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【第10話】自分の感性を


「うん。もう、決めたよ。プレゼンのための資料も作り始めたとこ」


 事も無げに言ってのける立石さんに、私は少し頭が揺さぶられるようだった。まだ決めかねている自分に、より焦りが湧いてくる。


「あ、あの、それってどうやって決めたんですか?」


「そんなの自分の感性でしょ。この映画は面白い。この映画が好きだ。そういった直感で私は決めたけどな」


「えっ、それでいいんですか?」私は思わず訊き返してしまう。映画を買い付けるには、流行や客層など考慮しなければならないことは様々ある。それらを差し置いて、自分の感性を優先させていいのだろうか。


「うん。そりゃもちろん今はどんな映画がウケそうだとか、制作費や買い付け費用、宣伝費など諸々の費用をペイできるのかとか、どういった観客にその映画を届けたいのかとか、色々考えなきゃいけないことがあるのは、この仕事を始めたばかりの私でも分かるよ。でも、そういったことって、こんなこと言っちゃなんだけど、後付けでどうにでもなる部分じゃない? それよりもまずは、自分がその映画を配給したいのかどうかの方がよっぽど大事でしょ」


「そうですかね……。そんな後付けでどうにかなるもんなんですかね……」


「どうにかなるんだよ。その気になれば。でも、作品を選ぶ感性は今まで映画を観たりしてきた中で育まれてきたものでしょ。それは私と真鍋さんでは違うその人固有のものだし、それを自分が信じなきゃ、誰が信じるんだって話だよ」


「えっ、どうしてそこまで言い切れるんですか……? 失礼ですけど立石さん、WEBデザインの会社から転職してきたんですよね……?」


「まあ、それはね。実は、今言ったことは人からの受け売りなんだ」


「えっ、そうなんですか? それ、誰が言ったんですか?」


「私たちと同じ、映画の配給をしてる人だよ。っていっても日本の人じゃないんだけどね。ほら、私先月映画祭に作品を探しに行くために、韓国に行ったでしょ? そこで向こうの配給会社の人と、ちょっと話す機会があったんだ」


 立石さんは自然に言っていたけれど、それでも私は驚かずにはいられない。いくら映画がワールドワイドなものだとしても、海外を意識したことはepoch makingで働き始めてからも、恥ずかしいことに私にはなかった。


「そうなんですか。それは凄いですね」


「いやいや、別に凄くないよ。でもさ、その人私が日本の配給会社で働き始めたばかりって言ったら、なんか興味を持ってくれてさ。それで色々話したんだ」


「そのなかで言われたのが、今私に言った言葉ってことですか?」


「そう。私もさ、転職してきたばかりで色々と分からなかったり悩んでたこともあったんだけど、でもその人がアドバイスしてくれたおかげで、少し視界が開けてきた気がして。自分の印象を評価軸にしていいんだって。だから、少し迷いはしたけれど、それでも自分が『好きだ!』『面白い!』って思える映画を選ぶことができたよ」


 きっと立石さんは、一度会っただけのその人から大きな影響を受けたのだろう。


 そして、それはその人と一度も会ったことがない私でさえも、同様に感じられた。国内で同じ仕事をしている人たちとは、一本の映画の配給権等を取り合う立場になることもあるから、私たちはあまり面識がなかったけれど、それでも海を越えていれば話は別だ。同じ仕事をしている先輩からのアドバイスは、私も素直にありがたいと思える。


 それでも、私はまだ踏ん切りがついていなかった。自分の感性を信じていいのか、疑問に思ってしまう。


「あの、立石さん。お言葉は分かりましたけど、本当に私の感性をもとに、作品を選んでもいいんですかね……?」


「うん。あくまでも私の場合はってだけだけど、それでも最後に決め手になるのは、その人の感性だと思うから。だって、心から『好きだ!』とか『面白い』って思ってる方が、提案にも熱が入るでしょ? だから、私も真鍋さんがどんな作品を提案するのか楽しみにしてるよ。もちろん自分が提案した作品が選ばれるように、私も全力を尽くすけど」


 立石さんは、私がどんな作品を提案するのか期待している。きっとそれは出水さんや四谷さん、木蓮さんもそうだろう。


 そのことにプレッシャーを感じる部分は確かにあったけれど、私は立石さんの言葉を聞いて、ある意味開き直ることもできていた。自分が一番推したい、配給したいという映画を提案しなければ、私にも悔いは残ってしまうことだろう。


