【第12話】質疑応答
「以上で私の提案は概ね終了しましたが、それでも最後に一つだけ付け加えさせてください。映画祭ではこの作品が終わった後に、國武監督とプロデューサーの方による舞台挨拶がありました。そこで國武監督は、『かつての自分を救うためにこの映画を作った』と言っていました。実際、國武監督にも学校に馴染めなかった時期はあったそうです。そして、上映された作品にはそんな國武監督の想いが詰まっていて、私は学校にも馴染めず自分の居場所なんてどこにもない、そう思っている人を救うだけの力をこの作品は持っているように感じられました。実際、私も学校が辛いなと思っていた時期はあったので、目の前で観ている映画に共感を超えた、共鳴をしているような感覚がしました。そして、それはきっと私だけではないと思います。学校に馴染めなかったり、現在進行形で孤独を感じている学生。さらにやり場のない思いを抱え続けていた、かつて学生だった人も。この作品に力を貰う人は絶対にいると私は確信しています。私は何よりその人たちに、一番にこの作品を届けたい。ですので、どうか國武真凜監督作品『いつの日か青かったねと思い出す』を、ご検討いただけないでしょうか。私からは以上です。ご清聴ありがとうございました」
最後にそう言って、私はもう一度深々と頭を下げた。一〇分ほどにわたったプレゼンは、している最中は長かったけれど、それでも一通りの説明を終えてみればあっという間だったとも思える。出水さんたちも拍手はしていなかったけれど、私の提案を十分に理解してくれたことが会議室に漂う雰囲気からも感じられるようだ。
それでも、私はまだほっと一息つくわけにはいかなかった。まだ今の提案に対する質疑応答が残っている。
だから、顔を上げても私の気は緩まない。それどころか、今一度息を呑むような心地さえした。
「真鍋さん、ありがとうございます。真鍋さんのこの作品を配給したいという熱量が伝わってくるプレゼンでした。ですが、その上で私どもから少し質問があるのですが、よろしいですか?」
簡単に私を労ってから切り出した出水さんに、私も「はい。お願いします」と頷く。その間も私の心臓は、プレゼンをしている間以上に、バクバクと鳴りっぱなしだった。
「それでは、お訊きします。まず買い付けをする予定の金額が、上映後の配信権まで合わせて一五〇万円ということですが、これはどのような計算から導き出されたものなのか、もう一度ご説明いただけますか?」
「は、はい。他社の配給会社が実際に買い付けている金額を参考にしながら、まだ世間に名が知られていない監督の長編デビュー作であること、当社の劇場営業の現時点での能力、仮に上映期間を二週間とした場合の予測される興行収入等を、総合的に勘案して計算した金額になります」
「なるほど。そして、広告宣伝費が三〇〇万円。その他諸経費が一〇〇万円。そして、私たちの人件費も合わせるとこの作品にかける予算は一五〇〇万円となっていますが、これは十分に回収できる金額なのでしょうか?」
「は、はい。仮に映画館への収入と私たちへの収入を半々として、さらに私たちの収入のうちの三割を制作者に分配するとして、興行収入が五〇〇〇万円ほどあれば、十分黒字となることが見込めます」
「真鍋さん、興行収入五〇〇〇万円というのは単館系の映画ではかなりのヒット作となりますが、それが達成できるだけの根拠はおありなんですね?」
「はい。私が今説明した宣伝方針をもとにした宣伝を行えば、十分手が届く範囲だと考えています。何より作品は本当に良いので。きっと観た方も、多くの人が気に入ってくれると思います」
そう口にしてから、私は今自分が言ったことが、何の根拠もない主観的な思い込みにすぎないことに気づく。いくら映画の興行は水物で、上映が始まるまでは何が起こるか分からないと言っても、これでは出水さんを説得する材料にはとてもなりえない。
でも、具体的な宣伝方法を挙げて説明することは、その宣伝自体がどう転ぶか分からないから、私にはできなかった。
それでも、出水さんはそのことを指摘せず、「分かりました。ありがとうございます」と言って自分の質問を終えていた。もしかしたら、私の説明を聞いても意味がないと思ったのかもしれない。出水さんの表情からは真意が読み取れなかったから、私はそうではないことを願うばかりだった。
出水さんが「お三方は真鍋さんに、何か質問などはありますか?」と水を向けていたから、私は四谷さんや立石さん、木蓮さんからもさらにいくつかの質問を受けた。
どうやってターゲットとなる若年層に映画館に足を向けさせるのかといったことや、具体的にはどれくらいの規模での上映を予定しているのかといったことを訊かれて、私もドキドキしながらも自分の考えや意見を答えた。
