【第28話】インタビュー
「昨日、初号試写を行いました!」その投稿を私がエックスとインスタグラムにしたのは、初号試写の翌日の昼だった。
「多くの方々に来ていただけて、とても楽しい初号試写になりました! 一一月の公開をお楽しみに!」といった内容の投稿は、エックスでは投稿から一時間ほどで五つのリポストがついたし、インスタグラムにも六件のいいね! がついた。
それは公式アカウントを開設したときと比べると、わずかでも増えていて、私には今までの継続的な投稿にも効果があったのだと感じられる。特にエックスでは毎週何かしらの投稿をしていたり、積極的に映画が好きな人のアカウントをフォローしていたけれど、それも功を奏しつつあるようだ。フォローしたアカウントの中には、『いつの日か青かったねと思い出す』の公式アカウントをフォローしてくれる人もいて、フォロワー数は今のところ八〇人に達している。
だけれど、週末の興収ランキングで一位を目指したり、同日公開である『世界が変わる朝に』にも負けないくらい人を呼ぶには、まだまだ足りていないだろう。
私はそれからも、定期的にSNSに投稿をし続けた。たとえ似たような内容であっても、目を留めてもらうには投稿を絶やさないことが第一だった。
そうしてSNSへの投稿や劇場営業といった仕事を続けていると時間はあっという間に過ぎ、気がつけば初号試写から二週間が経っていた。
その日、私は写真スタジオにいた。オフィスとは隣駅にあるとはいえ、初めて足を踏み入れるその場所の洗練された雰囲気に、私は背筋を伸ばす。カメラやレフ板といった、機材の一つ一つに目が留まってしまう。
それでも、私は今日撮影を担当してくれるカメラマンといったスタッフの人たちと、顔を合わせるなり軽く打ち合わせをする。今日は監督である國武さんの取材日で、まずはパンフレットに載せる写真を撮るのだ。
いくらインディーズ映画のパンフレットとはいえ、スマートフォンで何気なく撮った写真を全面的に載せるわけにはいかない。私たちの予算はあまり多くなかったけれど、それでもそこはちゃんとお金をかけるべき部分だった。
約束していた時間通りにやってきた國武さんは、普段のTシャツにジーンズといったラフな格好ではなくて、白くて爽やかなシャツに水色のフレアスカートを合わせていた。きっと國武さんの中では、一番撮影に臨むにふさわしい服装なのだろう。その適度に改まっていて、なおかつ飾らない服装が私には新鮮に見える。思わず「いいですね」という声が漏れたくらいだ。
國武さんもそう言った私に微笑むだけの余裕はあって、こういった自分自身の撮影は初めてだろうに、緊張している様子はそこまで見られなかった。
軽くスタッフの人がメイクを調整してから、國武さんのパンフレットに掲載する写真の撮影は始まった。いざ本番が始まっても、國武さんはやはりそこまで緊張はしてはいないようで、カメラマンの言葉にも柔軟に応じている。撮影もスムーズに進んで、本当にこういった撮影の経験があるのではないかとも、私は思う。撮影された写真をパソコンで見せてもらっても、実によく撮れていると感じられる。
國武さん自身の反応も上々で、撮影スタジオには落ち着いた雰囲気が流れていた。
撮影は予定していたよりも、数十分早く終わっていた。私たちはスタッフの人たちにお礼を言うと、社用車に乗ってオフィスへと向かった。國武さんには次に、パンフレットに掲載する監督インタビューの取材があるためだ。
本当はオシャレなカフェでも貸しきって行えたらよかったのだが、私たちにそこまでの予算はない。それに取材中の写真を撮らないのなら、インタビューはどこで行っても同じだろう。
だから、費用のかからない私たちのオフィスの会議室でインタビューは行われることになっていた。
私たちのオフィスに一度足を踏み入れると、國武さんは社会科見学にやってきた小学生みたいに、オフィスをあちこち見回していた。会社を立ち上げた頃と比べて、仕事を進めるなかで物は増えてきて、大分オフィスらしいオフィスになっているから、私も國武さんを招き入れることに後ろめたさは感じない。
壁には早くも『いつの日か青かったねと思い出す』のA0のポスターが掲げられていて、國武さんが目を輝かせているのが私にも分かった。