 選ばれるかどうか、保証はない。だからこそ、一番推したい映画で会議に臨むことが、何があっても一番後悔しない方法に思われた。


「立石さん、ありがとうございます。おかげで提案する作品を選ぶヒントを貰えました」


「うん。お互い頑張ろうね。自分が提案した作品が選ばれるように。もちろん選ばれるのは一作品だけだから、誰が提案した作品になっても、言いっこなしね」


「はい!」気がつけば、私はいくらか歯切れの良い返事ができるようになっていた。立石さんと話したことで、作品選びに指針のようなものが生まれた気がする。


 帰ったらさっそくどの作品を選ぶか、自分の中で最終決定をしなければ。


 そんな思いを抱きながら、私はパンケーキを食べ進める。立石さんとの会話は途切れることなく続いて、仕事のこと以外にもどんな映画が好きか改めて話していると、私の心は綺麗に洗われていくようだった。





 家に帰った私は、さっそくスマートフォンを手に取っていた。メモ帳アプリにメモしておいた、気になっていたり、制作者に声をかけている作品の一覧に今一度目を通す。一つ一つのタイトルを見ながら、その作品を観たときの記憶や、監督やプロデューサーといった人と話したときの印象を思い起こす。


 私だって、できることならここに書かれている全ての作品を配給したい。それでも、事業を始めたばかりで規模の小さい状況では、一本に絞らなければならない。


 私は幾度も考えを至らせる。どの作品を一番観客に届けたいか。観てもらいたいか。


 そういった観点から考えると、私の頭は一つの作品で占められた。もしかしたら、私の心は元から決まっていたのかもしれない。


 私はノートパソコンを立ち上げる。窓の外は日が沈んで、空は藍色を濃くしていた。


 それから、私はメールの送信や挨拶回りといった日々の仕事をこなしながら、少しずつ会議に向けてのプレゼン資料を作成していった。提案したい作品は決まったから、あとは一直線にひた走るだけだ。


 そう思っていたのだが、配給したい映画を提案することも、プレゼン資料を作ることも初めてだった私は、未知の作業にやはり少し戸惑ってしまう。


 それでも、出水さんに「こういった映画を提案したいのですが」と相談して、アドバイスを貰いながら、私は一歩一歩着実に資料や企画書を作っていった。それは他の四人も同様で、会議の日が近づくにつれて、オフィスには少しソワソワした雰囲気が生まれ始める。


 誰がどういった映画を提案するか。それは社長である出水さんを除いては、私たちはお互いに知らなかったし、私も気にはなったけれど、無理して探ろうとは思わなかった。


 その日は五月晴れと呼ぶにふさわしい快晴が広がって、気温も程よく上がった心地の良い日だった。


 久しぶりに全員で出社した私たちは、全体朝礼を終えるとさっそくメインオフィスの隣室である会議室に移動する。壁際にはスクリーンがかけられていて、机上のプロジェクターでプレゼン資料が表示できるようになっている。


 その隣にあるホワイトボードには「第一回epoch making買い付け作品選定会議」と書かれていて、私の背筋はぐっと伸びた。スクリーンを遮らないようにコの字型になって、私たちは腰を下ろす。少し暗めの照明に、私は思わず息を呑んだ。


「それでは、これから第一回の買い付け作品選定会議を行いたいと思います。皆さん、よろしくお願いします」


 私たちを一度見回してから改まった調子で言った出水さんに、私たちも「よろしくお願いします」と小さく頭を下げながら続く。誰の表情にも緊張の色が覗いているようで、どこに目をやっても私の心は休まらない。


「それでは堅苦しい挨拶は抜きにして、さっそく会議を始めましょうか。まずは一人ずつ配給したい作品をプレゼンテーションという形で提案し、逐次質疑応答の時間を取る。五人全員が提案を終えたら、最後に全員の投票で会社を挙げて買い付けを目指す作品を選ぶ。そういった形で皆さん、よろしいですね?」


 私たちは頷く。どうやって会議を進めるかは、事前に出水さんから説明を受けていたから、今していることはその確認にすぎなかった。


「それではさっそく一人目の方、提案を始めてください。私のもとに企画書を提出した順番に、まずは立石さん。よろしくお願いします」


「はい」緊張を隠せていない返事をして、立石さんはまずは私たちに、プレゼン資料を印刷したプリントを配った。裏表二枚のプリントを見ると、立石さんが提案する作品が一目でわかる。


 そして、私たち全員にプリントを配り終えると、立石さんはスクリーンの隣の机にあるノートパソコンへと向かっていった。少し操作をすると、スクリーンいっぱいに「買い付け作品案 立石結」と題されたプレゼン資料が映される。


 ノートパソコンを操作するためのリモコンを持った立石さんは、私たちを見回すと深々とお辞儀をした。私たちも頭を下げ返す。室内の空気がピンと張り詰めるなか、立石さんは一呼吸置いてから口を開いた。



(続く)

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