【第17話】人を動かすのは
「そうですね。まずは真鍋さんの提案を聞いて、『面白そうだ』と思ったことでしょうか。それは作品自体もそうですし、上映の展開の仕方もありますね。自分にしか認識できない秘密の友達という設定にも心をくすぐられましたし、私は趣味で旅行がてら全国のミニシアターに行くこともよくあるので。そういったミニシアターを中心に上映するのは、興味深い展開の仕方だなと感じたんです」
「ありがとうございます。でも私、ああいった場でのプレゼンは初めてだったんですけど、ちゃんと伝わってましたかね……?」
「ええ、ちゃんと伝わってましたよ。もちろん不慣れな部分は感じられましたが、それでもプレゼンの内容はよく練られていましたし、真鍋さんも懸命に提案しようとしていて。きっと全員に伝わっていたと思いますよ。そうでなければ、一回目の投票であれだけ手は挙がらなかったでしょう?」
「それはそうなんですけど、でも四谷さん一回目の投票のときには、出水さんが提案した作品にも手を挙げられてましたよね。それはやっぱり、出水さんの提案も面白いと感じたからなんでしょうか?」
「それはまあそうですね。映画作りや映画にまつわる映画には名作も多いですし、最初はバラバラだったメンバーが映画制作を通して一つにまとまっていくストーリーは、王道で面白そうだと感じました」
「でも、それならどうして出水さんが提案した映画を選ばなかったんですか? 出水さんの方が絶対に場数を踏んでいて、プレゼンもうまくて的確だったはずなのに」
「真鍋さん、私は自分が選びたい作品をプレゼンの巧拙で決めたわけではないですよ」
「じゃ、じゃあ上映の展開ですか? でも、出水さんもミニシアターを中心にした上映形態を考えてるって言ってたじゃないですか。というか、会社を立ち上げたばかりでまだそこまでの実績や営業力がない私たちには、ミニシアターでの上映しか選択肢がないのに……」
「確かにそれはその通りです。真鍋さんも出水も、いやあの場にいた全員がミニシアターでの上映を想定していましたから。全員共通ですから、そこが決め手になったわけではないですよ」
「じゃあ、どうして四谷さんは『いつの日か青かったねと思い出す』を選んでくださったんですか? 考えれば考えるほど、出水さんが提案した作品を選ぶ方が妥当なように思えてくるんですけど……」
「真鍋さん。では真鍋さんは、出水が提案した作品が選ばれた方がよかったと思っているんですか?」
そう四谷さんに問われて、私は束の間返事に窮してしまう。「そんなはずはない」と断言したかったが、それは私が言うにはあまりにも不遜だと思われた。
「そ、それは……」
「真鍋さんは、自分が提案した作品が選ばれるべきだと思っていたんですよね? 『いつの日か青かったねと思い出す』が、epoch makingの最初の配給作品にふさわしいと信じていたんですよね?」
「それはそうですけど……」
「真鍋さん、それですよ。私が真鍋さんが提案した『いつの日か青かったねと思い出す』を選んだ理由は」
「えっ、どういうことですか……?」
「真鍋さんは、あの作品を信じていたんですよね。この作品は多くの人に観られるべきだと、疑っていなかったんですよね。それはプレゼンからも十分滲み出ていましたし、僕が心を動かされたのは、その心意気なんです」
「そんな精神論で『いつの日か青かったねと思い出す』を選んでくださったんですか?」
「真鍋さん。精神論をバカにしてはいけませんよ。当然きちんとした論理やロジックが土台にあればの話ですが、最後に人を動かすのは、そういった精神的な部分ですから。もちろん、出水が自分が提案した作品を信じていなかったと言うつもりはありませんよ。でも、僕には真鍋さんの方が、自分が提案した作品をより強く信じているように感じられたんです。ぜひとも真鍋さんのその想いに乗りたいなと。そういった気持ちに、自然となれたんです」
四谷さんの言葉に私は、込み上げてくるものを感じてしまう。
プレゼンの経験に乏しい私が唯一持てる武器は、気持ちや熱意しかないと思っていた。もちろんプレゼンをしている間は必死で、そんな考えは頭から吹き飛んでいたのだが、でもその熱意が四谷さんには伝わっていたことを、私はとても嬉しく思う。
すぐに気の利いたことは思い浮かばず、「ありがとうございます」としか言えないのが、もどかしいくらいだ。
「ええ。それはきっと立石さんも、決選投票で出水さんが提案した作品に投票した木蓮さんでさえも、同様だと思いますよ。僕たちの『いつの日か青かったねと思い出す』を配給したいという思いは、オファーを提示しているもう一社の配給会社にも決して負けてはいないと、僕は思ってますから。きっとそれは真鍋さんや出水を通して、長谷川さんたちにも伝わっているでしょうし。だから、あとは信じましょうよ。長谷川さんたちが、僕たちのオファーを受けてくれることを。もちろん出水の交渉によるところが大きいんですけど、それでも」
