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【第11話】選定会議


「それでは、まずは私、立石結が提案させていただきます。皆さん、手元のプリントを見ながらお聞きいただけると幸いです」


 立石さんはそう言っていたけれど、私たちは誰もプリントに目を落としてはいなかった。プリントにはメモ欄もあるけれど、まだメモを取るような段階でもない。


 私たちの視線は、スクリーンに向く。立石さんの声を聞きながら。


「では、さっそく私が当社での買い付け及び配給を提案する作品について、ご紹介させていただきます。その作品とは……」


 そこまで言った立石さんがリモコンを操作して、画面はぱっと次のスライドに切り替わる。そこには、映画のポスターが大写しになっていた。


「韓国のイ・ソンリョン監督作品『パランセク・チャンミ』です」


 立石さんが提案したのは、やはり韓国映画だった。わざわざ韓国の映画祭にまで出向いていたのだから、そのこと自体には私も驚かない。


 本国版と思しきポスターには、ハングル文字のタイトルの下に二人の男性俳優の姿が映っていて、この二人が主演であろうことは、私にも容易に想像できた。


「『パランセク・チャンミ』とは韓国語で『青い薔薇』を指します。ご存知の通り、青い薔薇というのは長らく不可能の象徴として語られてきました。この映画はそういった青い薔薇のような不可能な、立証が極めて困難な事件に立ち向かった刑事の姿を描いたサスペンス映画です」


 そのことを皮切りに、立石さんはスライドを操作しながら、映画の説明を始めた。


 監督が韓国でも注目されている若手監督であること。主演の二人は、かつて日本でも放映された韓流ドラマに出演していること。韓国の社会情勢も盛り込んだ、緊迫感ある展開が見どころだということ。さらには、日本での韓国映画に対する評価は高まっていて、確実な需要が見込めることを、立石さんは落ち着いて伝えている。


 その説明はまるで流れるようで、前職でWEBデザイン会社にいたときに、数多くのプレゼンの経験を積んできたことを私に窺わせた。ちらりと目をやると出水さんは時折ペンを走らせながら、立石さんの説明を聞いていて、ただ聞いているだけの私とは大違いだった。


「以上で、私の提案を終わります。皆さん、ご清聴ありがとうございました」


 一〇分ほどのプレゼンを終えて、そう言葉を結んだ立石さんに、私は思わず拍手を送りたくなる。だけれど、誰からも拍手は出ていなかったから、私も手を叩くことは控えた。


 プレゼンが終わっても立石さんはスクリーンの横から離れようとはしていない。提案が終わったとはいえ、まだ立石さんの順番は終わってはいなかった。


「立石さん、ありがとうございます。とてもよく考えられたプレゼンテーションだと感じました。その上で、私の方からいくつか質問をしてもよろしいですか?」


 出水さんは落ち着いた声色で声をかけていて、立石さんも「はい、お願いします」と頷いていたけれど、私はその光景に内心竦み上がるような思いを抱いていてしまう。必ず回ってくる自分の番を想像して、今から戦々恐々とさえするかのようだ。


 出水さんは人気の上昇に伴い、韓国映画の買い付け価格も高騰しているが、ちゃんと予算の範囲内に収まるのかということや、もし買い付けができて配給するならば、邦題や字幕翻訳者はどうするつもりなのかなど、いくつかの質問を投げかけていて、立石さんも現時点でできる範囲の回答を冷静に述べている。


 二人の様子からはプレゼンに対する経験のほどが垣間見えて、そうでない私はにわかに不安になってしまう。


 四谷さんや木蓮さんも感じた疑問を率直に尋ねていたけれど、私は立石さんに何も質問できなかった。会議という初めての場に、プレゼンを聴くだけで頭がいっぱいで、質問まで考えられる余裕はなかったのだ。


 質問をしないからといって、会議に中途半端な姿勢で参加しているとはたぶん見られないだろうけれど、それでも出水さんから「真鍋さんからは何か質問はありますか?」と振られて、「……特にありません」と答えたときには、私は小さく縮こまってしまいたくなっていた。


 それからも、プレゼンは四谷さん、木蓮さんの順番で行われていた。


 アメリカのインディーズ映画を提案していた四谷さんは、前職で広告デザインの仕事をしていたから、提案やプレゼンはお手の物といった様子で、映像制作ワークショップから生まれた邦画を提案していた木蓮さんも劇場営業の経験があるからか、映画を紹介することには慣れているようだった。


 二人ともスライドを用いながらの説明が板についていて、私はますます肩身が狭くなる思いを味わってしまう。出水さんも西宝で宣伝プロデューサーを務めていたから、おそらくこの会社でプレゼンに対してまったくの素人なのは私だけだろう。そう思うと、二人の説明も耳をすり抜けていくようだ。


