【第13話】投票
「それでは、これから投票に移ります。投票は一人二票。自分が提案した作品以外で、配給すべきと感じた作品に手を挙げてください。最も多くの得票を集めた作品が、当社が配給を目指す、記念すべき最初の作品となります」
私たちは頷く。投票方法は、出水さんから事前に伝えられていた。
「それでは、皆さん。投票したい作品は決まりましたでしょうか?」
重ねて確認をした出水さんに、四谷さんたちは口々に「はい」と返事をした。
私も少し考えてから、同じように返事をする。投票したい作品を決めるのに、それほど多くの時間はいらなかった。
「それでは、まずは立石さんが提案した『パランセク・チャンミ』を配給すべきだという方は、手を挙げてください」
出水さんがそう呼びかけると、私はおそるおそる手を挙げた。立石さんが提案した作品のことは、他の人のプレゼンを聞いている間も、ずっと私の中で気になり続けていたからだ。
でも、おそるおそる手を挙げる必要がなかったことは、私には木蓮さんも手を挙げたことで感じられる。私も間違いなくepoch makingの一員なのだ。もっと堂々としていてもいいだろう。
出水さんが、立石さんの名前の下に「2」と書く。その数字が、私には一際大きく見えた。
それからも、投票は続いた。出水さんが、木蓮さんや四谷さんの作品への投票を呼びかける。
それでも、私は手を挙げなかった。もちろん、木蓮さんや四谷さんが提案した作品だって、気にはなっている。でも、一人二票しか投じられない状況のなかで、既に私は一票を投じてしまっている。だからこそ、慎重になるべきだという思いが働いたのだ。
私が手を挙げない中でも、木蓮さんの作品には出水さんが投票して、四谷さんの作品には立石さんが投票していた。でも、二作品への投票はそれぞれその一票だけで、ホワイトボードに書かれた「1」という数字に、私は現実を悟ってしまう。
まだ六票が残っているから、木蓮さんや四谷さんの作品が選ばれる可能性はここで潰えた。せっかく国内だけではなく、ときには海外にも行って作品を探し出してきて、懸命に頭を振り絞ってプレゼン案を考えたというのに、今の二人の気持ちはいかほどだろう。
もちろん、選ばれるのは一作品のみだから、他の四人は涙を呑むことになる。それが分かっていても、私は木蓮さんや四谷さんの気持ちを想像すると、少し塞ぎこんでしまいそうにもなった。
「それでは続いて、真鍋さんが提案した『いつの日か青かったねと思い出す』を配給すべきだという方は、手を挙げてください」
出水さんがそう言った瞬間、私は祈るような気持ちになった。目を閉じたい気持ちにも駆られる。
でも、そんな私の祈りが通じたのか、眼前にはにわかには信じがたい光景が広がった。四谷さんや立石さん、それに出水さんもが手を挙げてくれたのだ。ここに来て最多の得票数を獲得したことに、私はガッツポーズをしたくなるほどの喜びに駆られる。
出水さんが、私の名前の下に「3」と記す。それでも、すぐに現実を理解して、私はいくらか冷静になった。まだ何も決まっていない。
「それでは最後に、私が提案した『Fools on the screen』を配給すべきだという方は、手を挙げてください」
出水さんがそう言うと、私はゆっくりと手を挙げた。もちろん手を挙げているのは私だけではなく、あと一票を残していた四谷さんや木蓮さんも手を挙げている。
それは、私がつい先ほど察した現実そのものだった。出水さんが、自分の名前の下に「3」と書く。これで全員の投票が、いったんは出揃った。
私たちの目はホワイトボードに向く。次の展開はわざわざ出水さんから言われなくても明らかなように、私には思えた。
「それでは、ひとまず全員の投票が出揃いましたね。私が提案した『Fools on the screen』と真鍋さんが提案した『いつの日か青かったねと思い出す』が同時に三票を獲得したということで。それではこの二作品で決選投票を行うということで、よろしいでしょうか?」
私たちは頷く。この期に及んでちゃぶ台をひっくり返すような真似をする人は誰もいなかった。
「では、決選投票に移ります。とはいっても、私と真鍋さんはそれぞれ提案した当事者なので、私たち二人を除く三人の投票で決めたいと思います。どちらの作品を配給すべきか。よりふさわしいと思う作品の方に、手を挙げてください」
