31.リーヴも、白い霧の向こうを見ていました
流れる魔力が多すぎて、地中だけではすべてを循環させられない。
だから、余った分を外へ逃がしている。
「……レオニール・フロスト」
呼びかけると、レオニールがこちらを見た。
「何?」
「この霧って、地脈が魔力を外へ出しているからできているのよね?」
「……そう聞いたけど」
「もし、外へ出せなかったらどうなるのかしら」
「多分、魔力の流れが乱れそうな気がするけど……」
そう呟いて、レオニールは少し考え込む。
「断定はできない。先生に聞いたほうがいいと思う」
「ありがとう。そうするわ」
近くにいた教師がこちらへ来たところで、声をかける。
「先生、一つよろしいですか?」
「なんだ?」
「この森の地脈は、余った魔力を地上へ放出しているんですよね」
「ああ」
「もし、それができなかった場合はどうなるのでしょうか」
教師は少し考えた。
「魔力の流れが乱れるだろうな」
「流れが?」
「行き場のない魔力が溜まり続ければ、正常な循環を保てなくなる。規模によっては地脈そのものや周囲に影響が出ることもある」
「では、この霧があるから、そうならずに済んでいるんですか?」
「そう考えていい」
「ありがとうございます」
教師が離れていく。
行き場のない魔力が溜まり、正常に循環できなくなる。
その言葉を聞いて、紅魔病を思い出した。
体内の魔力が暴走し、自分では制御できなくなる病気。
通常なら、魔術師が外から干渉して、乱れた魔力を調和させる。
グレンも、一度目に発症したときはその治療を受けている。
けれど、二度目は魔術師でも抑えきれなかった。
「カルディナート嬢」
ローレンス殿下に呼ばれ、顔を上げる。
「どうした?」
「紅魔病のことを考えていました」
「紅魔病?」
「はい。少し似ているような気がして」
レオニールもこちらを見る。
「……どこが?」
「魔力が正常に循環できなくなるところよ」
「でも、紅魔病は魔術師が魔力を整える」
「ええ」
「この森は外に出してる」
「そうなのよね」
同じではない。
紅魔病では、乱れた魔力を魔術師が調和させる。
霧の森は、抱えきれない魔力を外へ逃がしている。
まったく同じ仕組みなら、こんなに気にはならなかったかもしれない。
「紅魔病について調べたいのなら、学園にも資料はある。魔術師団にも治療記録はあるだろう。必要なら、閲覧できるものがないか確認する」
殿下がそう言ってきたことに、少し驚く。
今の気まずくなっている関係で、親切な提案をしてくれるとは思いもしなかった。
「よろしいのですか?」
「ああ」
「ありがとうございます」
本心から礼を言って頭を下げると、殿下は鷹揚に頷く。
その表情は、ほっとしているようにも見えた。
王立魔術学院にある資料だけでも、かなりの数になるだろう。
まずはそこから調べてみよう。
やがて全員の実習が終わり、森を出ることになった。
白い霧を抜けると、一気に視界が開ける。
出発地点には、教師や護衛が待っていた。
リーヴの姿を探す。
籠の中にいたリーヴは、私を見つけるとすぐに立ち上がった。
「リーヴ」
近づくと、両手を伸ばしてくる。
「ただいま」
抱き上げると、リーヴは私の胸元へ身を寄せた。
朝と変わらない様子に、ほっとする。
「お嬢さま」
そばにいた護衛から声をかけられた。
「リーヴさまのことで、一つご報告がございます」
「何かあったの?」
「皆さまが森へ入られてから、何度か森の方へ手を伸ばしておられました」
「森に?」
「はい」
私は腕の中のリーヴを見る。
「落ち着かない様子だった?」
「いえ。そういうわけではありません。ただ、しばらく森の方をご覧になっていましたので」
「そう……」
以前、風の丘でもリーヴが離れた場所から魔力の乱れに反応したことがある。
今回も、何かを感じ取っていたのだろうか。
「どちらを見ていたの?」
「あちらです」
護衛が霧の森を指す。
リーヴもその方向へ顔を向けた。
しばらく森を見つめたあと、片手を伸ばす。
私はその手の先を見る。
白い霧が、森の入り口をゆっくりと流れていた。
「先生にも報告しておきましょう」
護衛にそう告げ、近くにいた教師のもとへ向かう。
話を聞いた教師は、リーヴの様子を確認した。
「霧に含まれる魔力に反応した可能性はあるな。記録しておこう」
「お願いします」
リーヴはまだ森を見ている。
風の丘では、乱れた魔力に反応した。
けれど今回は、私たちの実習で大きな乱れは起きていない。
それでも、リーヴは森を気にしていた。
だとすれば、反応したのは別のものなのかもしれない。
この森には、余った魔力を外へ逃がすことで均衡を保つ地脈がある。
それと関係があるのだろうか。
考えても、今は答えが出ない。
ただ、霧の森について調べる理由が一つ増えた。
「グレンにも聞いてみようかしら」
口に出してから、腕の中のリーヴを見る。
紅魔病を二度経験したグレンなら、発症したときのことも覚えているだろう。
「……カルディナート嬢」
すぐそばから名前を呼ばれた。
振り返ると、ローレンス殿下が立っている。
「はい?」
一度こちらを見た殿下が、口を閉じる。
「殿下?」
「……いや」
それだけ答えると、殿下は集合場所へ視線を向けた。
「帰るぞ」
「はい」
私はリーヴを抱き直し、殿下のあとに続いた。





