30.白い霧に隠された秘密
フィールドワーク当日。
集合場所には、すでに多くの生徒が集まっていた。
少し離れたところでは、リーヴが籠の中からこちらを見ている。そのそばには、教師と公爵家から同行してもらった護衛の姿もあった。
ここ数日のリーヴは、すっかり落ち着いている。
私とグレンが学園で普通に話すようになってからは、グレンの姿を探して落ち着かなくなることもなくなった。
「行ってくるわね」
声をかけると、リーヴが小さく手を振る。
私も手を振り返し、ローレンス殿下のもとへ向かった。
今回、私たちと四人組になるのは、レオニールと彼のペアだった。
レオニールが組んでいるのは、一学期のシュプラウト育成でもペアだった女子生徒だ。
「本日はよろしくお願いいたします、殿下。ノエリアさま」
女子生徒が頭を下げる。
「こちらこそ、よろしくね」
「ああ。よろしく頼む」
ローレンス殿下も応じる。
レオニールは私たちを見ると、軽く頭を下げた。
「……よろしくお願いします」
「ええ。よろしくね」
「では、行こう」
殿下が先に歩き出す。
必要なことしか口にしないのは、この一週間と変わらない。
私も何も言わず、そのあとに続いた。
霧の森は、その名のとおり白い霧に覆われていた。
森へ入ってしばらく進むと、前を歩く生徒たちの姿まで白く霞んで見える。
「勝手に離れないように」
先頭を歩く教師が振り返った。
「この霧には地脈から放出された魔力が含まれている。人体に害があるほどではないが、奥へ行くほど濃くなる。必ず指定された範囲内で行動すること」
生徒たちが返事をする。
背の高い木々の間を霧が流れ、足元では太い根が地面を這っている。
霧以外は、特に変わったところのない森に見えた。
「霧の森の地下には、非常に強い地脈が通っている」
教師が説明を続ける。
「流れる魔力の量が多く、地脈の中だけではすべてを循環させることができない。そのため、余った魔力が地上へ放出されている」
「それが、この霧ですか?」
生徒の一人が尋ねた。
「ああ。正確には、地上へ放出された魔力が空気中の水分に作用して霧を生んでいる。この森では、余分な魔力を外へ逃がすことで地脈の均衡が保たれている」
私は足元へ目を落とした。
この下を、それほど強い魔力が流れているのか。
「君たちの杖は、前回までの実習で核が安定している。今日は霧に含まれる魔力を取り込み、心核を強化する」
教師が足を止める。
「扱う魔力はこれまでより強い。無理に取り込まず、杖の状態を確認しながら進めるように」
そこから先は、四人組ごとに指定された場所へ分かれる。
「カルディナート嬢」
ローレンス殿下に呼ばれ、そちらを見る。
「行くぞ」
「はい」
レオニールたちとともに、霧の奥へ向かった。
私たちに指定されたのは、四本の大木に囲まれた一角だった。
目印として立てられた杭を確認し、それぞれ杖を取り出す。
「……僕からやる」
レオニールが杖を構えた。
霧の中に淡い光が浮かび、その一部が杖の先へ集まっていく。
心核に光が灯ったところで、レオニールは魔力を取り込むのを止めた。
「……どう?」
隣にいた女子生徒へ尋ねる。
「大丈夫だと思います」
「そう」
自分でも杖を確かめてから、彼女を見る。
「次、君」
「ええ」
女子生徒が杖を構える。
レオニールは黙ったまま、その様子を見ていた。
一学期のシュプラウト育成では、自分のことばかりで、ペアの彼女が何をしているのかにもほとんど関心を向けていなかった。
今も口数は少ない。
それでも、自分の分が終わったからといって、もう知らないという顔はしなくなったらしい。
「カルディナート嬢、私たちも始めよう」
「はい」
私も杖を構える。
意識を集中させると、霧の中に漂う魔力が感じ取れた。