そう言った出水さんに、私たちは再度頷く。その中で、私は固唾を呑む思いがした。
私だってバカじゃないから、今の状況は分かっているつもりだ。最初の投票で立石さんは私に、木蓮さんは出水さんに一票を投じていた。きっとこの二人が意見を変えることは、そうそうないだろう。
となると焦点は、私と出水さんに同時に票を投じた四谷さんがどちらを選ぶかに、自ずと絞られてくる。
私は四谷さんに祈るような目を送りたくなったけれど、どうにか堪えた。出水さんが毅然とした態度を見せている以上、私だけがそんなことをしても効果はないように思えた。
「では、まず最初に真鍋さんが提案した『いつの日か青かったねと思い出す』を配給すべきだという方は、改めて挙手をお願いします」
その一瞬のうちに、私は心の中で手を組んで祈った。まずやっぱり立石さんが手を挙げる。
そして、少し遅れて四谷さんも手を挙げていた。その光景が嬉しすぎて、私はかえって目を疑いそうになってしまう。
誰も何も言わなかったけれど、それはこの会議に決着がついたことを、はっきりと意味していた。
「決まりですね。では、私たちepoch makingが配給を目指す記念すべき第一作目は、真鍋さんが提案した、國武真凜監督『いつの日か青かったねと思い出す』にするということで。皆さん、拍手をお願いします」
そう呼びかけた出水さんに続いて、送られた四人からの拍手が私を包み込む。暖かくもささやかな響きに私はこの光景が現実のものだと改めて認識した。ホワイトボードに目をやれば、私の名前が赤い丸で囲まれている。
私は思わず立ち上がって、お礼を言う。もちろん、これから契約書の作成をはじめ、やることは山積みだ。
それでも、ようやくスタートラインに立てた感覚に、私の心は浮かび上がる。四人の細められた目と緩んだ頬に、今だけは喜びに浸っていていいと思えた。
契約書の作成は会議が終わったその日のうちに、出水さんの主導で進められていた。私をはじめとして契約書の書き方は誰も分からず、勝手を知っているのが出水さんしかいなかったためだ。
それでも、制作者である國武さんやプロデューサーの長谷川さんと主に連絡を取るのは、提案をした私の役目になっていて、私はさっそく会議の結果『いつの日か青かったねと思い出す』の配給を目指すことが決まったことを、第一報としてメールで長谷川さんに送る。正式な契約書の提示はまた後日になるが、その前に私が観た映画と同じ素材を、データで送ってほしいことも併せて記す。劇場営業や宣伝をするにも、まずは『いつの日か青かったねと思い出す』を全員が観ていないと、何も始まらない。
私は送信ボタンを押しながら、國武さんや長谷川さんの顔を想像する。きっと大いに喜んでくれるだろう、と。
長谷川さんから返信があったのは、その日のうち、私が仕事を終えて帰る間際だった。その文面からは嬉しさが滲み出ていて、私の気持ちをより弾ませていく。上映素材のデータも、明日のうちに送ってくれるという。
また一歩前に進んだ感覚に、私は上機嫌で家に帰ることができた。たまにしか呑まないお酒も呑んで、それは私にとってのささやかな祝杯だった。
長谷川さんから『いつの日か青かったねと思い出す』の上映素材のデータは、メールで伝えられた通り、さっそく次の日には送られてきていた。
そして、さらにその二日後。予定を合わせた私たちは、再び全員で会議室に集まっていた。理由はもちろん『いつの日か青かったねと思い出す』を、改めて全員で見るためだ。
再びコの字型に座った私たちは、スクリーンを眺める。出水さんがパソコンを操作して、『いつの日か青かったねと思い出す』を再生する。
これは私が提案をして、全員で選んだ作品だ。そのことが分かっていたとしても、私は四人がどんな感想を抱くのか、再生中もドキドキして止まなかった。
だけれど、映画が進むにつれて私は、また映画の世界に引きずり込まれていく。一度観たからといって決して飽きることはなく、むしろ大まかな展開を知っている分、このシーンが後々効いてくるのか、あのシーンにはこんな意味もあったのかと、新たな発見さえする。
特に終盤は他の人の存在も忘れそうになるほど、私は映画と直に向き合っていて、もう一度観てみてもやはり『いつの日か青かったねと思い出す』は、私にとって色々な感情を思い起こさせる、大事な映画に違いなかった。
(続く)