 頭は着々と近づいてくる自分の番だけを考えてしまって、質問なんて思いつくはずもない。


 私はすっかり沈黙してしまって、出水さんに質問がないか訊かれたときも、首を横に振ることしかできなくなっていた。


 もはや私が緊張しているのは、誰の目にも明らかだっただろう。自分の順番を終えて、ホッとしたような表情が垣間見える三人を見ると、まったく筋違いな妬ましささえ私は抱いていてしまっていた。


「それでは、続いては真鍋さん。提案の方をお願いできますか?」


 木蓮さんが自分の席に戻ったことを確認した出水さんが、一呼吸置いてから私に声をかける。緊張のあまり「はい!」と、想像以上に大きな返事が出てしまう。早くも棒のようになっている足をどうにか動かし、四人に企画書を配る。


 そして、スクリーンの横に立ってリモコンを手にすると、私は深く頭を下げた。顔を上げると、四人の視線が私に刺さる。


 このままただ立っていても、緊張が高まっていくだけなので、私は小さく息を吸うとなるべく落ち着くように自分に言い聞かせながら、口を開いた。


「真鍋理歩です。今回は私にもこのような機会を与えていただき大変感謝しております。もしかしたら不慣れなところもあるかもしれませんが、どうかよろしくお願いいたします」


 私がそう前置きをしている間も、四人の視線は私に向けられ続けていた。たった四人なのに、心臓が口から飛び出しそうだ。


 それでも、私はどうにか堪えて「それでは、さっそく私が提案する作品の紹介に移りたいと思います」と続ける。そして、「私が今回当社で配給を提案したい作品は……」と言ってから、私はリモコンを押した。


 画面が切り替わって、映画の一場面を撮影した画像がスクリーンに投影される。そして、私ははきはきとした声を意識して、その作品名を読み上げた。


國武真凜(くにたけまりん)監督作品『いつの日か青かったねと思い出す』です」


 私がそのタイトルを告げても、会議室は水を打ったかのように静かだった。この映画を観たのは私だけだから当然だとは分かっていたけれど、それでも私は胃が縮むような感覚を味わってしまう。


 それでも、私はリモコンを操作しながらプレゼンを続けた。


「この作品は、京都府出身の國武監督の長編デビュー作です。簡単にあらすじを説明しますと、学校にもイマイチ馴染めず孤独感を抱えていた少女が、自分にしか見えない秘密の友達と交流するなかで、徐々に小さな一歩を踏み出していくというストーリーとなっています。長野県は上田市で開催された映画祭で、この映画を鑑賞させていただいた私は、主演を務めた二人の俳優の瑞々しさ、キャラクターの心情に寄り添ったストーリー、そして全編を通してスクリーンから放たれている切実さにとても感銘を受けました。もちろんこれはあくまでも個人の感想にすぎないのですが、それでもこの作品を観て救われるとまではいかなくても、心を動かされる人はきっといる。その人たちにこの作品を届けたいと、私は強く思い、今回こうして提案させていただいている次第です」


 私はまずは自分が感じたままの印象を話すことから、プレゼンを始めた。自分の感性を信じるべきという立石さんのアドバイスを受け入れた形だ。


 どんな映画を配給するにせよ、その作品に惚れていないと、買い付けも宣伝も劇場営業も、全ての業務がうまくいかないだろう。その作品が好きかどうかは、話していても相手は自然と分かってしまうものなのだ。


 それでも、情に訴えかけるだけでは、プレゼンとしては不十分すぎる。だから、私は実践的な事柄も交えながら、プレゼンを展開していく。


 國武監督や主演俳優の来歴を簡潔に紹介すると、メインとなるターゲットの層はどこに設定すべきか、どの映画館での上映が望ましいと考えているか、もし配給が決まったとしてどういった方針で宣伝を展開していくか。そういったことを私は緊張しながらも、家で何度も繰り返した練習の通りに説明していった。


 ターゲット層は、監督や主演俳優と同じ一〇代から二〇代をメインに設定すること。上映館は多くの良質な小規模映画を上映している新宿武蔵野館を中心に、名古屋や大阪といった地方のミニシアター、さらには國武監督の出身地である京都の出町座でも上映をしたいと考えていること。宣伝方針はシネコンで上映されているような青春恋愛映画のキラキラ感とは違い、作品が持つ切実なトーンを伝えることを中心に据えること。


 それは数度にわたって出水さんにプレゼン案を見てもらい、アドバイスを貰いながら推敲させてきたものだ。最終的には出水さんからも、これで会議に臨んでいいと認めてもらっているから、私は緊張しながらも確かな自信を持って話すことができる。


 四人も時折資料にペンを走らせながら、私のプレゼンをじっと聴いてくれている。


 どう思われているかは分からないが、それでも最初から却下することを前提にはしていないようで、初めて人前でプレゼンをする私にはありがたいことこの上なかった。



(続く)

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