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【9/7書籍発売】ワンオペ母が悪役令嬢になったら、攻略対象が地雷にしか見えない件  作者: 葵 すみれ
第二章 杖作成

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32.やっぱり、こういうところが好きなのよね

 放課後、私は図書室で紅魔病について調べていた。

 机の上には、魔力の循環や病気に関する本が何冊か積まれている。


 霧の森で知った、地脈が余分な魔力を外へ放出する仕組み。

 あれを紅魔病の治療に応用できないだろうか。


 紅魔病は、体内の魔力が暴走し、正常に循環できなくなる病気だ。

 通常は魔術師が外から干渉し、乱れた魔力を調和させる。けれど、魔力を体外へ逃がすことができれば、別の方法で暴走を抑えられるかもしれない。


 もっとも、地脈と人間の身体では事情が違う。

 魔力を外へ出せば解決するというほど、簡単な話ではないだろう。


「……やっぱり、見つからないわね」


 読み終えた本を閉じる。

 今のところ、それらしい治療法は見つかっていない。

 やはり、魔術師団の資料を待った方がいいだろうか。


「カルディナート嬢」


 声をかけられて顔を上げると、ローレンス殿下が立っていた。


「殿下」


「紅魔病について調べているのか?」


「はい。先日の霧の森で、少し気になることがありましたので」


「そうか。ちょうどよかった」


 殿下は手にしていた書類を机に置いた。


「魔術師団の治療記録だ。閲覧の許可が下りたものを、いくつか用意してもらった」


「もうご用意くださったのですか?」


「ああ」


「ありがとうございます!」


 思わず声が弾んだ。

 図書室の本だけでは限界があると思っていたところだ。実際の治療記録が読めるのはありがたい。


「さっそく拝見してもよろしいでしょうか?」


「もちろんだ」


 殿下は微笑み、私の隣の椅子を引いた。


「僕も一緒に確認しよう」


「はい。お願いいたします」


 書類には、紅魔病を発症した患者の症状や治療の経過などが記されていた。

 個人が特定できるような情報は伏せられているものの、学園の本よりも詳しい。


「……なるほど」


 いくつかの記録を読み比べる。

 同じ紅魔病でも、症状の進み方には違いがあるらしい。治療にかかった時間も一様ではなかった。


「何かわかったか?」


「はい。こちらの記録では、治療を始めてから魔力が安定するまでに、かなり時間がかかっていますね」


「ああ。魔力の暴走が激しい場合は、調和させるのも難しいのだろう」


「そうですね……」


 私は別の記録に目を通した。

 やはり、治療の中心となっているのは魔力の調和だ。


「殿下。紅魔病の治療で、患者の魔力を体外へ放出させる方法はないのでしょうか?」


「魔力を放出させる?」


「はい。霧の森の地脈のように、余分な魔力を外へ逃がすことができればと思ったのですが」


 殿下は少し考え込んだ。


「少なくとも、僕は聞いたことがないな。魔力を外へ放出すること自体はできても、紅魔病の患者に使えるかは別だろう」


「そうですよね」


「だが、調べてみる価値はあるかもしれない。魔術師団にも確認しておこう」


「よろしいのですか?」


「ああ。こういうことなら、遠慮なく僕を頼ればいい」


 殿下が穏やかに微笑む。


「君の役に立てるのなら、僕も嬉しいからな」


「ありがとうございます」


 その言葉には、素直に感謝した。

 殿下は王太子として魔術師団ともつながりがあるし、魔術についての知識も豊富だ。

 今回のような調べものでは、本当に頼りになる。


「それにしても、君は相変わらず熱心だな」


「気になってしまったものですから」


「そうか」


 殿下は少し笑った。


「こうして君と話すのも、久しぶりな気がする」


「……そうですね」


「以前は、もっとよく話していたのだが」


 私は返事に迷った。

 確かに、以前は私の方から殿下へ積極的に話しかけていた。


 けれど、今は事情が違う。

 そのことは、すでにはっきり伝えてあるはずだ。


「また何かあれば相談してくれ。できる限り力になろう」


「ありがとうございます。そのときは、よろしくお願いいたします」


 殿下は満足そうに頷いた。


 ……まあ、調べものについては、今後もお世話になるかもしれないしね。


 私は再び資料へ目を落とした。

 しばらく読み進めたところで、ふとグレンのことを思い出す。

 そういえば、霧の森で思いついたことを、まだ話していなかった。


「グレンにも、一度聞いてみたいですね」


「……ベルマーに?」


 殿下が顔を上げた。


「はい。グレンは二度目の紅魔病から生還していますから。あのときの魔力の状態について、改めて聞いてみたいと思いまして」


「……そうか」


 殿下は短く答えた。


「彼には、もう話したのか?」


「いいえ。これからです」


「いつ?」


「できれば、今日にでも」


 殿下の眉がわずかに動いた。


「……今日か」


「はい。ちょうど確認したいこともありますので」


 殿下は黙ったまま、手元の書類へ視線を落とした。

 そして、小さく呟く。


「……ベルマーの話の方が気になる、ということか」


 ……え?

