33.グレンとリーヴと私。これではまるで家族です
朝食を終えたところで、私はリーヴに声をかけた。
「リーヴ、今日は学園へ行ってみる?」
リーヴがこちらを向く。
「授業の間は先生に預かってもらうことになるけれど、放課後にはグレンに会えるわよ」
すると、リーヴがぱっと両手を伸ばした。
「ふふ。グレンに会いたいのね」
抱き上げると、リーヴは嬉しそうに私の肩へ手を置いた。
昨日、グレンと放課後に図書室で調べものをする約束をした。
霧の森でのリーヴの反応についても調べたいし、せっかくなら本人も連れていこうと思ったのだ。
学園の教師からは、フィールドワーク以外の日にもリーヴを連れてきてほしいと言われている。
授業中は預かって観察させてもらえるとありがたい、という話だった。
今日はその申し出に甘えることにした。
登校後、リーヴを連れて教師のもとへ向かう。
「先生、今日は授業の間、リーヴを預かっていただけないでしょうか?」
「もちろんだ。以前にも話したが、こちらとしてはいつでも歓迎するぞ」
「ありがとうございます。放課後に迎えに参りますので、よろしくお願いいたします」
「ああ。任せてくれ」
教師がリーヴを覗き込む。
「今日はよろしくな」
リーヴは教師を見上げ、小さく手を伸ばした。
フィールドワークで何度か顔を合わせているので、先生のことも覚えているのだろう。以前よりもずいぶん慣れた様子だ。
「授業が終わったら迎えに来るわね」
声をかけると、リーヴは小さく手を振った。
……うん。大丈夫そうね。
放課後、リーヴを迎えに行くと、教師は机の上に何枚もの記録用紙を広げていた。
「リーヴはおとなしくしていましたか?」
「ああ。特に問題はなかった。なかなか興味深い観察ができたよ」
教師は満足そうだった。
リーヴは私の姿を見るなり立ち上がり、両手を伸ばしてくる。
「リーヴ、お待たせ」
抱き上げると、リーヴは私の肩へ手を回した。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ。また連れてきてくれるとありがたい」
「はい。機会がありましたら」
教師に礼を述べ、廊下へ向かう。
すると、リーヴが肩越しに教師を振り返り、小さく手を振った。
「おや、私に手を振ってくれるのか」
教師が嬉しそうに手を振り返す。
ふふ。先生にもすっかり慣れたみたいね。
廊下へ出てから、私はリーヴに声をかけた。
「さあ、グレンのところへ行きましょうか」
その名前を聞いた途端、リーヴが身を乗り出した。
「ちょっと、リーヴ。そんなに急がなくても大丈夫よ」
……まったく。
朝からずっと楽しみにしていたのだろう。
そういう私も、昨日から今日の放課後を楽しみにしていた。
昨日、グレンと話しているときに、ふと思ってしまったのだ。
やっぱり、こういうところが好きなのよね、と。
……あれは、我ながら驚いたわ。
以前から好意を抱いていることは自覚していたけれど、あんなに自然に思ってしまうとは。
そのことを思い出すと、少し落ち着かない。
私はリーヴを抱き直し、図書室へ向かった。
図書室に入ると、窓際の席にグレンの姿があった。
「グレン」
声をかけると、グレンが顔を上げた。
「ノエリアさま。……リーヴ?」
その途端、リーヴが両手を伸ばした。
「あらあら」
グレンも驚いたように目を瞬かせたあと、嬉しそうに笑った。
「今日はリーヴも一緒なんですね」
「ええ。霧の森のことも気になるし、せっかくだから連れてきたの」
グレンが立ち上がり、こちらへ手を伸ばす。
「リーヴ、久しぶりだね」
リーヴは待ちきれないとばかりに身を乗り出した。
「はいはい。今、抱っこしてもらうから」
グレンに渡すと、リーヴはすぐに彼の胸元へ身を寄せた。
「……本当に、グレンのことが大好きなのね」
「僕も、会えて嬉しいです」
グレンが頭を撫でると、リーヴは気持ちよさそうに頬を寄せた。
……うん。連れてきてよかったわ。
「それじゃあ、調べものを始めましょうか」
「はい」
私たちは席に着いた。
リーヴはグレンの膝の上に落ち着き、すっかりくつろいでいる。
「グレン、何か見つかった?」
「はい。魔力の循環について、いくつか資料を調べてみました」
グレンが本を開く。
「魔力を体外へ放出する方法も調べたんですが、通常の魔術では、本人が魔力を制御する必要があるようです」
「そうよね」
紅魔病の患者は、自分の魔力を制御できなくなっている。
その状態で魔術を使うのは難しいだろう。
「外部から魔力を引き出す方法もあるようですが、こちらは専門的な魔術が必要みたいです」
「それだと、結局は魔術師に頼ることになるわね」
「はい。できれば、魔術師を呼べない人でも使える方法があればと思うんです」
私は昨日、ローレンス殿下から借りた治療記録を取り出した。
「こちらも読み直してみたのだけれど、やっぱり魔術師が治療することを前提にしているのよね」
紅魔病を発症した患者の魔力を、外から調和させる。それが現在の治療法だ。
けれど、魔術師の治療を受けるには、相応の費用も必要になる。
グレンも、母親と暮らしていた頃に紅魔病を発症した。
庶民だった母親には治療を受けさせることができず、父親である子爵を頼るしかなかった。
その結果、グレンは母親と離れ、子爵家で暮らすことになったのだ。
けれど、グレンのように父親が貴族で、その父親を頼ることができる者は、ほとんどいないだろう。
魔術師の治療を受けられなければ、そのまま命を落としてしまうことが多い。