同じくオフィスにいた出水さんや立石さんにも「先日の初号試写はありがとうございました」と、國武さんは改めて挨拶をしている。その様子を見守ってから、私は國武さんをメインオフィスの隣の部屋である会議室に案内した。打って変わって物の少ないシンプルな内装に、私は自分の会社なのに入る度に小さく息を呑んでしまう。
それでも、國武さんは極めて落ち着いた様子を見せていた。私が用意した小さなペットボトルのお茶を飲んで、一つ息を吐いている。初めて訪れる私たちのオフィスにも、すぐに慣れてリラックスしているかのように。
私たちが会議室に入って少し待っていると、インタビューを担当するライターがやってくる。ちゃんと約束の時間の一〇分前にやってきたライターは、リーフレットの文言を書いてくれたり、初号試写に参加してくれたのと同じ人で、名前を谷地さんといった。
私たちは軽い挨拶と、場を暖めるための簡単な雑談を交わしてから、本題であるインタビューに入る。谷地さんが机の上にボイスレコーダーを置いて、録音機能をオンにする。
絵に描いたようなインタビューの光景に、ただ立ち会っているだけの私でも、ぐっと気持ちが引き締まるようだ。
谷地さんは、作品のことを中心にインタビューを展開していた。どうして『いつの日か青かったねと思い出す』を撮ろうと思ったのかや、主演の二人はどうやって選んだのかについて訊いていく。
國武さんも丁寧に答えていて、こうしたインタビューの経験にも乏しいことを、私に感じさせない。やっぱり映画を撮るだけあって、肝も据わっているのだろうか。
インタビューは徐々に作品のことから、國武さん自身のことに話題が移っていく。どうして映画を作ることを志したのかや、映画を作るに当たって影響を受けた作品などを尋ねていく谷地さん。
國武さんも、ある程度の答えはここに来るまでに考えてきたのかスムーズに答えていて、インタビューも写真撮影と同様よどみなく進む。
インタビューが予期せぬ方向に向かったり、國武さんが答えに詰まったりしたときに助け舟を出すことが同席している私の役目だったが、私の出番は一度もないくらいインタビューは順調だった。
結局私が口を挟むことはまったくないまま、インタビューは一時間ほどで終わっていた。一仕事を終えた手応えからか、國武さんの表情には充実感が漂っている。
谷地さんもインタビューがうまくいったと思っているような微笑みを浮かべていて、「ありがとうございました」と爽やかな顔でオフィスを後にしていた。
二人でそれを見送り、私も「今日はありがとうございました。原稿の初稿は、また出来上がり次第お送りさせていただきますので、今後ともよろしくお願いします」と國武さんを見送ろうとする。
でも、國武さんが返してきた言葉は、私の想像とは違っていた。
「あの、真鍋さんってまだ少し時間ありますか?」
そう訊いてきた國武さんの意図が、私にはすぐには掴めない。それでも、軽く会議室を片付けたら昼食休憩を取ろうと思っていたので、私はとっさに「はい、少しなら大丈夫ですけど」と答える。
すると、國武さんは表情をより綻ばせた。
「だったら、せっかくの機会ですし、一緒にお昼でもどうですか? 私、真鍋さんとは仕事以外の話も、もっとしたいなって思ってたんです」
その誘いはまるで予想外だったので、私は少し返事をするのに時間を要してしまう。「ちょっと待っててくださいね」と言って、必要もないのに出水さんに確認を取りに行く。
出水さんは快くOKを出してくれたから、私は会議室の片づけを手早く済ませて、國武さんと一緒にオフィスを出た。ひとまず飲食店が軒を連ねている駅前に向かう。
正午を過ぎてうだるような暑さの中でも、國武さんの足取りは軽やかだった。
暑いから何か冷たいものが食べたいですよねという話になり、私たちは駅前のチェーン店の蕎麦屋に入った。立ち食いそばではなく、ちゃんとテーブル席も用意されている店だ。
時刻は午後一時を回っていたこともあり店内は空き始めていて、私たちは比較的奥のテーブル席に腰を下ろすことができた。暑い中歩いていたから、冷房の風が心地よい。
私たちは、お互いにざるそばを頼んだ。國武さんと同じものを頼んでいても、冷たいものを食べたい思いは私たちには共通していたから、私はバツの悪さを感じなかった。
(続く)