精霊の泉で扱ったものよりも強い。
まずは、ほんの少し。
杖の先へ集めた魔力を、心核へ送る。
中心に淡い光が灯った。
そこでいったん止め、杖の中を巡る魔力を確かめる。
「カルディナート嬢、状態は?」
「問題ありません」
「そうか。では、次は私がやろう」
「はい」
殿下と場所を替わる。
殿下も同じように、少量ずつ魔力を取り込んでいった。
無駄のない手順で、危なげもない。
その後も四人で順番に進めていく。
一度に取り込む量は少ない。
心核が落ち着くのを待ち、また次の魔力を取り込む。
何度か繰り返したところで、レオニールが声を上げた。
「……待って」
女子生徒がすぐに手を止める。
「どうしました?」
「光が強い」
レオニールが彼女の杖を覗き込む。
「さっきと同じくらいしか取り込んでいませんけれど……」
「……そう」
少し黙って杖を見たあと、レオニールが手を伸ばしかける。
だが、そこでふと手を止めた。
「触っていい?」
「はい」
彼女の返事を待ってから、杖へ手を添える。
しばらく確かめていたものの、やがて手を離した。
「……わからない」
「先生に聞く?」
「その方がいい」
「私が行ってきます」
「いや」
ローレンス殿下が二人を止めた。
「私が行こう。君たちはここに残って、杖の状態を見ていてくれ」
「ありがとうございます、殿下」
女子生徒が頭を下げる。
レオニールも小さく頷いた。
殿下はすぐに教師を呼びに向かった。
その間も、レオニールは女子生徒の杖を見ている。
ほどなく戻ってきた教師が、杖を確認した。
「心核は安定している。取り込みすぎたわけでもないな」
「では、このまま続けても大丈夫ですか?」
「ああ。ただし、次も同じ量にしておけ。急に増やす必要はない」
「わかりました」
女子生徒が頷く。
「先生」
レオニールが口を開いた。
「同じくらいしか取り込んでいないのに、さっきより光が強くなったのは?」
「心核が強化されれば、反応の仕方が変わることはある。霧の濃さも一定ではないからな」
「……そうですか」
答えながらも、レオニールは女子生徒の杖を見ていた。
「フロスト」
「……はい」
「今の判断でいい。わからないときは勝手に進めるな」
「はい」
教師はそれだけ言うと、別の組のもとへ向かった。
レオニールは何も言わず、自分の杖を手に取る。
「続けますか?」
女子生徒が尋ねた。
「……先生がいいと言ったから」
「そうですね」
二人は再び杖を構えた。
一学期に、あのシュプラウトが最後に残した種を、レオニールは両手で抱えていた。
あのときのことを忘れてはいないのだろう。
その後は、特に問題もなく実習が進んだ。
霧の魔力を取り込み、心核が安定するまで待つ。
また少し取り込んで、状態を確認する。
それを何度か繰り返すうちに、杖の中心に宿る光が少しずつ強くなっていった。
最後に教師の確認を受け、四本とも問題なく心核の強化を終える。
「他の組が終わるまで、ここで待機していろ」
「はい」
教師が去っていった。
私は杖をしまい、周囲を見回す。
白い霧は、相変わらず木々の間を流れていた。
ふと見ると、レオニールはまだペアの女子生徒の杖を見ている。
「さっきのこと、まだ気になるんですか?」
「……少し」
「先生は問題ないとおっしゃっていたでしょう?」
「それはわかってる」
レオニールは少し黙ったあと、霧へ目を向けた。
「でも、同じじゃなかったから」
同じくらいの魔力を取り込んだはずなのに、杖の反応は違った。
教師の説明どおり、心核が強化されたためかもしれない。
あるいは、霧の濃さが違っただけかもしれない。
それでもレオニールが気にしているのなら、何か理由があるのだろうか。
私も改めて、白い霧へ目を向けた。