もし、もっと手軽に治療できる方法があれば。
今まで助けられなかった人たちの命も、救えるかもしれない。
「……道具を使うことはできないかしら」
「道具、ですか?」
「ええ。患者本人が魔術を使わなくても、余分な魔力を外へ逃がせるようなものを作れないかと思って」
「魔道具のようなものですか?」
「そうね。ただ、実際に作れるかどうかはわからないけれど」
「でも、それなら魔術師以外の人でも使えるかもしれませんね」
「ええ」
もちろん、暴走した魔力を安全に取り出せるのか、必要な魔力まで失われてしまわないかなど、問題は山ほどある。
「まずは、魔力を外へ逃がす仕組みについて、もっと詳しく調べる必要がありそうね」
「はい。霧の森の地脈についても、資料があるかもしれません」
「そうね。あの森の仕組みがわかれば、何か参考になるかもしれないわ」
私が本へ手を伸ばすと、グレンの膝の上にいたリーヴが、ふいに顔を上げた。
「……リーヴ?」
グレンが呼びかける。
リーヴはグレンの手に小さな手を重ね、じっとしている。
「……何か気になるんでしょうか」
「そうね」
「ノエリアさま。少し魔力を流してみてもいいでしょうか?」
「ええ」
グレンが手のひらに少量の魔力を集める。
すると、リーヴはその指先へ手を伸ばした。
グレンが魔力を止めると、リーヴも手を引っ込める。
「……反応していますね」
「ええ。もう一度試してみましょうか」
何度か繰り返してみたけれど、魔力を流すとリーヴが手を伸ばすようだった。
「魔力そのものを感じているのか、それとも流れを感じているのか……」
「グレンの魔力だから反応している可能性もあるわね。私でも試してみましょうか」
私が手のひらに魔力を集めると、リーヴはこちらにも手を伸ばした。
「あら。私の魔力にも反応するのね」
「そうみたいですね」
けれど、魔力を止めると、リーヴはグレンの胸元へ身を寄せてしまった。
「……もう終わり?」
私が尋ねても、こちらを見ようとしない。
「ふふ。疲れてしまったんでしょうか」
「どうかしら。グレンに抱っこされていたいだけかもしれないわ」
グレンが少し困ったように笑った。
「とりあえず、魔力に反応することは確認できたわね」
「はい」
「でも、霧の森で何を感じ取っていたのかは、まだわからないわ」
霧の森では、地脈から余分な魔力が放出されている。
リーヴはその森へ何度も手を伸ばしていた。
そして、グレンが二度目の紅魔病を発症したときには、私とリーヴで暴走した魔力を鎮めることができた。
……やっぱり、気になるわね。
リーヴが魔力の流れを感じ取っているのだとしたら、あのときも何かを感じていたのだろうか。
「グレン、もう少し魔力の循環について調べてみましょう」
「はい」
私たちは再び本を開いた。
しばらくすると、グレンの膝の上でリーヴがもぞもぞと動き始めた。
「リーヴ?」
リーヴはグレンの手を掴み、私の方へ伸ばそうとしている。
「……どうしたの?」
私が手を差し出すと、リーヴはその手も掴んだ。
そして、私とグレンの手を引き寄せ、重ね合わせる。
「……あら?」
思いがけずグレンと手を重ねることになり、私は彼の顔を見た。
グレンもこちらを見て、少し照れたように笑う。
リーヴは二人の手を交互に見たあと、満足したように目を細めた。
「……何がしたかったのかしら」
「さあ……」
グレンが小さく笑う。
私もつられて笑いかけたけれど、重なった手が気になって、つい視線を落としてしまった。
……あら、どうしましょう。
リーヴは満足そうにしているけれど、私たちはいつまでこうしていればいいのかしら。
「リーヴ、そろそろ離してあげましょうね」
私が声をかけると、リーヴはようやく手を離した。
グレンは私の手をそっと離し、リーヴの頭を撫でる。
「ありがとうございます、リーヴ」
……何のお礼なのかしら。
思わずグレンを見ると、彼は何事もなかったように微笑んでいた。
「ノエリアさま。今日はリーヴも連れてきてくださって、ありがとうございました」
「ふふ。リーヴもグレンに会いたがっていたもの」
「僕も、会えて嬉しかったです」
グレンはリーヴを見下ろし、優しく笑った。
その姿を見ていると、以前、公爵邸で三人一緒に過ごしていた頃のことを思い出す。
食事をしたり、シュプラウトの様子を確認したり。あの頃は、毎日のように顔を合わせていた。
「……また、こうして三人で過ごせたら嬉しいです」
グレンがぽつりと言った。
「ええ。私もよ」
そう答えると、グレンが嬉しそうに笑った。
また公爵邸で、三人一緒に過ごせるようになったらいいのに。
グレンがリーヴを抱いて、私の隣に座って。今日みたいに、あれこれ話しながら一緒に過ごして。
……って、ちょっと待って。
それだと、まるで……。
「ノエリアさま?」
「……え?」
「どうかなさいましたか?」
「い、いいえ。何でもないわ」
慌てて首を振る。
すると、リーヴがこちらへ手を伸ばしてきた。
「リーヴ?」
抱き上げようとすると、リーヴは私の手を掴み、もう片方の手でグレンの服を握った。
……あらあら。
どちらからも離れたくないらしい。
「ふふ。欲張りね、リーヴ」
私が笑うと、グレンも笑った。
そのまま三人で顔を見合わせる。
何かを調べたり、リーヴの世話をしたり。そんな何でもない時間を、これからも一緒に過ごせたら。
……いつか、こんな毎日を送れたらいいのに。
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