 私は思わず殿下を見た。


「殿下?」


「いや」


 殿下は顔を上げた。


「何でもない」


 そう言われても、聞こえてしまったものは仕方がない。

 どうして、そこでグレンと比較する話になるのだろう。


「殿下にご用意いただいた資料も、とても参考になりました。ありがとうございます」


「ああ」


「グレンには、実際に発症したときのことを聞いてみたいと思っています」


「……そうか」


 殿下は頷いた。

 けれど、先ほどまでの機嫌のよさはなくなっていた。


 ……また、グレンのことなのね。

 以前、私が誰を信頼するかは自分で決めると伝えた。

 殿下も、あのときのことを忘れてはいないだろう。


 それでも、納得できないものは納得できないらしい。

 困ったものだ。


「では、こちらの資料も確認しておこう」


 殿下は何事もなかったかのように、次の書類を手に取った。


「はい」


 私もそれ以上は何も言わず、調べものを続けた。

 結局、資料をひととおり確認し終えたところで、私は席を立った。


「殿下、本日はありがとうございました」


「ああ。資料はしばらく預けておこう」


「ありがとうございます」


「……カルディナート嬢」


「はい?」


 殿下は一度口を開きかけ、少し間を置いた。


「また、何かあれば言ってくれ」


「はい。そのときはお願いいたします」


 私は一礼し、図書室をあとにした。




 廊下へ出ると、少し先に見覚えのある姿があった。


「グレン!」


 呼びかけると、グレンが振り返る。


「ノエリアさま」


 私に気づいたグレンが、嬉しそうに笑った。


「今、お帰りですか?」


「ええ。図書室で調べものをしていたの」


「そうだったんですね」


「グレンは?」


「僕も、ちょうど用事が終わったところです」


 そう言ってから、グレンは私が抱えている資料に目を向けた。


「何を調べていらしたんですか?」


「紅魔病についてよ」


「……紅魔病、ですか?」


「ええ。実は、霧の森で少し気になることがあって」


 私は、フィールドワークで知った地脈の仕組みについて説明した。


 地中で循環させきれない魔力を外へ放出していること。

 それによって、地脈の均衡が保たれていること。

 そして、紅魔病にも応用できないかと考えたこと。


「もし、暴走した魔力を外へ逃がすことができれば、治療に役立つかもしれないと思ったの」


 グレンは真剣な顔で聞いていた。


「……魔力を、外へ」


「ええ。ただ、今のところ、そういう治療法は見つかっていないのよね」


「そうなんですね」


 グレンは少し考え込んだ。


「ノエリアさま」


「何?」


「もし、その方法が実現したら……魔術師に頼らなくても、紅魔病を治療できるようになるのでしょうか」


「どうかしら。まだ何とも言えないけれど……」


「そうですよね」


 グレンは頷いた。

 けれど、すぐに続ける。


「でも、もしできるようになったら、今まで治療を受けられなかった人も助かるかもしれませんね」


「……あ」


 私は思わず声を漏らした。


 そうか。

 紅魔病は、強い魔力を持つ者だけが発症する病気だ。

 けれど、強い魔力を持っているからといって、誰もが魔術師の治療を受けられるわけではない。


 グレンも、母親と暮らしていた頃に紅魔病を発症した。

 けれど、庶民だった母親には治療を受けさせることができず、父親である子爵を頼るしかなかった。

 その結果、グレンは母親と離れ、子爵家で暮らすことになったのだ。


 もし、魔術師に頼らず治療できる方法があれば。


「……そうね。それができれば、助かる人が増えるわ」


「はい」


 グレンが頷く。


「もちろん、簡単なことではないと思います。でも……調べてみたいです」


「ええ。私もよ」


 私は抱えていた資料へ目を落とした。


「まずは、魔力を体外へ放出する方法について、もう少し調べた方がよさそうね」


「それなら、僕も調べてみます」


「本当?」


「はい。僕自身も、紅魔病について詳しく知りたいので」


 グレンはそう言って笑った。

 私は嬉しくなる。


 一人で調べていたときには、どうしても治療の仕組みばかり考えていた。

 けれど、グレンと話したことで、別の可能性が見えてきた。


「あ、そうだわ。リーヴのことも聞きたかったの」


「リーヴがどうかしたんですか?」


