね。失礼しました」


「いえいえ、全然大丈夫ですよ」


 國武さんは、その相好を崩さない。暖かみのある表情に触れて、私まで頬が緩んでしまう。まだ勤務時間の最中とは思えないほど、リラックスできるようだ。昼下がりの蕎麦屋の雰囲気も、少しずつ落ち着き始めて過ごしやすい。


 だけれど、それは國武さんが何気なく口にした一言によって、少し風向きが変わったように私には感じられた。


「じゃあせっかくなので、真鍋さんのことを少しお訊きしてもいいですか?」


「えっ、私のことですか?」國武さんのその言葉が唐突なように感じたから、私は思わず驚いてしまう。それでも、國武さんは微笑みながら頷いていて、話の流れに沿ったことを言っていると思っていることが、私には窺えた。


「いやいや、私なんて話すようなことは何一つないですよ」そう続けようとしたところで、店員が二人分のざるそばを持ってやってきたから、私はいったん言葉を引っ込めた。テーブルに置かれたざるそばから、冷ややかな空気が立ち昇っている。


「ほら、いただきましょうよ」と國武さんが言ったので、私もざるそばを一口口に運んだ。つるつるとしたのどごしが美味しかった。


「いや、今日インタビューを受けている最中に思ったんですよ。私はこうして詳しく訊かれてるけど、隣に座る真鍋さんはどうなんだろうって。谷地さんの質問もあって、真鍋さんはどんな環境で、どんな映画に触れて育ってきたんだろうって思ったんですよ」


「そんなことを考えてたんですか」


「はい。思い返せば真鍋さんとは仕事の話ばかりで、そういったプライベートな話はあまりしてないなと。だから、この機会に少しでもそれができればと思って声をかけたんですけど、嫌でしたか?」


「いえいえ、全然嫌じゃないです。私も國武さんとは、もっと仕事以外の話もできたらなと思っていたので、ちょうどよかったです」


「本当ですか?」


「本当ですよ。お世辞じゃありません」


 ざるそばを口にしながら、私ははっきりと答える。ただ単に國武さんの話に合わせたわけではないことを、分かってもらうためにも。


 國武さんも頷いている。その好奇心を秘めた表情に、私はどんな話が来ても大丈夫なように、心の準備をした。


「じゃあ、まず訊きたいんですけど、真鍋さんが生まれて初めて観た映画って何ですか?」


 國武さんの質問にも、私は焦ることはない。落ち着いて「それって映画館で、って意味ですか? それとも家で見た映画も含めますか?」と訊き返すことができる。


「どちらでも結構です」と返事をする國武さんに、私は小さく表情を緩める。答えが決まりきっている質問だから、答えやすいこともあった。


「そうですね。幼稚園の頃から、親と一緒に色んな映画を観てきたんですけど、初めて映画館で映画を観たのは、小学校に上がってからのことでした」


「それは、どんな映画だったんですか?」


「ポケモンですよ。『ギラティナと氷空の花束シェイミ』っていう。國武さん、ご存知ですか?」


「すいません。私、ポケモンは通ってこなかったので。で、どうでしたか? 面白かったですか?」


「はい。話の内容はもうほとんど覚えていないんですけど、それでも面白かったという感覚は覚えています。家のテレビとは違う大きなスクリーンは、それだけで迫力がありましたし、スピーカーを通して聴こえてくる音も、臨場感があって。今まで見ていた映画とはまるで違っていて、興奮したことを覚えています」


「そうですね。私も初めて映画を観たのは、真鍋さんよりももうちょっと後のことでしたけど、それでもそのときのことは鮮明に覚えています。初めての映画館って、それだけで強烈なものがありますよね」


「はい。それで、私はすっかり映画館という場所が好きになってしまって。それからも親にせがんで、年に数回は映画館に行くようになりました。同年代の子がゲームやアニメに夢中ななかで、私は小学生の頃から、暇さえあれば映画を見ていて。今思うと、なかなかませた小学生だったなって思います」


「それは微笑ましいですね。私も似たようなものだったから分かります。あの頃って映画を見てるだけなのに、なんだか自分が大人びて思えましたよね。今振り返ってみれば、全然子供だったんですけど」


「分かります。他の子とは違うんだぞって意識がありましたよね。今思えば、全然そんなことないのに」


「本当、そうですね」私たちは、ざるそばを食べながら笑い合う。國武さんと和やかな時間を共有できていることが、私には嬉しかった。


「真鍋さんが、映画にどっぷり浸かった子供時代を過ごしたのは分かりました。じゃあ、真鍋さん。ちょっと難しい質問かもしれないんですけど、真鍋さんの人生のターニングポイントになった映画って何ですか? もちろん、これまでたくさんの映画を観てきて選ぶのは難しいかもしれないですけど、別に一本に絞らなくてもいいので」


 國武さんが訊いてきたのは、全ての映画好きの頭を悩ますような質問だった。もちろん、映画好きなら一度は考えたことがあるだろうけれど、そう簡単に答えが出せるような質問ではない。


 それでも、私は「そうですね……」と相槌を打って時間を稼ぎ、頭を回す。そして、いくつかの映画が思い浮かんだところで、私は答えた。


「今、パッと思いつくのは二本ですかね」


「二本ですか。それはどんな映画なんですか?」


 私の返事に國武さんは食いついていて、身を軽く乗り出してさえいたから、本当に映画が好きで、私のことに興味を持っていることが改めて窺えた。國武さんの前でこんなことを言うのは少し気後れするが、それでも國武さんと話を共有したいという思いが、私の中で勝る。



(続く)

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