うまくいっているのかどうかは分からなかったけれど、少なくとも会議室は変な空気にはなっていなかったから、私は目に余るような粗相をしたわけではなさそうだった。
三人が一通りの質問を終えると、私もようやく一息つきたくなる。会議室の空気も、少しだけ緩んだように感じられる。
だけれど、「お三方、他に訊きたいことはありませんか?」と尋ねた出水さんは、四谷さんたちからの質問がもうないことを確認すると、「それでは最後に、私からもう一つだけいいですか?」と私に言ってきた。私も、再び背筋を伸ばす。出水さんは一拍置いてから、私に最後の質問を問うた。
「真鍋さんの提案は分かりました。ですが、真鍋さん。私たちが何を目指しているか。顔合わせのときに言ったことは覚えていますね?」
私は固くなっていた頭をどうにか回す。そして、辿り着いた答えをおそるおそる口にした。
「……興収ランキング一位ですか?」
「そうです。単刀直入に問います。真鍋さん。あなたが今提案した『いつの日か青かったねと思い出す』は、興収ランキングで一位を獲れる映画でしょうか?」
それは、出水さんが今まで提案をした人すべてに投げかけていた質問だった。出水さんの目指すところは、私たちが初めて顔を合わせたときから、少しもブレていない。だから、そう訊かれることは私にも十分予期できたはずだ。
だけれど、その質問に対する答え方を、私はこの期に及んでも用意できていなかった。もちろん、返事は決まっている。それをどのように言えばいいのかが分からないだけだ。
他の人みたいにそれができるだけの根拠を挙げてもよかったが、いくら宣伝をしたとしても映画がヒットするかどうかは公開日になって、蓋を開けてみないと分からない。
私は必死に頭を回す。それでも、浮かぶ言葉は少ない。だからこそ、私はその言葉に真実味を持たせるためにも、視線を落とさずにはっきりとした口調で言った。
「はい。獲れます」
私は声に力を込めて断言した。もちろんそこには何の根拠もなく、もし出水さんに根拠を求められたら、私はしどろもどろという言葉では済まされないほど、狼狽してしまうだろう。
だけれど、出水さんは短く答えた私にもそれ以上つっこむことはせず、ただ「分かりました」と頷いている。それは四谷さんたちも同じで、私は追及されるような目には遭わなかった。
興収がどうなるかは誰にも分からない。そのことを誰もが分かっているからこその態度に、私には思えた。
最後にもう一度質疑応答の時間が終わったことを確認して、私は三度「ありがとうございました」と深く頭を下げてから、自席に戻った。
心の中では自分の順番が終わったことに大きく息を吐いていたけれど、でもまだそれを表に出すわけにはいかない。まだ出水さんの提案が残っているし、その後には全員での投票が行われる。気を緩めることはまだまだできない。
私が自席に着いたことを確認すると、「では、最後は私の番ですね」と言って、出水さんは立ち上がった。私たちにプレゼン資料を配ってから、スクリーンの横に立つ。「よろしくお願いします」と言って頭を下げた出水さんに、頭を下げ返しながら、私の気は再び引き締められていた。
出水さんが提案したのは、私と同じ自主制作の邦画だった。映画監督になる夢を諦めた男性が、ひょんなことから再び映画を撮り始めるというストーリーは、出水さんの説明を聞いていると私にはとても面白そうに感じられた。キャストも監督も自主制作だから私は知らなかったけれど、それでもはきはきと喋っている出水さんを見ていると、写真だけでも私には魅力的に見えてくる。
やはり出水さんは、ここにいる誰よりもプレゼンの仕方を心得ていて、その差は一つ前の私と比べると歴然としていた。自分では精いっぱいやったつもりでも、私は気後れせずにはいられない。必要ないのに、勝手に縮こまってしまうかのようだった。
「では、以上で私の提案を終わります。皆さん、ご清聴いただきありがとうございました」
プレゼンの後の質疑応答も終えると、出水さんはそう挨拶をしてプレゼンを締めくくっていた。その言葉を聞いた瞬間に、私の緊張はまた一段と高まっていく。
これで全員の提案が終わった。ということは、いよいよ投票に移るということだ。泣いても笑ってもこれで、私たちが第一回の配給を目指す映画が決まってしまう。
「それでは、さっそくですが投票に移りたいと思います」そう言って再び立ち上がった出水さんは、今度はホワイトボードの横に移動した。上部に私たちの名前が書き連ねられていく。
そして、全員の名前を書き終わった出水さんは、私たちの方を向き直って口を開いた。
(続く)