そう言ってくれた四谷さんに、私は「そうですね」と同感を示す。
提案した私が、出水さんや長谷川さんを信じないでどうするのだ。私たちの想いは一致していて、それは長谷川さんにも絶対に届くはずだ。四谷さんと話したことで、私はより強くそう信じられる。「四谷さん、励ましてくれてありがとうございます」と、本心から言葉が出る。
四谷さんは「いえいえ、本当のことを言ったまでですよ」と照れることなく答えていて、それがかえって照れくさくなって、私は再びカフェオレを口に運んだ。
一八〇万円。それが今のepoch makingが『いつの日か青かったねと思い出す』に提示できる、本当の最高額だ。
そう出水さんが私に言ったのは、休日も明けて私が再びオフィスに出勤してすぐのことだった。それは長谷川さんにも伝えているようで、昨日のうちに契約額を一八〇万円に修正した契約書類をメールで送ったことも、同時に教えられる。
最初に提示した一五〇万円から契約額は大幅に引き上げられていたが、それでも私は正直まだ心許なく感じてしまう。長谷川さんが提示してきた契約額である、二〇〇万円には及んでいない。
もちろん出水さんだってできる限りの対応をしたのだろうし、契約額の多寡だけで契約が決まるわけでは、決してないだろう。
だけれど、オファーを受ける大きな要因の一つには間違いなくて、私の心には不安が垂れ込めてしまう。他の配給会社が提示した契約額は分からない。どちらの方が上なのか知る術も、私にはない。
それでも、その配給会社が契約額として二〇〇万円を提示した可能性は大いにあって、そうなると私たちは未だ不利な状況に置かれていることになる。
当然、長谷川さんと交渉した出水さんを責める気にはならなかったけれど、それでも私が抱いていた根拠のない信頼は、ぐらぐらと揺れてしまっていた。
出水さんから長谷川さんとの交渉の結果を知らされてから、私はどこか心ここにあらずといった状態で仕事に臨んでいた。メールのチェックなどといったデスクワークに取り組んでいても、完全に集中できていたとは言い難く、頭は買い付けの可否を考えてしまう。考えている真っ最中であろう、長谷川さんの姿を想像してしまう。
そうして、正午を迎える前に私は社内にいるメンバーに声をかけてから、オフィスの外に出ていた。今日は午後の一時から、映像制作会社との顔合わせがある。もちろん今は『いつの日か青かったねと思い出す』の買い付けが最優先だが、私たちの仕事はその後も続くから、今のうちにできるだけ顔を覚えてもらう必要があるのだ。
移動時間も考えると、私にゆっくりしていられるような余裕はあまりない。それは昼食を牛丼チェーンで手早く済ませたとしても、だ。
だから、私は本当はいけないことだけれど、駅へ向かう道を歩きながら、スマートフォンを手に取っていた。素早くその番号に電話をかける。
「真鍋さん、今度はどうされたんですか?」
電話は運よく、一回目で繋がってくれた。電話に出た國武さんは落ち着いた様子を見せていて、「今、お時間よろしいですか?」という私の呼びかけにも応じてくれる。
だから、私は単刀直入に切り出す。駅に到着する前に、話を済ませるためにも。
「はい。率直にお訊きします。昨日、私どもから長谷川さん宛に、契約額を修正した契約書類をお送りしたのですが、國武さんはそちらはもうご確認になったでしょうか?」
「はい、読ませていただきました。契約額が一八〇万円に増額されていましたね」
「はい。長谷川さんからの要望には完全に添うことができず、お恥ずかしい限りなのですが、それが今私たちがお出しできる最高額でして……」
「真鍋さん、どうして恥ずかしく思うんですか? 真鍋さんたちが私たちのために最大限努力してくださったことは、契約書からもひしひしと感じられましたよ」
「ありがとうございます。では、こんなお願いはたいへん不躾なのは分かっていますが、それでも言わせていただきますね。國武さん、どうか『いつの日か青かったねと思い出す』の契約先に、私たちepoch makingを選んでくださらないでしょうか?」
「よろしくお願いします」私は國武さんに見えていないのに、小さく頭まで下げてしまう。同じく信号待ちをしている人からは、もしかしたら奇異の目で見られているかもしれない。
でも、もしそうだとしても私は構わなかった。電話越しでも、私の誠意は伝わると感じていた。
(続く)