「霧の森で、何度も森の方へ手を伸ばしていたらしいのよ」


「森へ?」


「ええ。何かを感じ取っていたのかもしれないけれど、詳しいことはわからなくて」


 私は護衛から聞いた話を伝えた。

 リーヴは落ち着いていたものの、何度も霧の森を見つめ、手を伸ばしていたらしい。


「以前、風の丘でも魔力の乱れに反応したでしょう? でも、今回は特に大きな乱れもなかったのよね」


「……そうだったんですか」


「霧に含まれる魔力に反応した可能性はあると、先生はおっしゃっていたけれど」


 グレンは少し考えたあと、口を開いた。


「リーヴは、僕が紅魔病になったときも助けてくれましたよね」


「ええ」


「あのときのことも、何かわかるかもしれませんね」


「そうね。私も気になっているの」


 リーヴがグレンの魔力を鎮めた仕組みは、今もよくわかっていない。

 霧の森での反応と関係があるのかどうかも不明だ。

 調べることは、まだまだありそうだ。


「そうなると、霧の森の地脈についても、もう少し詳しく調べたいわね」


「はい」


「それから、紅魔病の治療記録も読み直したいし……」


 頭の中で、調べたいことを順番に並べていく。

 ああ、こうなると止まらない。

 気になることが一つ見つかると、そこから次々に疑問が出てくるのよね。


「ノエリアさま」


「何?」


「今日は、ずっと図書室で調べていらしたんですよね?」


「ええ。放課後からだから、それほど長くはないけれど」


「それなら、続きは明日にしませんか?」


「でも、もう少し調べたいことが……」


「僕も調べておきますから。明日、一緒に確認しましょう」


 穏やかに笑うグレンを見て、私は瞬きをした。


「……そうね」


 確かに、今日中にすべて調べる必要はない。

 それに、グレンも調べてくれるのなら、明日はもっと話を進められるだろう。


「じゃあ、お願いしてもいいかしら」


「はい」


「ありがとう、グレン」


「僕も知りたいことですから」


 グレンは嬉しそうに答えた。


「明日の放課後は空いていますか?」


「ええ。大丈夫よ」


「では、図書室でお会いしましょう」


「そうしましょう」


 約束をしてから、私はグレンと並んで歩き出した。


 ……何だか、久しぶりね。

 以前は、シュプラウトの育成について、こうして二人であれこれ話し合っていた。

 私が何かを思いつくと、グレンは一緒に考えてくれる。

 そして、私が気づかなかったことを教えてくれることもある。


 今回だってそうだ。

 紅魔病の治療法を調べようと思ったのは私だけれど、魔術師に頼れない人たちのことを考えたのはグレンだった。

 しかも、調べることが増えたとわかると、自分も一緒にやろうと言ってくれる。


 ……本当に、ありがたいわね。


「ノエリアさま?」


「え?」


「どうかなさいましたか?」


「いいえ。何でもないわ」


 そう答えると、グレンは少し不思議そうな顔をした。

 私は思わず笑ってしまう。


「ただ、明日が楽しみだと思って」


「……僕もです」


 グレンが笑った。

 その顔を見ていると、私まで嬉しくなる。

 やっぱり、グレンといると安心する。


 何かあっても、一緒に考えてくれる。

 私もグレンの力になりたいし、グレンも私の力になろうとしてくれる。

 こうして二人で、少しずつ進んでいけたら。


 ……やっぱり、こういうところが好きなのよね。

 そこまで考えて、私は足を止めかけた。


 ……あれ?

 今、私……。


「ノエリアさま?」


 グレンがこちらを覗き込む。


「お疲れですか?」


「……い、いいえ!」


 思わず声が大きくなってしまった。

 グレンが驚いたように目を瞬かせる。


「そうですか?」


「ええ。大丈夫よ」


 私は慌てて笑った。

 ……ちょっと待って。

 今の「好き」って、どういう意味?


 もちろん、グレンのことは大切だ。

 公爵邸へ戻ってきてほしいと思っているし、こうして一緒にいられるのも嬉しい。


 でも。

 私は隣を歩くグレンを、そっと見上げた。

 目が合うと、グレンが微笑む。


 ……ああ、もう。

 どうして、そんな顔で笑うのよ。


 私は慌てて前を向いた。

 ……もしかして、私。

 思っていた以上に、グレンのことが好きなのかもしれない。

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